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第五話:朝と後悔と

ちゅん、ちゅん、と窓の外から鳥の鳴き声が聞こえる。

柔らかい日差しが瞼を透かし、僕の意識をゆっくりと浮上させた。

……朝だ。

重い瞼をこじ開けると、そこには見慣れない天井が広がっていた。

白い、シンプルな天井。

僕の部屋じゃない。


「……っ!」


瞬間、昨夜の記憶が洪水のように蘇る。

歓迎会、酔い潰れたアオイ先輩、そして……この部屋で起こった、すべてのできごと。

僕は恐る恐る、自分の隣に視線を移した。

そこには、僕に背を向ける形で先輩が静かな寝息を立てていた。

整った顔立ちが、今はあどけない寝顔に変わっている。

長いまつ毛が、頬に小さな影を落としていた。

シーツから覗く白い肩は、僕が昨夜触れたものだ。


「……どうしよう」


声にならない声が漏れる。

身体を起こそうとしたけれど、腰のあたりに微かな痛みと気怠さが走った。

これが、そうなのか。

自分の身に起こったことを、僕は改めて実感する。

混乱と、羞恥と、ほんの少しの後悔。

様々な感情が渦巻いて、頭がうまく働かない。


とにかく、ここから出なければ。

先輩が起きる前に、静かにこの部屋を去るんだ。

そう決心し、僕は音を立てないようにゆっくりとベッドから抜け出そうとした。

その時だった。


「……ん……」


小さな呻き声と共に、先輩の身体がもぞりと動いた。

まずい、起きる。

僕は息を殺し、固唾を飲んでその様子を見守った。

先輩はゆっくりと寝返りを打ち僕の方へと顔を向ける。

そして、その目がうっすらと開かれた。

寝ぼけ眼の焦点の合わない瞳が数秒間、僕の顔を捉えていた。


「……」

「……」


気まずい沈黙。

先輩の頭は、まだ完全に覚醒していないようだった。

彼女は何度か瞬きを繰り返すと、ゆっくりと辺りを見回す。

自分の部屋であること、そして、そのベッドに見知った後輩の男の子がいること。

その事実を、一つ一つ確認するように。

そして、シーツの下の自分たちの姿に気づいた瞬間。


先輩の目が、信られないものを見るように大きく見開かれた。

血の気が、さあっと引いていくのが分かった。

さっきまで赤みが差していた頬は、今は真っ青になっている。


「あ……あ……」


声にならない声で、先輩が喘ぐ。

そして、次の瞬間。


「ご、ごめんなさいーーーーーっ!!」


絶叫に近い謝罪が、静かな朝の空気を切り裂いた。

先輩はガバッと勢いよく上半身を起こすと、その場で僕に向かって深々と頭を下げた。

その勢いは、ベッドのスプリングが軋むほどだった。


「せ、先輩……!?」

「本当にごめんなさい!私、なんてことを……!酔っていたとはいえ、絶対に許されることじゃない……!」

顔を上げた先輩の目には、涙が浮かんでいた。

昨夜の妖艶な雰囲気は、見る影もない。

そこにはただ、後輩に対して取り返しのつかないことをしてしまったと、心から後悔している一人の女性がいるだけだった。


「あ、あの、僕は……」

「ハルキ君に謝って済む問題じゃないのは分かってる!でも、謝らせてほしい!本当に、本当に、申し訳ありませんでした!」

再び、深々と頭を下げる。

その姿は、僕が昨日まで見ていた「格好いいアオイ先輩」とは、あまりにもかけ離れていた。


「だ、大丈夫ですから!顔を上げてください!」

僕が慌ててそう言うと、先輩はびくりと肩を揺らし、恐る恐る顔を上げた。

その瞳は不安に揺れていて、まるで叱られるのを待つ子どものようだ。

「……怒って、ないの……?」

「怒るって……。僕も、その……同意、したわけですし……」

「ううん、違う!君は悪くない!全部、私がお酒に飲まれて理性を失ったせいだから!君は被害者なんだ!」

先輩はそう言うと、わなわなと震え始めた。

「どうしよう……君の初めてを、こんな形で……。私、責任、取るから……!」

「責任!?」

予想外の言葉に、僕は素っ頓狂な声を上げる。

「責任の取り方」がどういうものなのか、僕には全く想像がつかない。


「とにかく!まずは服を着よう!話はそれからだ!」

先輩はそう叫ぶと、慌ててベッドから降り、散らばった服をかき集め始めた。

その必死な姿を見ていると、なんだか僕の方が冷静になってくる。

昨夜の出来事は、確かに衝撃的だった。

でも、目の前で必死に謝る先輩を見ていると、怒りとか、そういう感情は湧いてこなかった。

むしろ、この人も僕と同じように混乱しているんだ。

そう思うと、少しだけ親親感が湧いた。


気まずい沈黙の中、僕たちはそれぞれ服を着る。

僕は昨日の服を、先輩は部屋着のスウェットに着替えていた。

大学で見る、あの格好いい先輩はどこにもいない。

僕の心臓は、まだ少しだけうるさく鳴っていた。

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