第三十五話:初めての共犯者
腕の中のナツの温もりを感じながら、僕は次の手を静かに考えていた。
僕が彼女を抱きしめていると、ナツはおそるおそる顔を上げた。
その瞳には、さっきまでの熱狂の色はなく、ただ純粋な好意と、僕への絶対的な信頼が浮かんでいる。
「……ハルキ君」
「うん」
「あたし、どうすればいい……?」
その問いかけは、僕の心を試しているようだった。
僕は、静かに彼女の髪を撫でる。
「……まず、服、着ようか。風邪ひいちゃう」
「……うん」
僕たちは、どちらからともなく身体を離すと、散らばった服を黙って身につけ始めた。
気まずさはなかった。
ただ、今までとは全く違う、新しい関係性が生まれたことへの、不思議な緊張感が漂っているだけだった。
服を着終えた僕たちは、部室の中央にあるテーブルに向かい合って座った。
彼女は、僕が何かを言うのを、じっと待っている。
その姿は、まるで主人の命令を待つ、忠実な犬のようだった。
僕は、この子を信頼してもいいのかもしれない。
そう、直感的に思った。
他の三人の先輩たちは、僕を支配しようとするライバルだ。
でも、この子は違う。
僕の、初めての、味方になってくれるかもしれない。
「……ナツ」
「はい」
「相談したいことがあるんだ。僕が今、どういう状況にいるのか、聞いてくれる?」
僕の真剣な眼差しに、ナツはこくりと力強く頷いた。
その瞳には、一点の曇りもなかった。
僕は、意を決して、ここ数日で僕の身に起こった、信じられないような出来事のすべてを、彼女に話し始めた。
アオイ先輩とのこと。
ミサキ先輩とのこと。
そして、あのとんでもない『共有ルール』のこと。
さらに、その状況を打破するために結んだ、ほむら先輩との『偽りの恋人』契約のこと。
僕が話し終えるまで、ナツは一言も口を挟まず、ただ静かに僕の話を聞いていた。
「……そうだったんだ」
僕が話し終えると、彼女はぽつりと呟いた。
その表情は、僕が予想していたような、驚きや嫉妬の色ではなかった。
むしろ、どこか納得したような、冷静な表情。
「……なんとなく、そんな気はしてた」
「え?」
「ハルキ君の周り、いつも変な空気が流れてたから。……あんなに魅力的なんだもん、放っておかれるわけないよね」
さらりと言われた言葉に、僕は少しだけ照れてしまう。
「……でも、大変だったね」
ナツは、僕の手を、そっと握った。
その手は、少しだけ冷たかったけれど、温かかった。
「……それで、ハルキ君は、どうしたいの?」
「どうしたいって……」
「その先輩たちと、本気で付き合いたいの?それとも、全部、終わりにしたい?」
その問いかけは、僕の心の核心を突いていた。
僕は、どうしたいんだろう。
正直に言って、分からない。
ただ、もう、振り回されるのは、うんざりだった。
「……僕が、主導権を握りたい」
絞り出すように言った僕の言葉に、ナツは、ふわりと笑った。
その笑顔は、僕が今まで見た中で、一番、綺麗だと思った。
「……うん。そうだと思った」
彼女は、僕の手を、ぎゅっと握り返す。
「だったら、あたしが、ハルキ君の力になるよ」
「ナツ……」
「ハルキ君は、もう一人じゃないから。……これからは、あたしが、ずっとそばにいるからね」
その言葉は、僕の心の奥深くに、温かく染み渡っていった。
僕は、初めて、この世界で、心から信頼できる仲間を見つけたのかもしれない。
僕たちは、しばらくの間、そうして手を握り合っていた。
鍵のかかった部室の中で、僕と彼女だけの、初めての作戦会議が、静かに始まろうとしていた。




