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第三十四話:支配者の誕生

どれくらいの時間が経っただろうか。

インクと紙の匂いが充満する部室は、さっきまでの熱狂が嘘のように静まり返っていた。

壁際の本棚に背を預けたまま、僕は自分の腕の中でぐったりと身体を預けるナツの寝息を聞いていた。

その表情は虚ろだったが、どこか満足げな色が浮かんでいる。

乱れた服、紅潮した頬、そして蕩けるように潤んだ瞳。

僕が知っていた、あの大人しい彼女でも、僕を脅してきた、あの冷たい彼女でもない。

ただ、僕によって欲望を暴かれた、一人の女の子が、そこにいるだけだった。


罪悪感はなかった。

不思議と、心は静だった。

流されるだけだった自分が、初めて、自分の意思で誰かを支配した。

その事実が、僕の中で何かが決定的に変わってしまったことを、静かに告げていた。

僕の平穏は、もう、二度と戻ってこない。

でも、それでいい。

僕は、この日、本当の意味で、新しい自分に生まれ変わったのだ。


「……はるき、くん」


か細い声が、僕の名前を呼んだ。

腕の中で、ナツがゆっくりと目を開ける。

その瞳には、もうさっきまでの昏い光はない。

ただ、純粋な好意と、少しの怯えが混じった、子犬のような瞳が、僕をじっと見つめていた。


「……ごめん、なさい」

「何が?」

「あたし……ハルキ君に、ひどいこと、した……」

ぽつり、ぽつりと、謝罪の言葉が紡がれる。

その瞳から、また一筋、涙がこぼれ落ちた。

僕は、何も言わなかった。

ただ、その涙を、指で優しく拭ってあげる。


「……だから、あたしは、もうハルキ君の、ものだから」

「え……?」

「好きにして、いいから……。だから……捨てないで」

その言葉は、僕が他の先輩たちから聞いたものと、よく似ていた。

でも、その響きは、全く違う。

支配しようとするのではなく、完全に支配されることを望む、絶対的な服従の言葉だった。


僕は、静かに、彼女の顎に手を添え、くいと上を向かせた。

そして、その潤んだ瞳を、まっすぐに見つめる。

「……ナツ」

「……はい」

「あの写真、消してくれる?」

僕の問いかけに、ナツは一瞬だけ、きょとんとした顔をした。

でも、すぐに、こくりと力強く頷く。

彼女は、おそるおそる、自分のスマートフォンを手に取ると、僕の目の前で、すべての写真を、躊躇なく削除していった。

僕を縛っていた、最後の鎖が、消えていく。


「……もう、これで、何もないよ」

ナツは、安心したように、ふわりと笑った。

その笑顔は、僕が初めて見た、彼女の、心の底からの笑顔だったのかもしれない。

僕は、そんな彼女を、そっと抱きしめる。


鍵のかかった部室の中で、僕たちはしばらくの間、そうしていた。

静かな時間が流れていく。

僕の大学生活はとんでもない形で始まってしまったが、もう怖くはなかった。

これからは僕が、この歪な関係の主導権を握るのだ。

腕の中のナツの温もりを感じながら、僕は次の手を静かに考えていた。

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