第二十八話:仕掛けられた罠
僕は、鴻上先輩の腕の中で、ただ、これから始まるであろう、本当の戦いの予感に、身を震わせることしかできなかった。
ミサキ先輩の、面白そうな笑みが、僕の心臓をさらに締め付ける。
この人は、この状況を楽しんでいる。
「……ふざけないで」
最初に沈黙を破ったのは、アオイ先輩だった。
その声は、震えていたけれど、怒りと、そして信じたくないという気持ちが混じり合っていた。
彼女の視線は、僕に突き刺さる。
「ハルキ……本当なの?」
「……あ、えっと……」
僕が言葉に詰まっていると、僕を抱きしめる鴻上先輩の腕に、ぎゅっと力がこもった。
「聞こえなかった?ハルキは、あたしの彼氏だって言ったの。あんたたちがごちゃごちゃ言ってる間に、あたしが貰っちゃったわけ」
鴻上先輩の、挑発的な言葉。
アオイ先輩の顔が、悔しそうに歪む。
でも、ミサキ先輩は、動じなかった。
「へえ……。でもさあ」
ミサキ先輩は、カウンタースツールからゆっくりと立ち上がると、僕たちの周りを、品定めするように歩き始めた。
「付き合ってるにしては、なんか、ぎこちなくない?ハルキ君の顔、引きつってるし」
「……っ!」
図星だった。
僕は、うまく笑えている自信がなかった。
「へえ。でも、随分と必死じゃない?本当にただの恋人なら、もっと堂々としてればいいのに。……なんか、裏があるんじゃないの?」
ミサキ先輩の、鋭い指摘。
鴻上先輩の表情が、一瞬だけ、固まったのを、僕は見逃さなかった。
この人は、本当に、人の心の隙間を見つけるのが上手い。
「うるさいな。あたしたちがいつから付き合ってようと、あんたには関係ないでしょ」
「関係なくはないよ。だって、あたしたち、三人でハルキを『共有』するって決めたんだから。その契約を、一方的に破ったのは、そっちでしょ?」
正論だった。
ぐうの音も出ないほどの。
アオイ先輩も、ミサキ先輩の言葉に、こくりと頷いている。
「……じゃあ、どうしろって言うのよ」
鴻上先輩の声が、少しだけ、弱々しくなる。
それを見て、ミサキ先輩は、満足そうに、にやりと笑った。
その笑顔は、僕が今まで見た中で、一番、悪魔らしい笑顔だった。
「決まってるじゃん」
彼女は、僕と、鴻上先輩、そしてアオイ先輩の顔を、順番に見比べると、とんでもないことを言い放った。
「――本当に付き合ってるなら、あたしたちの前で、キスぐらいできるよね?」
その挑発に、鴻上先輩は動じなかった。
それどころか、ふっと鼻で笑う。
「……はあ?キス?あんた、その程度のことしか思いつかないわけ?」
「なっ……!」
予想外の反応に、今度はミサキ先輩が言葉を失う。
主導権は、完全に鴻上先輩の手に渡っていた。
「いいよ。見たいんでしょ?あたしたちが、本物の恋人だって証拠」
鴻上先輩は、僕の肩に回していた腕を解くと、今度は僕の顎に手を添え、くいと上を向かせた。
その瞳は、僕を安心させるように、優しく細められている。
「ハルキ、いいよね?」
僕は、こくりと頷くことしかできなかった。
鴻上先輩は、僕の頭を、両手で優しく固定する。
そして、見せつけるように、ゆっくりと、その顔を近づけてきた。
目の前には、アオイ先輩の絶望したような顔と、ミサキ先輩の悔しそうな顔。
その視線を感じながら、僕の唇に、柔らかい感触が触れた。
それは、昨日僕が彼女を組み敷いた時よりも、ずっと濃厚で、熱くて、そして長いキスだった。




