第二十七話:宣戦布告
鴻上先輩の提案は、あまりにも魅力的で、そして危険な提案だった。
でも、僕にはもう、それしか選択肢は残されていなかった。
『分かった。じゃあ、まずはあんたから動くこと。あたしは、その舞台を用意してあげるから』
それが、昨夜、鴻上先輩と交わした最後の会話だった。
僕は、彼女に言われるがまま、アオイ先輩とミサキ先輩がいるグループチャットに、メッセージを送った。
『大事な話があります。今日の昼、僕がバイトしているバーに来てください。開店前なので誰もいません』
すぐに、二人から『分かった』という返信が来る。
僕の心臓は、これから起こるであろう出来事を想像して、大きく音を立てていた。
そして、昼。
開店前のバー『HOUND』は、静まり返っていた。
僕は、カウンターの中で、意味もなくグラスを磨き続ける。
その隣で、鴻上先輩は、足を組んで優雅にグラスを傾けていた。
「……そんなに緊張しなさんな。あたしがついてるでしょ」
「で、でも……」
「大丈夫。あんたは、あたしの言う通りに動けばいいだけ。いい?主導権は、こっちが握るの」
その瞳は、獲物を狙う、獰猛な肉食獣の色をしていた。
僕は、ゴクリと喉を鳴らす。
カラン、と。
ドアベルが鳴り、二人の先輩が入ってきた。
アオイ先輩と、ミサキ先輩だ。
二人は、カウンターの中にいる鴻上先輩の姿を認めると、一瞬だけ、驚いたような顔をした。
でも、すぐに、いつもの余裕の表情を取り戻す。
「やっほー、ハルキ。で、大事な話って、何?」
ミサキ先輩が、僕の目の前のカウンタースツールに、馴れ馴れしく腰掛けてきた。
「ちょっとミサキ、抜け駆けしないでよ」
アオイ先輩も、その隣の席に座る。
二人の視線が、僕に突き刺さった。
「あの、その……」
僕は、意を決して口を開いたが、声がうまく出てこない。
そんな僕の様子を見て、鴻上先輩は呆れたように小さくため息をついた。
そして、ゆっくりと椅子から立ち上がると、僕の肩に、そっと腕を回した。
僕の頭を、自分の胸に優しく抱き寄せる。
甘い、ベリーの香りがした。
「――あたしから言うわ」
鴻上先輩の声は、静かだったけれど、有無を言わせぬ、強い響きを持っていた。
「こいつ、あたしと付き合ってるから」
しん、と。
店内が、静まり返った。
アオイ先輩とミサキ先輩は、鴻上先輩が何を言ったのか、理解できないといった様子で、固まっている。
「というわけだから、ハルキはあたしの彼氏。あんたたちが勝手に決めた、変な『共有ルール』は、今日で終わり」
二人の顔から、表情が消える。
特に、アオイ先輩の瞳には、信れられないものを見るような、絶望の色が浮かんでいた。
「これから、もし、あたしの彼氏に手を出したら……どうなるか、分かってるよね?」
その言葉は、宣戦布告だった。
アオイ先輩は、わなわなと震え、何かを言おうとして、言葉を失っている。
ミサキ先輩は、そんなアオイ先輩と、僕たちを交互に見比べると、やがて、その口元に、面白そうな笑みを浮かべた。
「……へえ。あんた、やるじゃん」
その声は、感心しているようでもあり、どこか、この状況を楽しんでいるようでもあった。
僕たちの、歪で奇妙な関係は、どうやら、新たなステージへと、その駒を進めたらしい。




