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第二十六話:嵐のあとの、新たな嵐

腕の中で、鴻上先輩の身体から完全に力が抜けていくのが分かる。

僕は、その震える小さな背中を、ただ優しく抱きしめ返した。


どれくらいの時間が経っただろうか。

僕が次に目を開けた時、腕の中にいたはずの鴻上先輩の姿は、もうなかった。

代わりに、僕の身体にはブランケットがかけられ、ソファの前のテーブルには、一枚のメモが置かれていた。


『先に着替えてる。あんたも、さっさと制服に着替えなさいよね。それから、今日のことは、罰だから』


その乱暴なようで、どこか照れくさい文字が、さっきまでの出来事が夢ではなかったことを物語っていた。

僕は、まだ少し気怠い身体を起こすと、静かに制服に着替え始めた。

スタッフルームを出ると、カウンターの中では、既に私服に着替えた鴻上先輩が、片付けを終えて僕を待っていた。


「……遅い」

ぶっきらぼうな言葉。

でも、その耳は少しだけ赤くなっている。

「すみません」

「別に。……帰るよ」

先輩はそれだけ言うと、店の出口へと歩き出す。

僕は、その後ろを慌てて追いかけた。


深夜の冷たい空気が、火照った僕の頬に心地よかった。

僕たちは、どちらからともなく、ゆっくりと駅へと向かって歩き出す。

何を話せばいいか分からない。

気まずい沈黙が、僕たちの間に流れた。


僕が何かを答えようとした、その時だった。

ポケットの中で、スマートフォンが震えた。

画面を見ると、アオイ先輩とミサキ先輩との三人だけのグループチャットに、新着メッセージが届いていた。


ミサキ:『おはよー、ハルキ。明日、日曜日だけど、どうする?』

アオイ:『どうするって、決まってるでしょ。三人で会う日だって、昨日決めたばっかりじゃない』


そのメッセージを見て、僕は思わず、また深いため息をついてしまった。

僕のその様子を見て、鴻上先輩は呆れたように肩をすくめる。

「……へえ。早速、お呼び出しじゃん」

彼女は、僕のスマホを覗き込みながら、面白そうに目を細めた。

「で?その二人には、なんて返事すんのよ。まさか、ホイホイ会いに行くわけ?」

そうだ。この人には、もう全部話してあるんだ。

彼女の的確なツッコミに、僕はぐうの音も出ない。

「どうしたいって……僕には、どうすることも……」

「はぁ……。だから、あんたはダメなんだよ」

鴻上先輩は、呆れたように、深いため息をついた。

その瞳は、さっきまでの面白そうな色ではなく、真剣な色をしていた。

「いい?あんたは、完全に舐められてるわけ。その二人も、あんたのこと好きっていうのは本当だろうけど、結局は自分たちの都合のいいように、あんたを振り回してるだけ」

その言葉は、僕の胸に鋭く突き刺さった。


「……じゃあ、僕はどうすれば……」

「決まってるでしょ」

鴻上先輩は、にやりと笑った。

その笑顔は、僕が今まで見た中で、一番、小悪魔らしい笑顔だった。


「あたしが、あんたの『恋人』なんでしょ?だったら、あたしに任せなさいってこと」

そうだ。僕たちは、そういう契約を結んだんだった。

「でも、それはあくまで『ふり』で……」

「ふりでも何でもいいの。とにかく、あんたはあたしの彼氏。あたしがあんたを守る。それで、文句ないでしょ?」

その悪魔のような提案に、僕は言葉を失う。

「あんたが、その二人に振り回されないように、あたしが全部管理してあげる。……もちろん、あたしがあんたを一番に可愛がってあげるっていう、特典付きでね」

それは、あまりにも魅力的で、そして危険な提案だった。

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