第二十三話:悪魔との契約
僕の周りに渦巻く嵐は、どうやら、さらに大きなものになろうとしているらしい。
僕は、ただ、なすすべもなく、その嵐の中心にいることしかできなかった。
鴻上先輩の提案は、あまりにも魅力的で、そして危険な香りがした。
僕を助けるための提案。
でも、その瞳の奥には、この状況を心から楽しんでいるような、小悪魔の色が浮かんでいた。
「……そ、そんなこと、できません」
僕が絞り出したのは、か細い拒絶の言葉だった。
「先輩にまで、迷惑をかけるわけにはいかないです。これは、僕の問題ですから」
「迷惑?」
鴻上先輩は、心底おかしいといった様子で、くすくすと喉を鳴らした。
「何言ってるの、あんた。迷惑なわけないでしょ。むしろ、面白そうじゃない」
「お、面白いって……」
「そうだよ。それに、あんたがこのままじゃ、見ててイライラするし。あたしのおもちゃが、他の女に好き勝手されてるんだから」
おもちゃ、という言葉に、僕の胸がちくりと痛んだ。
でも、その言葉とは裏腹に、彼女の視線はどこか優しかった。
「でも……」
僕がまだ食い下がろうとすると、鴻上先輩は人差し指を僕の唇にそっと当てた。
「でも、じゃないの。これは、あたしが決めたこと。あんたは、黙ってあたしに守られてればいいわけ」
その口調は、有無を言わせぬ力強さを持っていた。
でも、それはアオイ先輩やミサキ先輩の強引さとは違う。
僕を支配しようとするのではなく、僕を守ろうとする、強い意志が感じられた。
この人になら、任せてもいいのかもしれない。
僕の中で、何かがゆっくりと、決まっていくのを感じた。
「……ありがとうございます」
僕は、深々と頭を下げた。
「本当に、なんてお礼を言ったら……。僕、先輩のために、何でもしますから」
その言葉は、僕の心からの感謝の気持ちだった。
でも、それを聞いた鴻上先輩の目が、きらりと妖しく光ったのを、僕は見逃すべきだったのかもしれない。
「へえ、何でも?」
鴻上先輩は、僕の顔を覗き込むように、その距離を詰めてくる。
甘い、ベリーのような香りが、僕の理性を麻痺させていく。
「……じゃあさ」
彼女の声は、僕の耳元で、囁くように響いた。
「手始めに、あの二人にしたみたいに……あたしのこと、襲ってみせてよ」
「――え?」
僕の思考は、完全に停止した。
襲う?僕が?この、小悪魔のような先輩を?
僕の動揺を、彼女は楽しむように見つめている。
その瞳には、冗談の色はどこにもなかった。
本気だ。
この人は、僕にそれを求めている。
「……ほら、どうしたの?何でもするって言ったくせに」
彼女は、僕のシャツの裾を、挑発するように、くいと引いた。
「……できないの?」
その上目遣いは、僕の最後の理性を、いとも簡単に断ち切るには、十分すぎるほどの威力を持っていた。
僕は、ゴクリと喉を鳴らす。
僕の周りに渦巻く嵐は、どうやら、僕自身がその中心にならなければ、収まらないみたいだ。




