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第二話:初めての出会いと世界の輪郭

第二話:初めての出会いと世界の輪郭


慣れないベッドで迎えた朝は、どこか現実感に欠けていた。

カーテンの隙間から差し込む光が、見慣れない天井を白く照らしている。

……そうか、僕、東京に来たんだ。

身体を起こし、大きく伸びをする。

今日から、大学生だ。


大学までは電車で三十分ほど。

お気に入りのパーカを羽織り、履き慣れたスニーカーでアパートを出る。

昨日感じた違和感は、気のせいだったと思いたい。

きっと、すぐに慣れる。

そう自分に言い聞かせながら、僕は駅へと向かった。


満員電車は、想像を絶する過酷さだった。

押し寄せる人の波に、僕はなすすべもなく車両の奥へと流されていく。

すぐ隣に立った女性は、涼しい顔でスマホを操作していた。

逆に、僕の背中を押している男性は「ご、ごめんなさい……」と小さな声で謝っている。

……やっぱり、女性の方がタフなんだろうか。


なんとか目的の駅にたどり着き、人の流れについていくと、大きな門が見えてきた。

僕がこれから四年間通うことになる、大学の正門だ。

そのスケールの大きさに、僕は思わず息を呑んだ。

建物も、敷地も、何もかもが僕の地元の高校とは比べ物にならない。


最初の講義が行われる教室は、巨大な階段教室だった。

三百人は入れそうなその部屋の後ろの方に、僕はこっそりと席を取る。

周りを見渡すと、皆それぞれに友人との再会を喜んだり、新しい知り合いと談笑したりしている。

……完全に乗り遅れた。

人見知りというわけではないけれど、出来上がった輪の中に飛び込んでいく勇気は、僕にはなかった。


手持ち無沙汰に、僕はきょろきょろと周囲を見回す。

皆、楽しそうだ。

……僕だけが、この空間から浮いているような気がする。

視線を彷徨わせていると、ふと、隣の席が目に入った。

そこに座る女の子の、筆箱が目に入る。

ぶら下がっているキーホルダー。

それは、僕がやり込んでいる狩りゲームの、それも結構マニアックなモンスターのものだった。


「……あ」


思わず、声が漏れた。

隣の席の女の子は、僕と同じように誰とも話さず、俯いてスマートフォンをいじっていた。

長い黒髪が顔にかかっていて、表情はよく見えない。


「あの、もしかして、そのキーホルダー……」

自分でも驚くほど、自然に声が出ていた。

僕に話しかけられるとは思っていなかったのだろう。

彼女はびくりと肩を揺らし、恐る恐る僕の方を見る。

その目は、怯えた小動物のようだった。

「……このゲーム、やってるの?」

「あ、うん。昨日、新しいイベントが始まったから」

「やっぱり!僕もそれ、やろうと思ってて。よかったら、今度一緒にやらない?」

僕がそう切り出すと、彼女は少しだけ顔を上げて、小さな声で呟いた。

「……いいの?」

「もちろん!あ、ごめん、まだ名乗ってなかったね。僕、高木春樹。ハルキって呼んで」

「……天野、夏希。……ナツで、いい」

「ナツさん!よろしくね」

僕がにこやかに言うと、彼女――ナツさんは、はにかむように小さく頷いた。

ぎこちない会話だったけど、共通の話題があるというのは、それだけで心強いものだった。

大学でできた、初めての仲間だった。


講義が終わり、昼休みになる。

ナツさんと食堂で昼食を済ませた後、僕は一人でキャンパスを散策することにした。

中庭に差し掛かると、そこは異様な熱気に包まれていた。

サークルの勧誘だ。

様々な部活や同好会の看板が立ち並び、先輩たちが新入生を捕まえようと手ぐすねを引いて待っている。


「君、イケメンだね!うちのテニスサー入らない?」

「いやいや、彼みたいな逸材はうちの演劇部がもらう!」

「うちは飲み会だけの楽なサークルだよー!」

次々と、エネルギッシュな女子学生たちに囲まれる。

……勧誘って、こんなに圧が強いものなのか。

押しに弱い僕は、どう断ればいいか分からず、曖昧に笑うことしかできない。


その時だった。

「――ちょっと、君たち。その子、困ってるでしょ」

凛とした声が響き、僕を囲んでいた人だかりに亀裂が入る。

声のした方に目を向けると、そこには一人の女子学生が立っていた。

背が高く、ショートカットがよく似合っている。

その佇まいは、まるで物語に出てくる王子様のようだった。


「あ、アオイ先輩……!」

取り巻きの一人が、畏敬の念を込めてその名を呼ぶ。

アオイと呼ばれた先輩は、やれやれといった様子で肩をすくめると、僕の前に立った。

「ごめんね、うちの後輩たちが。しつこかったでしょ」

そう言って僕を囲んでいた輪を解くと、僕に向かってにこりと笑った。

「大丈夫だった?」

「あ、はい……助かりました」

「よかった。ああいうのは、適当に流さないと捕まるからね」

先輩の気さくな態度に、僕は少しだけ緊張が解けた。


「もしサークルとか決めてないなら、うち、見に来てみる?」

先輩が指差したのは、サークルのブースが並ぶ一角だった。

そこに掲げられていたのは、『郷土研究会』という、なんとも地味な看板。

「ここ、ですか……?」

「そう。表向きはね」

アオイ先輩は、にやりと悪戯っぽく笑う。

「実際は、ただの飲みサー。でも、変な奴はいないから、居心地はいいと思うよ。ああいうしつこい勧誘の避け方とかも教えてあげる」

その言葉は、まるで悪魔の囁きのようだった。

でも、さっきの状況を考えると、とても魅力的な提案に聞こえる。

「どう?明日、歓迎会やるんだけど」

「……行っても、いいですか?」

「もちろん。じゃあ、連絡先交換しよっか。場所、後で送るから。あ、私は神崎葵。アオイって呼んで」

「あ、はい!僕は高木春樹です。よろしくお願いします、アオイ先輩」

先輩は僕の言葉に満足そうに頷くと、慣れた手つきでスマートフォンを操作した。

「よろしく、ハルキ」

僕の大学生活に、新しい風を吹き込んでくれそうな、頼れる先輩だった。

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