第十七話:告白と修羅場
僕たちの間に、新しくて、歪で、そしてどうしようもなく甘い関係が生まれようとしていた。
暗い部室に僕たちの吐息だけが、静かに響いていた。
僕の優しいキスに、ミサキ先輩の身体から完全に力が抜けていくのが分かった。
さっきまでの罰で流した涙とは違う、生理的な涙がその瞳から溢れ出す。
僕は、もう一度その涙を優しく拭ってあげた。
「……なんで」
か細い、掠れた声だった。
「……なんで、あんたは、そんなに優しいのよ」
「……分かりません」
僕にも、自分の行動がよく分からなかった。
ただ、目の前で傷ついているこの人を、放っておけなかっただけだ。
「……あたしの、負けだよ」
ミサキ先輩は、ふっと自嘲するように笑った。
その笑顔は、もう痛々しくはなかった。
何かを吹っ切ったような、晴れやかな表情。
そして彼女は、僕の目をまっすぐに見た。
「今日のことは、本当にごめん。……許してほしいなんて、言わない。でも、これだけは信じて。あたし、あんたのこと、本気で好きになっちゃった」
「え……?」
「だから、私と付き合ってください。……あんたのためなら、あたし、何でもするから」
真剣な眼差し。
それは、先日アオイ先輩が僕に向けたものと、よく似ていた。
僕は、何も言えなかった。
頭が、この急展開についていかない。
僕の返事を待つ、ミサキ先輩の瞳が不安そうに揺れる。
僕が何かを言おうと口を開きかけた、その時だった。
ガチャリ、と。
部室のドアが開く音が、やけに大きく響いた。
そこに立っていたのは、ジュースを二本抱えたアオイ先輩だった。
彼女は、目の前の光景が信じられないといった様子で、固まっている。
僕が、縛られているはずのミサキ先輩と、キスをしている。
いや、キスだけじゃない。
告白されている、その真っ最中だ。
その事実を、ゆっくりと咀嚼しているようだった。
カラン、と。
アオイ先輩の手からジュースが滑り落ち、床を転がった。
「……なに、してんの」
地を這うような、低い声。
僕が今まで聞いた中で、一番冷たい声だった。
その瞳には、嫉妬と、怒りと、そして裏切られたような悲しみの色が浮かんでいた。
まずい。
僕は慌ててミサキ先輩から身体を離そうとした。
でも、できなかった。
椅子に縛られたままのミサキ先輩が、器用に足を使って僕の腰に絡みつき、引き寄せたのだ。
「……別に?見ての通りだよ、アオイ」
ミサキ先輩は、アオイ先輩から視線を外さないまま、挑発的に言い放った。
その口元には、さっきまでの弱々しさは見る影もなく、小悪魔のような笑みが浮かんでいる。
そして、僕の耳元で、甘く囁いた。
「……ねえ、ハルキ君。返事、聞かせて?」
「せ、先輩……!?」
「いいじゃん。アオイに見せつけてやろうよ。あたしたちの方が、お似合いだって」
その言葉は、明らかにアオイ先輩への当てつけだった。
僕は、二人の先輩の間に挟まれて、どうすることもできない。
アオイ先輩は、わなわなと震えていた。
彼女は一歩、また一歩と、僕たちの方へとにじり寄ってくる。
その目は、もう何も映していない。
ただ、目の前の僕たちに対する、純粋な怒りだけが燃え盛っていた。
「……あんたたち、ふざけないでよ」
その声は、もう怒りを通り越して、静かだった。
それが、逆に恐ろしかった。
衝立の向こう側、暗い部室で、僕を巡る二人の先輩の戦いが、今、始まろうとしていた。
僕の意思なんて、もうどこにもない。




