第十一話:狩人と癒やしの時間
バイトが終わり、僕は鴻上先輩にぎこちない挨拶をして店を出た。
深夜の空気はひんやりとしていて、火照った頭を冷やすのにちょうどよかった。
アオイ先輩、そして鴻上先輩。
ここ数日で、僕の日常は非日常に塗り替えられてしまった。
『責任を取る』
彼女たちの言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
これが都会の普通なのだろうか。
訳が分からないまま、僕は自分のアパートのドアを開けた。
部屋に帰り着きシャワーを浴び、バイト先の制服を洗濯機に放り込む。
ベッドに倒れ込みたい衝動に駆られたけれど、スマートフォンに届いていた一通のメッセージを見て、僕は思いとどまった。
『今夜、ログインしますか?』
送り主はナツさんだった。
そうだ、約束してたんだ。
僕は『今からログインします』とだけ返信し、ノートパソコンを起動した。
ヘッドセットをつけ、ゲームを起動する。
壮大なオープニングムービーが流れ、僕は一瞬でその世界に引き込まれた。
ログインすると、僕のアバターは多くのハンターたちで賑わうオンラインの集会所に立っていた。
すぐにフレンドリストから、ナツさんのアバターを見つけ合流する。
『ハルキさん、こんばんは』
テキストチャットで、丁寧な挨拶が飛んできた。
ナツさんのアバターは、僕が大学で見た通り、屈強な鎧に身を包んだ女戦士だ。
その手には、僕の身長ほどもある巨大な大剣が握られている。
見た目とのギャップがすごい。
『こんばんは。早速ですけど、何か狩りに行きますか?』
『はい。ちょうど新しいイベントクエストが来ているので、それに挑戦しませんか?』
『いいですね。行きましょう』
僕たちは二人でパーティーを組み、クエストを受注した。
ボイスチャットを繋ぐと、ヘッドセットからナツさんの少しだけ緊張したような声が聞こえてきた。
「……あ、あの、聞こえますか?」
「はい、ばっちり聞こえますよ」
「よかった……」
ほっとしたような声。
現実で話す時と、声のトーンはほとんど変わらない。
けれど、ひとたびクエストが始まると彼女は一変した。
「ハルキさん、敵は右手の崖の上です!私が先に仕掛けます!」
「りょ、了解です!」
ゲームの中の彼女は、まるで別人のようだった。
的確な指示と、無駄のない動き。
巨大なモンスターの攻撃を華麗にかわし、的確に弱点へと大剣を叩き込んでいく。
その姿は、まさしく歴戦の勇士だった。
僕は、その後ろから援護射撃をすることに徹する。
時折飛んでくる、彼女からの的確な指示。
それに従っているだけで、あれほど苦戦していた強大なモンスターが、みるみるうちに弱っていくのが分かった。
現実世界の、あの大人しくて臆病な彼女はどこにもいない。
ここにいるのは、頼りがいのあるパーティーのリーダーだった。
三十分ほどの激闘の末、僕たちは見事にモンスターを討伐することに成功した。
「やりましたね、ナツさん!」
「はい。ハルキさんの援護が的確だったので、危なげなくクリアできました」
その声は、少しだけ弾んでいた。
僕たちは集会所に戻り、戦利品を確認しながら、しばらくの間、雑談を交わした。
ゲームの話、新しく実装された武器の話、次のアップデートの話。
他愛もない会話。
でも、その時間が僕にとってはたまらなく心地よかった。
ここには、僕を翻弄する先輩たちも、まだ慣れない都会の空気もない。
ただ、共通の趣味を持つ仲間と、純粋にゲームを楽しむ時間があるだけだ。
目まぐるしい出来事で混乱していた僕の心が、ゆっくりと落ち着いていくのを感じた。
「……ハルキさん、本当にゲーム上手なんですね」
「え、そうですか?ナツさんこそ、すごかったじゃないですか」
「ううん……私なんて、ゲームの中だけだから……」
少しだけ、声が小さくなる。
そこに、僕が知っている現実世界のナツさんの姿が少しだけ見えた気がした。
「また、一緒に遊んでくれますか……?」
「もちろん。こちらこそ、お願いします」
僕がそう言うと、彼女は嬉しそうに「はい」と答えた。
僕の大学生活は波乱の幕開けとなったけれど、この時間があるなら、なんとかやっていけるかもしれない。
僕は、そんな予感を抱きながら次のクエストへと向かった。




