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19/19

19 そして、再び

あの月が満ちたら扉が開く



そう俺たちの世界へ帰ることのできるたったひとつの出口



「明日だよ」


俺は美玖に微笑んだ


「うん…」

「?  どした?」

「帰るの?」

「え?」

「卓は帰りたいの?」

「美玖…」



彼女は真剣な目で俺をじっと見つめている。いったい何がいいたいんだ?



美玖?



彼女は薄く微笑むと窓際に立って夜空を見あげる。

月光が彼女のシルエットを作り出す…

ぞくっとするような彼女の美しい曲線は呼吸するたびに妖しく動き、夜の吐息のような微風が長い髪を揺らす。



沈黙…



ベッドから俺は美玖のシルエットに見とれていた。

彼女の髪をなぶった風が狂おしいほどに魅惑的な彼女の肌の薫りを運んでくる。



「ねぇ卓?」

「ん?」

「うちは現実に帰ると卓のものじゃなくなるんだよ…」

「?」

「2年…ひとりでいると思った?待ってると思ってた?」

「……」

「うちはそんなに強くないし…」

「…だけど連絡くれていた」

「うん。始めはちゃんとしてたよ…想いをこめてさ」

「……」

「ごめんね。最近は日課っていうか、習慣かなぁ」



そう…だよな

俺自身に実感があるなしは別として、彼女は俺といきなり連絡がとれなくなって、2年も放っておかれたことに違いないんだよな…



俺はそれでも次に出てくると予想される言葉を認めたくなくて


「でも、すぐに来てくれた」


言葉が喉に絡みつくような感覚を感じながらかろうじてそう言った。


「うん」

「一緒に美玖の部屋へ行って…」

「うん。連絡来て嬉しかったのは本当だし、会いたかったのも本当なんだよ」

「……」

「うちが好きなのは卓だから」


美玖は振り向いて軽く肩にかかった髪を払って、俺の次の言葉をさえぎった。


「でも、それと現実はちょっと違っちゃったりするんだよ」



淡々と話す彼女の声はなんだか頼りなく反響しながら俺の耳に入って来て、やがて言葉自体が意思を持ったように俺の体全体に広がってきて、最後に俺の心臓に突き刺さる。



だよな…



そりゃ美玖を責められないし



彼氏いるって、そりゃそうだろ?



うん



………



はぁ…




美玖の顔がどアップで俺の前にあった。


「わっ!」

「怒った?」

「いあ…俺自身が望んだことじゃないけど、2年は長いよな?」


彼女の顔は見れなかった。

うつむいて視線は下に落としていた。


「ごめんね?」


彼女の本当にすまなそうな言葉。


「仕方がないさ」

「でもさ」

「?」

「ここにいたら、このままだよ?」



そうだ



このままここにとどまれば、美玖は俺の隣で微笑んでくれる。



いや、しかしそれは…



現実世界?には彼女の親も友達もいる。

仕事も、そして彼氏も…

彼女の提案はとんでもなく俺にとって魅力的。




どうする?



迷うべきところではないだろ?




心の中で自分にツッコんでみる




「どう?このままここにいるほうがよくない?」

「あ…うん」

「それとも帰りたい?」

「いや…」



俺の中でどうしようもなく色んな思いが渦巻いているのがわかる。




「ここにいたら、うちは卓の彼女なんだよ?」


彼女はさらに、瀧夜叉や彩姫、ユミン、桜太夫、アーネの名前も持ち出した。


「みんなここに卓がいて欲しいって思ってるし、卓だってここにいたら勇者様じゃん?」

「くたびれた勇者だけどな」

「あっちへ帰ったら大変だよ?ずっと行方不明で会社だってどう扱ってくるかわからないし」



確かにそうだ。



無断で2年…さらにまたここに来てしまって……



「!」



俺は大変なことに気づいた。

美玖はすでにこのことに気づいてこんなことを言ってきたのかもしれない。




そう…




ここへきてしばらくたっている

ということは向こうで前の2年プラス今回分の年月が過ぎていることは間違いない。

もちろん美玖だって同じだけ行方不明になっているわけで…




彼女の顔を見る

苦笑い?泣き笑い?

彼女の表情は微妙で、瞳は潤んで揺れている。




「そか」

「うん」

「そうだな…」

「やだよ。帰りたくない」

「誰にも何も言わなくていいのか?」

「…彼氏にカノジョが出来てるかも…」

「そっちか」

「切実なんだけど」

「俺を前にして言うことか?」

「ごめん」

「まぁ、そうだろうな」

「カノジョいるかな?」

「さぁ…前は2年だったけど、今回はどれだけ過ぎてるかわからないからな」


俺は不安で小刻みに震えてる美玖を抱きしめた…






月が満ち、道ができた。

この国で一番神聖な寺院の森の中心に、深く静かに広がった小さな湖がある。

湖面に月明かりが反射し、ゆらゆらと月光の道が伸びて行く…



俺と美玖、瀧夜叉たちがじっとその道がしっかりしたものになって行くのを待っていた。

あれから数日。毎日今日のこのときのことを話し合った。

結論は出ず…いや出したくなかったのかも知れない。



帰りたいという望郷の想いと帰った後の現実



ここに残ることの居心地のよさ



だけど…それはやはり、なにか違っているような気がして……

チリチリと足元から這い上がってくるあせりに似た感情。

それは美玖も一緒なのだろう

そして瀧夜叉たちも口にこそ出さないが、俺たちが去ったあとの不安や寂しさを押し殺して、ふざけていても笑っていても、明らかに不自然で…



「卓、どうするの?」

「ん…」


帰り道が出来あがりかけ、その場に直面しても決断ができない自分に苛立ちを感じる。


「どうしたい?」

「美玖…」


ふっと彼女の表情が引き締まった。

口元をきゅっとかみしめると、帰り道に背を向けた。


「おい」

「うちは残る」


はっきりと彼女はそう言った。


「ここにいる」



俺はどうする?どうしたい?

決断できない自分が情けなく腹立たしい!



俺は腰の長剣をはずした。

自然と違和感なくそうした。

美玖もみんなも息を呑んだのがわかる。

俺は剣を横にいる美玖に差し出した。


「卓?」

「うん。帰るよ」


強がりでもなんでもなく、それが自然なんだとこの瞬間思った。


「うちはいないんだよ?」

「ああ」

「あっちは凄いことになってるよ?」

「うん」


見上げる彼女の視線に俺は小さくうなずいた。


「そ、か…」

「あっちが俺の世界だから」

「でも、うちは…」

「うん。それも生き方だしな」

「ごめんね」

「いや、俺もここは居心地もいいんだけど…」



この世界は自分の死に場所じゃない



そんな変な思いが支配している。

やっぱり大変でも辛くても…美玖がいなくても……自分の生まれ育った世界にいたい。その気持ちはなにより強かった。



「じゃあ、な」


片手を挙げて俺は月光の道へ歩き出した。



振り向かなかった

振り向けなかった



振り向いたらこれ以上前に進めないと確信していたから…



結局、ハッピーエンドは来なかったな



自分で選んだ道だけど、だからといって後悔してるわけじゃない。



やがてマンション裏手の蜘蛛道のような路地を俺は歩いていた。

視線を左右へ振り、踏みしめる地面を確認して空を見上げてみると、おそらく快晴といわれる東京の薄灰を刷いた様な青空がそこにある。


「はは…この空を懐かしいと思うとは…」


俺は片方の口元を苦く歪め(悪い癖なのはわかっているが)て小さく吐息をついた。

砂埃で白くなったジーパンのポケットに手を突っ込み、指先に触ったフィギュアのついた鍵を引っ張り出す。


「よくもなくさなかったもんだなぁ……」


いつ失くしてもおかしくない状況の連続を奇跡的(?)に潜り抜けて帰ってきた。



マンションは記憶のままにそこにあった。



鍵を差込みドアを開ける。

そこには家財道具のなくなった…


「?」


ある…

呆然とそこに立ちつくし、そして部屋へあがるとそこはまさしく俺の部屋。

自分のベッドにパソコン、小さな本棚に洗濯物が部屋干ししてある。



「こりゃいったい?」



ごそ…



「?」

ベッドに気配?




「はぁ?」



そこに俺と美玖が寝ている。



って、なんでこの視界?



…俺、天井から下を見下ろしている?

状況が見えない

俺の頭の中は大混乱になった!



俺の視界が…どんどん変わって行く!



ドドン



「?」




カカカ…



「!」


かすかだった音がしだいにはっきり聞こえてきた。



美玖の叩く太鼓の音



そして叫び声、悲鳴…



「悲鳴?」


そう思った瞬間、俺は背中から地面へ打ち付けられていた!


「てて…」


体中がきしんでいる。

目を開けると俺めがけて無数の矢が飛んできた!



殺られる!



そう思ったとき、影が視界をよぎって矢をことごとく払いのけた!



「お帰り!」



その声は瀧夜叉。


「お、おう」

「次、来ます!」


そう叫んだ声は彩姫?


「任せろ!」


俺を助けて立ち上がらせる瀧夜叉を援護する桜太夫。


「はい、どうぞ」


俺の前に差し出された見慣れた長剣。


「…アーネ」

「また来るよ!」


機敏に動き回っているのはユミン。




戻ってる…



てか戦闘?

誰と?

なんで?

終わったはずじゃ?



状況が見えない俺に瀧夜叉が叫んだ。


「敵はミク!」

「な、なんだって!」


剣を抜いて立ち上がった俺の視界いっぱいに軍勢がいた。

生の戦闘が展開されている。



「!」



敵の後方からとどろき、鳴り響く聞きなれた勇ましい大太鼓の波動!

それを…



万感の太鼓



それを打ち鳴らしているのは黒地に黄金の縁取りのある巫女姿の…



美玖!



どうしてこうなってる?

そんな疑問をもつ余裕もない。



「タク!ここは一時撤退しよう!」


瀧夜叉の言葉に俺は周囲を見渡した。



確かに劣勢だ

このままでは全滅もしくは大敗北

今ならまだ撤退する力は残っている



そう判断して俺はうなずいた。



追撃してくると思った敵は、俺たちが退き始めるとぴたっと動きを止めた。

味方の最後尾を待って、俺はふっと遠くの美玖を見た。



にこっ



微笑んだ?

表情なんか見えるはずもないほど遠くにいる美玖の微笑が見えた気がした。



「お帰り、卓」



耳元で彼女のささやきが聞こえた。



「美玖、ほんとうに美玖なのか?」



「そうだよ。うちだよ」



「どうなってるんだ?」



「うふっ。みたまんま。うちと瀧夜叉たちが戦ってるの」



ふわりと彼女の薫りが俺を包んだ。



「卓はうちと一緒にいてくれるよね?」



とろけるような心地よさをガツンと衝撃が振り払った!



「あら、恐い顔」



「ミク!あんたなんかに負けない!」


瀧夜叉が俺の腕を抱えるようにして、遠くの美玖をにらんで叫んだ。


「卓はうちのところへ来るよ」

「そんなことない!」

「さぁ、どうかな?」



今まで戦場だったところに彼女の本当に楽しそうな笑い声がする。



俺は…

その場に棒立ちになって美玖の姿を見続けていた。







【完】

これにて終幕~~(笑)

15年前に書いたストックがこれで終了しました。

完全新作、書けるかなぁ…


初出 2009年7月23日~12月31日

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