『私の家族』
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私の家は少し変わっていると言われます。そんな家族のことをここで紹介することで私は私の家族が至って普通であることを証明したいと思っています。
私の家族の家族構成は父上、ママ、兄様、お姉ちゃん、ねーね、あんちゃん、私の七人家族です。家族みんなでお店を経営しています。一体何のお店かと聞いてみると居酒屋兼食堂兼スナック兼キャバクラ兼ホストだそうです。
私たちの家族にはルールがあります。それはお仕事で家を外すとき以外は朝ごはんと夕ごはんはみんなで一緒に食べるというものです。
私はいつも朝六時に起きます。みんな早起きだと言いますが、今の家族の前に住んでいた時から決まっていたのでどうしても朝その時間に目が覚めてしまいます。それにお姉ちゃんはもっと早く起きています。
朝ごはんはお店のフロアで食べるのですが、二階にあるお部屋から降りると、今日もお姉ちゃんはいつも同じく朝ご飯を作ってくれていました。
「おはよう」
「おはようございます」
「食器出してーもうすぐご飯出来るから」
「はい」
お姉ちゃんとの挨拶が私の一日の始まりです。お姉ちゃんがお仕事で忙しい時はあんちゃんが朝ごはんを作るのですが、ちゃんと作られていたためしがありません。お姉ちゃんは可愛くてスタイルも良くて頭が良くて強くてカッコいい人です。私は世界で一番お姉ちゃんを尊敬しています。
私が食器の準備をしているとお店の地下にある部屋からママが起きてきます。
「おはよ~」
「おはようございますママ」
「ミヤビさん昨日遅かったんじゃないの? 大丈夫ー? 肌荒れるよ?」
「んふふ~私の~クレンジング~すごく肌に~あってるのよ~。クレアちゃん~コーヒー頼める~?」
「はい」
ママは少しボンヤリしていますがとっても優しい人です。お姉ちゃんよりもセクシーで、あのはちきれんばかりの胸に顔をうずめて窒息死できるなら本望だとあんちゃんがよく言っています。でも何故かその事を家族に言うのは禁止されているので少し不思議でした。
私がコーヒーを淹れてママに渡すとママは優しく微笑みながら私の頭を撫でてくれます。朝のママは下着同前のネグリジェ姿で同性の私でも少しドキドキします。そんなセクシーなママですが、手だけはとてもゴツゴツしています。普段は機械をいじる事が多いからだそうです。
そうこうしていると次はお店の扉のベルが鳴りました。起きたのではなく帰って来たのは兄様です。先ほど話に出てきたあんちゃんとは違い、しっかり者で佇まいに品があるイケメンです。
「ただいま。朝の出迎えが美女三人とは今日はツイているようだね」
「エル君また朝帰り? ほどほどにしとかないとその内誰かに刺されるよ」
「愛した女性に刺されて死ぬ。……か。男としては本望じゃないか」
兄様はそう言ってエアカーのキーをお姉ちゃんがいるカウンター奥のケースに入れると、お姉ちゃんが用意してくれた朝食をテーブルまで運び始めました。
「兄様。手を洗いましたか?」
「帰ってくる前にお風呂に入ったから問題ないよ」
「? なぜお家のお風呂に入らないんですか?」
「お家のお風呂では出来ない事をするためさ。それより……はい、クレアにプレゼントだ」
兄様はそう言って内ポケットから小さな箱を取り出して差し出してきました。私がそれを受け取って兄様の顔を見上げると、世界中の女性が虜になるような小さな微笑みを見せてくれます。
「開けていいですか?」
「もちろん。それはもう君の物だ」
そう言われて私は箱を開けると、発光してから「ポンッ!」とカワイイ衝撃音を上げて小さな爆発をしました。私は驚いて「わっ!」と声を上げると、手のひらに置いていたプレゼントの箱から何かが打ちあがり、小さなパラシュートを開きながら再び私の手の上に落ちてきました。
「び、びっくりしました」
「ちょっとしたプレゼントとサプライズ。これが異性を虜にする最大の武器さ」
兄様はそう言って微笑みますが、カウンターの先にいるお姉ちゃんは少し険しい表情をしていました。
「エル君さーヘンな事教えないでよ。あとどんなに小さくても爆発はテロだよ」
「そうよ~この前もお店の中で~花火やってたでしょ~」
お姉ちゃんに続いてママも呆れたようにそう言いますが兄様はまた美しい微笑を浮かべながら肩を竦めました。
「すべて可燃性の無いものだから大丈夫さ。あれくらいの調合なら簡単だ。今度クレアにも教えてあげるよ。花火を作れれば学校でも人気者になれるだろう」
「ぜひ知りたいです」
「もういいからっ! クレア、メーちゃんとアーク起こしてきて」
お姉ちゃんにそう言われて私は「はい」と答えると、二回に上がってねーねとあんちゃんを起こしに行きます。
まずは階段から近いねーねの部屋に行きます。ねーねの部屋はいろんなコンピューターがあって、いつも沢山の二次元ディスプレイがそこはかとなく浮かび上がっています。その日のねーねは自分のデスクに突っ伏しながら寝ていました。
「ねーね。朝ですよ」
私はそう言ってねーねの肩を揺さぶりますが、ねーねはそれでは決して起きません。ですが大丈夫です。ねーねを起こす魔法の言葉があるのです。
「ねーね。朝ごはんですよ」
「……おウ……ふぁ~ア……おはようさン」
ねーねがそう言って欠伸している間に私はねーねの義手と義足を拾い上げます。ねーねには両手と両足がありません。でも私が床に散らばっている義手と義足を渡すと、ねーねは器用に一人で装着します。
「お姉ちゃんがねーねは夜更かしし過ぎって言ってました。もう少し早く寝た方が良いんじゃないですか?」
私がそう言うとねーねは不敵な笑みを浮かべました。
「ひっひっヒ……くっちょんもこいば見たらそぎゃんこつ言えんくなるばイ」
ねーねがそう言って目の前のモニターを差し出してくると、そこには帝国軍監査部データベースの機密情報第四十八階層までの情報が映し出されました。私はとても驚きました。最近私はねーねにハッキングを教わっているのですが、私ではせいぜい第三階層までしかたどり着けないからです。
「凄い……やっぱりねーねは凄いです」
「ふふン! こいば凄さが分かるっちゅう事は成長しとる証拠じャ。さぁて起きるけン。あっちょんば起こしてキ」
ねーねは義手と義足に人工皮膚のスプレーを吹きかけながらそう言い、私は尊敬のまなざしで頷きながら次のあんちゃんの部屋に向かいました。
あんちゃんの部屋は独特です。ねーねの部屋のように必要な物ではなく不要な物、謂わばゴミというのが散乱しています。そして独特なのがあんちゃんはいつもほぼ全裸で寝ており、毎朝起こしに行くとその周囲に紙屑が増えています。以前、その理由を聞くとあんちゃんは
「これは男の矜持に浸った軌跡よ」
と格好つけながら言っていました。
そんな全裸で大の字になり、股間とお腹をお布団で隠した状態のあんちゃんを起こす方法は一番シンプルで簡単です。私はあんちゃんが物置にしか使っていない文机に上ると、そこから勢いよくあんちゃんのみぞおち目掛けて飛び降りるのです。
「お゛ぅ゛!」
あんちゃんはコレをやるとすぐに目を覚まし、いつも聞いたことがない声を上げて蹲ります。そして毎回涙目になりながら私に微笑んでこう言います。
「お、おはよう……」
「おはようございます。朝ごはんの準備できましたよ」
「そ、そうなのね……よ、よし、起きるぞ、だがその前に!」
あんちゃんはそう言って目に溜まった涙を拭うと、キリっとさせてから私の方を見ます。これはあんちゃんと出会った時からの日課であり、私もその点に関してあんちゃんを尊敬しているのです。
「よし、じゃあ朝のバストアップ体操……始め!」
「はい! よろしくお願いします!」
私はそう言ってあんちゃんの前でバストアップ運動を始め、あんちゃんはその間にパンツを履きます。
これが私の朝の日常です。
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ジオルフ第三学園初等部の教師、シンシア・イーベンは少し恐縮しながら目の前に座る男性を見ていた。本来であれば二者面談というのは親の方が緊張するものだろうが、今日は全くの逆である。何せ目の前にいるのは帝国の英雄にして八賢者の一人、カンム・ユリウス・シーベルなのだ。
先日、授業の中で自身の家族や生活について作文を書くという宿題を出した。生徒であるクレア・フェスタが書いたその作文内容においてシンシアはどうしても保護者である彼と話す必要があったのだ。
「……これが、あの子の書いた作文か」
「はい、ええとその……随分とその、個性的な家庭環境のようで……」
最近転入してきたクレア・フェスタ……彼女は少し変わった境遇にいる。保護された家で暮らす少女なのだが、その保護者がこのカンムなのだ。
カンムは眼鏡を掛けながらクレアが認めた作文を険しい表情で読んでいる。そして読み終えると小さく息をついて眼鏡を外した。
「あの、将軍閣下」
「今の私は将軍ではありません。何より一生徒の保護者として来ております。他の家庭の御父兄と同じように接していただけるとありがたく思います」
「あ、はい。ではシーベルさん。クレアさんが戦災孤児であることは理解しております。そしてそのような子を保護なさり、他にも十代の青少年をお育てになっている事は一人の大人として尊敬いたします。ですが、この家庭環境……ママとお姉ちゃんと呼ぶ方以外は実に教育上よろしくない点が見えまして」
「その点は私も十重に承知しております。しかし連中もまだ成長途中の若人です。奴らも無様なりに日々精進しており、私もそれに協力する所存です」
「は、はぁ……まぁシーベルさんほどの方がそう仰るなら私としてはご期待せざる負えません。少しづつで構いませんので生活環境の改善をお願いいたします。クレアさんは体力面を除けばB.I.S値も非常に優秀です。神通力持ちではありますが、帝国と神栄教の関係がこじれている現在であれば、異端者であっても就職に支障はありません。彼女ならより優秀な学園に進学できるでしょう。ただ少し言葉足らずな面があります。軌跡先導法から彼女の将来付けるお仕事は医師、エンジニア、映像作家、小説家など多岐にわたります。その点もご家族でご相談ください」
シンシアはそう言って二次元ディスプレイを複数浮かび上がらせる。優秀な生徒に関しては初等部の内から将来の仕事について提案するのが通例である。軌跡先導法に則りB.I.S検査から最も適した仕事と婚約者を提案し、帝国民はそれに従って将来を決めるのだ。クレアのように複数の仕事の選択肢があるのは稀な事なのだ。そうなれば早いうちからどれかに絞っていく必要がある。
しかしカンムは二次元ディスプレイの一つを早々に掴んで無表情のまま口を開いてきた。
「……この中であれば今のところ小説家ですな」
「小説家ですか? またどうして?」
シンシアがそう尋ねるとカンムはまるで当然と言わんばかりの表情でクレアの作文を掲げた。
「ウチの娘には文才がある」
そう告げる彼を見てシンシアは世間が知らない真実をひとつ知った気分になった。
八賢者の一人は親バカだという事である。