自分が大嫌いだ。
「大丈夫?」
紗由美が、瑠夏に声を掛ける。
大学の講義の3時間目。
席は私、紗由美、瑠夏の順で座っていたから、朝から少し体調が悪そうだった瑠夏の顔色が、より悪くなっているのに、私は気付かなかった。
「……ヤバいかも」
そう答える瑠夏に、紗由美は背をさすりながら言う。
「保健室行く? 1人で行ける? ついていこうか?」
教授には聞こえないような小さな声で話す。
「大丈夫、1人で行く」
そう言って席を立ち後ろの扉へと向かう瑠夏。
バタン!
瑠夏は立っていられなくなったのか、床へと伏せた。
ガタ!
「瑠夏!!」
瑠夏が倒れるのとほぼ同時くらいに、紗由美が席を立ち、瑠夏に駆け寄る。
「あ、」
私も、行かなきゃ。
私だって、友達だ。
紗友美を追いかけるように、瑠夏の下へ行くと、教授が保健室に電話をかけながら駆け寄っていた。
「大丈夫?」
……なんだろう。
……なんでだろう。
保険室の人が部屋に入ってきて、瑠夏を連れて扉から出ていく。
講義は、何事もなかったかのように再開された。
私は、ずっと何かに囚われたままだった。
*
昔、家で倒れたことがある。
母に怒られているときだった。
目の前が暗くなってきて真っ暗になり、次の瞬間には浮遊感。
鈍い痛みが頭の後ろに広がり、今、倒れたんだ、と気づく。
だんだん目の前が晴れてきて、母の声が響く。
「注意されてるのを嫌々聞いているから、体から力が抜て倒れるんだろ。それで? 倒れるって分からなかったんか。ばか」
母は化粧をする手を止めず、私に目もくれず、そして、私を心配する言葉もなかった。
私は泣いた。
倒れて痛かったから?
怖かったから?
私は1人なんだって思ったから。
*
元々貧血気味なのかもしれない。
病院には行ったことがないから分からないけど。
何度か、授業中に目の前が真っ暗になった。
耳鳴りがしだして、体のあちこちから冷や汗が止まらなくて、手が震えてきて、目の前も視界の端からどんどんと狭くなってきて、やがて目も見えなくなり耳も聞こえなくなる。
5分ぐらい経つとだんだん目が見えるようになってくる。
なんで起こるのかは分からない。
最初は戸惑ったけど、机を掴んで、寝たふりでもすればバレなかった。
そして何度も体験すると、慣れるものであり、大学の講義中にも1度あったが、やはりバレなかった。
それが普通。
私の日常はこれだ。
なのに。
瑠夏が倒れた教室は、私が暗闇を体験した教室とちょうど同じだった。
だからだろうか。
どうせすぐ治るよ、よくあること。
こんなに心配してもらえてるなんていいね。
私は誰にも気づかれないようにできるよ。
なんて。
じゃあ私も倒れればよかったの?
みんなに気づいてもらえるようにさぁ。
でも、みんな迷惑するよね。
講義も止まっちゃうし。
なんて。
優しい人になりたいのに。
私だって、何も考えずに、「大丈夫?」って駆け寄れる私でいたい。
瑠夏を心配する心の間に、何かがあってほしくない。
紗友美を見て、いいなって思ってしまう。
普通に、友達を大事にしたい。
何かに囚われてしまっている自分が。
こんなことを考えてしまう自分が大嫌いだ。
フィクションへ昇華していこうと思う。