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第三話

 生はバイクにまたがって信号待ちをしながら、指切りをした小指を眺めていた。

 今日はちょっとしたトラブルで先方が情報を漏らし、久しぶりに肉弾戦をしてしまったため、思ったより時間がかかってしまった。おかげでスパイよろしくビルの窓から脱出することになってしまったが、幸い怪我は手の切り傷のみだ。

 いままでならこのまま適当な場所で夜を明かすが、生はバイクの鼻先をちひろの待つ家の方向へ向ける。

 別に指切りをしたからと言って、毎日帰るという約束を守らないといけないわけではない。

 ただの口約束だし、それに縛られるような純粋さなんて、とうに持ち合わせが無かった。

 それでも、応急手当を簡単に済ませただけの状態で、ちひろが待つ家の前に立っている理由は、生自身にも分からないままだ。

 ただいま、と静かに扉を開くと、ちひろが薄い毛布にくるまってこくこくと首を揺らしていた。

 起こすのも忍びないが、このままここで寝られるのもまずい。

 持ち上げようと近付いたところで、ちひろの目が開き、しゃきっと起き上がる。

「おかえり!」

「ただいま」

 まるで「居眠りなんてしていませんでした」とでも言うように、食いつき気味で言うちひろが微笑ましい。

「ご飯にする?お風呂にする?それとも手当て?」

「お風呂、ご飯、手当てかな」

「うん!」

 こうして自分の仕事や生活リズムに縛りができるのは、正直に言えば面倒に思うこともある。

 だが、今まで曖昧だった仕事とプライベートに、はっきりと境界線ができつつあった。

 また、外注を増やして手間を削減させたため、仕事量はそのままに時間効率も上がった。

 恩師の「働くのが好きな奴は単に働かせるのが下手くそなだけだ」という言葉が思い出される。

 いままで必要性を感じずに惰性でやっていた自分の仕事を減らせたら、まだまだテーピングの仕方が拙いちひろの手当が上達するより早く、今日のように身体を張る仕事は無くなるかもしれない。

 他に傷は無いかと探す流れで、そっと袖を持ち上げて中を覗こうとするちひろを「こら」といさめて手を引く。

「覗き見」

「ごめんなさい」

「いいよ、でも、もうおしまい」

 後ろに引いた手に、元通り手袋を付ける。

 手は傷が絶えないため、薬を塗りなおしたり絆創膏を貼ったりと、寝る前の二人の日課になりつつあった。

 いつもはちひろの気が済むまで好きにさせているが、白く柔らかい手が、自分の変形してしまった爪や引きつれの多い肌を大事そうに撫でているのを見ると、居たたまれずに途中で止めたくなる時もある。

 自分で「いいよ」と言った手前、いまさら「もうしないでくれ」と言うのもはばかられるし、疑問に思われてしまうだろう。

 いや、ちひろへの気持ちは恋愛ではなく親愛や友愛であるため、やましいことは無いのだが。

 ちひろを寝室まで送り届け、いつものようにおやすみと挨拶をして、扉を閉める。

 ちひろに撫でられた手の感触が抜けないのも、環境的なものであり、一時のまやかしであり、生存本能である。

 生は大きく深呼吸をして、ソファに体を投げ出した。

 前に怪我をした腹部の怪我が、まだ痛んでいた。

 ぼんやりと手のぬくもりから痛む腹に意識を移し、生はそのまま意識を落とした。



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