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第二話

 その後、学校の帰りや休日にその場所へ行くと、ゆきはいつもいた。

 脱出計画を二人でうなりながら考える時間ももちろんだが、お互いの話をするのがちひろにとっては何よりも楽しかった。

 いつ訪れてもゆきの兄の姿は見えなかったが、ゆきは兄のことをたくさん教えてくれた。

 唐揚げを一つ多く分けてくれること、アイスを分け合って食べること、自分とそっくりな見た目をしているけれど、背は自分よりも高く、手も大きいこと…。

 ただ、ゆきと、ゆきの兄が、どうしてこんなところにいるのかはよくわからなかった。

 ここに入院しているのか、暮らしているのか、そして、学校には行っていないのか。そういうことをゆきにたずねても、言いたくないのか、曖昧にぼかされてしまう。

 もしかしたら厳しいお父さんやお母さんにいじめられているのかもしれない。もしそうならはやく出してあげなきゃ、と妄想力のたくましいちひろは自分が王子様になったような気分で、ちょっとズレた正義感をつのらせていた。

 そうして2週間ほどがち、ついに脱出計画ができた。

 ゆきいわく、ゆきの兄は夜に帰ってくるため、ちひろは両親に「友人の家に泊まる」と嘘をつき、決行日は火曜日の夜にすることにした。

 本当は休日が良かったが、休日はなぜかこの建物に出入りする大人が多くなる。

 出口として使う喫煙所の外扉を使うには、人の少ない平日の方が、都合が良いだろうと考えての決断だった。


「もうすぐ会えるね、ゆき」

「うん。…ありがとう、ちひろちゃん」


「むかえに行くから、まっててね」

「うん、待ってる」


「楽しみだね」

「たのしみ」


 日を追うごとに、ゆきは元気がなくなっていっているように思えた。

 声からしか分からない様子が歯がゆい。

 もしかしたら怪我をしているのかもしれない、と絆創膏ばんそうこう。包帯の代わりになるかもしれない、と体育のハチマキ。みんなで座ってお菓子を食べるためのブルーシートとチョコレート。ちひろはリュックサックに思いつくものをなんでも詰めた。

 そうして、当日。

 ランドセルを放り投げてリュックサックを背負い、自転車の鍵をつかむ。

 いつものように近くまで行き、自転車を止める。

 今日は中に入る前にパンパンのリュックサックを置いてから、粗大ゴミの日にこっそりともらったコンテナケースやら机やら布団やらを中に運び込まないといけない。

 とりあえずゆきに来たことを伝えようと窓の下に行って声をかけるが、ゆきの声が帰ってこない。いないのだろうか。

 不安になるが、この日を逃すといつになるのか分からないため、とりあえず準備を進める。

 室外機の周りに持ってきた足場の代わりのガラクタたちを、ああでもないこうでもないと組みあげる。小窓に十分足がかかる高さにできたころには、あたりは暗くなり、雨が降り始めた。

 深夜には豪雨になるという予想だったため、それまでには計画を遂行させたい。けれど、肝心の二人が帰ってくる気配がない。

 どうしたものか、と考えていると、ふとあたりに焦げ臭い匂いが漂っていることに気が付く。しかもなんだか建物の中が騒がしい。

 たったいま組んだ足場に上り、小窓を開く。いつもより良く見えるその中は、やはり人が過ごすには簡素すぎる、物置のような場所が広がっていた。

 閉じられた扉の先からは怒号や足音、何かが弾けるような音が聞こえてくる。

 明らかに緊急事態だと分かるその雰囲気に、ちひろは焦る。

 携帯なんて持っていないし、電話ボックスも遠い。

 ここから逃げた方がいい、と警鐘けいしょうを鳴らす自分の勘に、喉を鳴らす。

 それでも、あの先にゆきがいるかもしれない。そう思うと、ちひろの体は勝手に動いていた。

 小窓の隙間に体をねじ込み、雨で重くなった布団をクッションにして中に降りる。

 そして、音をたてないように、そう、と扉に寄り、ドアノブに手をかけ、開く。

 途端に部屋に流れ込んでくる熱気をはらむ煙にげほげほとむせて、もってきた布団を被り、ハンカチを口に当て、身をかがめる。

 煙が染みて涙の滲む目をこすりながら扉の先を見渡すと、どうやら廊下のようだった。

 大方おおかたの人間は正面玄関から出てしまったのか、人の気配は遠い。

 もしかしたらあの二人はもう正面玄関から出ているかもしれない。でも、優しいゆきのことだから、自分をどこかで待っているかもしれない。ちひろはそれが心配だった

 ふらふらとそれぞれの部屋をのぞきながら奥へ進むと、パン!とひときわ大きな音と、子どもの声のようなものが聞こえた。

 そのままパン、パン、と続く何かが弾けるような音は、そう遠くない。

 その方向に足を進め、覗いた部屋は、どうやら火元の部屋のようだった。

 煙がたちこめる部屋の中心に、こちらに背を向ける子どもの姿がうっすら見え、そこから金属を擦るような音が聞こえた。

 異様な様子に気圧けおされるが、崩れるようにしゃがんだ小さい背中にちひろは思わず駆け寄り、声をかける。

「ゆき?」

 その声に気付いて〝彼〟は振り向きざま手にもっていたものをちひろに向けた。

 それは、まだあどけない顔をした、黒い髪の少年だった。

 明らかに少女ではないその容姿に、ちひろは、ゆきから聞いた、ゆきの兄の名前を口に出した。

「…いく?」



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