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優秀な拷問官

作者: 小林芍薬

 

 ある日、ある国の首相が唐突に宣戦布告を行った。


 戦争の火ぶたが切って落とされたのである。


 一年間も絶え間なく続く戦火の混乱に、人々はみな疲弊していた。


 そんな時、男たちは一人の男を捕虜として捕らえた。彼は国家の重要機密を握っていると目されており、国が極秘で用意した拷問部隊によって連日の拷問が行われ、どうにかして秘密を手に入れようと躍起になっていた。


 名目上は廃墟になっている古い屋敷。そこには数々の拷問器具が取り揃えられており、男はそこの長であった。




「あいつは何を考えているんだ。さっさと腹探ってこねえか」


 男は自身の部下である小男に唾を飛ばした。小男は貧しい農民の出で、学も無かったため会話においては文字通り話にならないが、拷問の腕は随一だった。


 人を人とも、女を女とも、子供を子供とも思わぬ冷酷非道で鮮やかな手腕を買われて男の部下になったのだ。小男は男が苛立っている様子もさして気にすることもなく、「でも……」と口ごもる。


「でも、なんだ。言ってみろ」


「腹は散々探りましたぜ。これ以上何もあるとは思えねえ」


「なんでそんなこと分かるんだ」


「そりゃあ、三日三晩寝ずにやったもんですから。捕虜は風呂には入ってねえと来たもんで、体臭が臭えのなんのって」


「おう、そりゃあよく頑張ったなあ」


「はい。それはそれは精が出ました」


「自分で言うんじゃない、そういうことは。人様から認めてもらって初めてそう思って良いんだよ」


「そういうものですか」


「そういうものだよ」


 こいつと話していちゃ埒が明かねえ、と男は会話を切り上げ、上司に伝えるために文字を書き始めた。


『拷問五日目。未だ口を割らず。このままだと衰弱死の可能性あり』


 最近なぜか尻が痛てえ。痔の可能性あり。一人呟いて、小さく笑いを漏らす。


 拷問は専ら手下の小男に任せてずっと座っているせいか、尻だけじゃなくて腰も悲鳴を洩らしていた。情けないったらありゃしないが、それが老いというものだと考え直し、開き直る。



 連日の拷問にも男は口を割る気配を見せなかった。国の重大な機密を握っている男だ。そのくらいの覚悟があってしかるべきだろう。とはいえ、いつまでもこの調子では上から何を言われるか分かったものじゃない。報告用のペンの先を噛み、男は歯がゆい表情を見せて小男を叱責する。


「お前、まだ口を割らせていねえのか。拷問の達人と聞いていたが、これは俺の勘違いだったのか」


「秘密を言わせるのではなく、口を割らせればいいのですね?」


 小男は間抜けな事を男に尋ねる。


「当たり前だ。拷問の専門家と聞いていたが、俺の見込み違いか?」


 小男が不遜な様子で笑った。


「これからあっと驚く手口で口を割らせて御覧に入れましょう。わたくし、上司の命令には違反したことがないのです。貴方が望むことでしたら、なんなりと」


「そうは言っちゃあいるが、お前はまだ目的も何も聞き出せていないではないか」


「それは、貴方がそう仰らないからです」


 小男の物言いに苛立ちを覚える。俺が何も言っていないからだと?


 偉そうなことを言いやがって。


「そんなこと言うなら今からしっかりやってこい‼」


「畏まりました。すぐにでも準備いたします」


 男のいる部屋をゆっくりと退室し、小男は夜の闇に消えていった。数分後、断末魔のような叫び声が建物中に響き渡り、それは半刻と経たないうちにさめざめとした鳴き声に変わっていった。


「お待たせしました。彼奴、わたくしがちょちょいと本気を出したらすぐに泣き喚いて色々なことを喚いておりました。何か重要な事を喋っているような気がしましたが、何せわたくし浅学菲才なものでして。貴方に直接聞いて頂く存じ上げます」


「それは本当か」


 男は通訳士を帯同させ、急いで拷問部屋に向かった。厚い鉄で仕切られた扉には、目線ほどの高さに覗き窓が設置されている。こちらの気配に気づいたのか、扉の向こう側の捕虜は怯えたような声を上げた。


 事を急いでいる男は、覗き窓すら開けずに捕虜に話しかける。


「どうだ、もうこんなに辛い拷問は懲り懲りであろう。ここは一つ、秘密を話してくれれば悪いようにはしない」


 数秒後の沈黙の後に、うめき声にも似た科白が男の耳に聞こえた。自分に分かるように言えと翻訳士に目線のみで促す。驚いた表情を浮かべたが、捕虜の言葉が切れると同時に淀みなく言葉が流れた。


「あちらの国には、大量破壊兵器の準備がされているとの事です。日時は――、場所は――」


 しめた。



 表情にこそ出さなかったものの、男は胸の内で快哉を叫んだ。


 これは我が国にとって非常に大事な情報であった。今から上に伝えればこれ以上の被害は免れるだろう。もう上からせっつかれる事もない。小躍りしたい感情をどうにか隠しつつ、威厳を保ったゆっくりとした歩調でその場を後にした。

 


 その晩、普段男が寝食をしている客間に小男を呼びつけ、労いの言葉をかけていた。


「今回はでかしたな。俺に賞与があった場合、お前にも少し恵んでやるとしよう」


「左様にございますか。身に余る光栄です」


「今までの経緯についても、何か考えがあってのことだっただろうに、先ほどはお前に悪いことをした。あの程度でお前に叱責を飛ばしてしまうとは、俺も尻の穴が小さい男だ」


「そんなことは断じてありません。貴方は非常に包容力のある方ですよ」


 思ってもみなかった小男の言葉に、男はさらに気を良くして大きく笑った。


「そうか、そうか。お前から見ればそんなに懐が大きく見えるか、この俺が」


「はい。これまで関わってきた方々の中でも一、二を争う懐の大きさです。包み込めないものはないのではないかと思ってしまう程、包容力がございます」


「ははは。もう世辞は良い」


 手にしていたスコッチウイスキーの酔いが回ってきたこともあり、男は更に機嫌がよくなっていた。笑っている顔が紅潮し、目はアルコールに溶けたように虚ろになっている。


「それではこの辺でお暇いたします。またご用命の際にはいつでも申しつけください」


「ああ。お前には期待している」


 小男が部屋から立ち去るのを確認すると、男は机の上に両足を乗せて鼾をかいた。


 窓の外では大粒の雨がガラスの戸を叩いていた。




 翌日はバケツをひっくり返したような雨に見舞われた。


 気圧のせいもあり、昨日の酔いは酷い頭痛へと姿を変えていた。執務室に向かう途中で役人を睨むその形相はまるで鬼のようで、役人はひっと悲鳴を洩らしながら道を開けて恭しく頭を下げた。ここに来てから痔が酷くなったことも彼の調子の悪さに拍車をかけている。昨日もあんな寝方をしたから酷く痛む。


 そうして不機嫌なまま仕事を続けていると、執務室の扉を誰かが開いた。


「入れ」


 卑屈なほどに腰を下げて部屋に入ってきたのは小男だった。胡麻をするように入ってきた小男は、挨拶もそこそこに本題へと入る。 


「捕虜の処遇はいかがいたしましょう」


「そんな事でいちいち聞きに来るな」


「それでは、解放しても?」


「昨日そのような約束をしたからな。返したところで自国に処刑されるのが関の山だろう。お前が煮るなり焼くなり好きにしろ」


「畏まりました」


 丁寧に頭を下げて、小男は執務室を後にした。



 

 独房が燃えていると報告があったのはそれから半日が過ぎ、頭痛も改善してようやく本日の実務が全て終わると安堵した時だった。


 現状、独房に入れられているのは件の重要人物しかいない。治った頭痛の代わりに胸騒ぎを覚え、独房がある地下室まで走った。


 独房の扉は開けられていた。中には轟々燃え盛る炎と、小男の姿があった。


 小男は男の姿を見ると、嬉しそうにこちらに駆け寄ってきた。手には黒く焦げた謎の塊を携えていて、酷く不気味に感じられた。


「お前、ここで何をしている⁉」


 火の勢いが強まり、男はたまらずに腕で顔を覆った。木材や柱というより、もっと違うものが焼けている匂いがした。そう、例えば人間のような――。


 切羽詰まった様子の男とは対照的に、にこやかに笑う小男。


「何って、わたくしは焼いていただけでございます」


「焼くって、何を」


「そりゃあ、彼を」


 小男はそう言って、出火が激しい方、しかし炎よりも下、床の辺りを指差した。


 そこには、顎が砕かれて凄惨な状態になっている捕虜の頭部のみが転がっていた。生え揃っていた歯が砕かれ、頬まで大きく割かれている。口角が上がり、笑っているようにも見えた。


「お前、なぜこんなことをした‼」


 小男は激しい詰問もどこ吹く風で飄々と答える。


「わたくし、煮物はあまり好きではないのです。ですから、焼いて食べようかなと」


 小男の言っている事が分からず、唖然とする。火の手はもうそこまで迫っており、看守は男の横をすり抜けて逃げ出していった。


「お前は、何をしているのだ‼」


 堪らず、同じ質問を小男にぶつけた。それに少し機嫌を損ねたのか、小男は不細工に唇を尖らせた。


「何って、貴方が言ったんじゃありませんか。『煮るなり焼くなり好きにしろ』って」


「お前は、白痴か。慣用句もわからんのか」


「わたくし、慣用句などのの表現に触れたことがございません故、恥ずかしながら本当に存じ上げていないのです」


 恥ずかしそうにそういう小男。男は何かに気付いて、捕虜の頭部に再び目を移した。


 何回見ても惨い死体だ。口が真一文字に引き裂かれている。


 その顔は、文字通り『口が割られて』いた。小男の言っている意味を理解し、男の全身が粟立った。


 そうだとするならば、秘密の吐露はただの副産物に過ぎなかったというわけか。


「私が慣用句など知らずに生きてきたことは、貴方もよくご存じなはずです。腹を探れという時には腹を探りました。口を割らせろという時は言葉の意味が分からず実際に口を割りました。ですから、今回は煮るなり焼くなり好きにしようと思った次第です」


 とんでもない大馬鹿者を部下に抱えてしまったと思った。


 しかしそれと同時に、何かものを言えば忠実に実行してくれる小男の忠誠心には恐れ入る気持ちもあった。今回のことを不問にし、扱いどころを間違えなければ有能な部下になるだろう。



 男が思案していると、小男は続けて言った。




「それと、貴方さまが寛大なお方というのは身をもって存じ上げております。決して尻の穴の小さな男ではありません。なんせ、実際に試しましたから」


 走ってきたからか、尻が酷く痛む。

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