本音と本音
なぜ、私の正体を見抜いたの?
なぜ、私の髪と瞳は王族の証の色になったの?
……なぜ、この人はこんなにも愛おしそうに私を見つめているの?
その眼差しで、少なくともノア様は私に危害を加える気がないことは分かる。
それが、せめてもの救い。
おずおずとノア様の隣へと戻ると、ノア様が自分の隣のソファの座面を優しくトントンと叩く。
素直に、その場所へ座った。
けれど、次から次へと湧き出る疑問を何から聞けばいいのか分からない。
この人に、聞いていいのか。聞くべきなのかも分からない。
意を決して「ノア様」と呼びかけると、「なに?」と甘やかに返される。
「伺いたいことが、あります。でもその前に、『ローズ』の姿に戻ってもよろしいでしょうか……?」
この、まるで王族であるかのような金髪碧眼の状態を店の誰かに見られたら一大事のため、一刻も早くあるべき姿に戻りたかった。
「何色の君も素敵だから、君の好きな姿で構わないよ」
許しが出たので「ありがとうございます、では」と言うなり指先に魔力を込めて、描き慣れた魔法陣を宙に描く。
そして手のひらを魔法陣に押し当てながら、なりたい自分を強く想像する。
白い光が私を包み、そして光が収まり鏡を見ると、期待通りの色に戻っていた。
この姿に、落ち着きを覚えたことに驚く。
変装した状態のローズ色の自分を見て、落ち着くだなんて。
「それで……伺いたいことがたくさんあって、でも何から伺えばいいのか……」
言葉に詰まってノア様の顔を見れば、そこには悪戯っぽい表情が浮かんでいた。
「質問は一日に一つ、だよね?」
「え?」
どうして?
聞きたいことはたくさんあるのに。
「ローズが決めたんだよ? 僕たちが出会う度に一つずつ教える、って」
「そ、それは……」
妻にならないかと誘うノア様への返事を保留にするための口実として、確かに私が言った。
同じことをやり返されてしまい、黙るしかない。
「じゃあ、今日は何を教えようか?」
にこにこと聞かれ、最適解を導くために集中する。
まず、ノア様は少なくとも私の変装を解く前から『私も知らない私の正体』を知っていたと見るべきだ。
迷わず『本当の色に戻す』魔法を使い、紫色でない私を『レティシア』と呼んだのだ。
とすると、貴族の令嬢として学園に通う私がこんな場所で踊っているのは、ここでしか得られない何かを得るためか誰かを探すためだと思われたはず。
……実家のストラヌフ家が代々諜報を担ってきたことはロシュフォール王国の王家にしか知られていないはずだが、この人はそれすらも知っているのかもしれない。
その上で私を独占しようとしたということは、何か探られては困ることがあるのだろう。
……何から、私を引き離した?
考えろ、考えろ。
テオドール殿下によく似た聖ルレアックの王族。
テオドール殿下に指示されて動くテレーズ。
そして、テレーズのスパイ活動の舞台となる店……。
それらから導き出される、ある仮説に気付いて思わず息を呑む。
ノア様は、テレーズが裏切ったりすることのないよう監視していたのでは?
そして、私がテレーズを探っているということに気付いた?
それなら、出会った当日にプロポーズされた上、一年分買われたことにも納得がいく。
プロポーズの意味は『聖ルレアック側につけ』ということ。
一年分買われた意味は『これ以上テレーズを探るな』ということ……。
脳をフル回転させ黙り込んでいる私を、変わらず優しい眼差しで見つめているノア様。
じゃあ、この人のこの甘さのワケは?
私に向けられた表情も声色も全部、聖ルレアックとテレーズを守るためだったの?
まだ、全て仮定に過ぎないのに、その考えは私の胸をキリリと締め付けた。
聞かなきゃいけないことはたくさんある。
他に聞くべきことがある。
それなのに、どうしても聞きたい。
聞かずにいられない。
「……ノア様が私に下さった言葉は、ノア様の目的を果たすために仕方なくおっしゃった言葉だったのでしょうか?」
するとノア様は驚いた顔をした。
「なぜそんな風に思ったのか分からないけれど、むしろその逆だよ?」
「……逆?」
「そう。確かに僕には果たすべき任務がある。けれど、任務を忠実に遂行するならば、君を消す必要があった」
「……」
「でも僕は、どうしようもなく君に惹かれ始めていた。己の役目を果たそうと学園で日々頑張る君も、凛とした紫色の君も、舞台の上で妖艶に踊る薔薇色の君も、すぐそばで小さく震えながら駆け引きをしてくる君も、全部が本当に魅力的だ。……だから、どうしたら君を守れるかと必死だったんだ」
一息で言われたその賛辞が、伝わってくる熱量が、ノア様の本心であるということを自ずと証明しているような気がした。
鼓動が速くなる。
顔が、熱くなる。
……学園で、テレーズを妨害するところも見られていたんだ。
でも、それもそうか。ノア様がテレーズを監視していたならば、テレーズに纏わりついてあれこれする私の姿も目にしていたはずだ。
つまりノア様は、『悪役令嬢』の私をずっと見ていたんだろう。
前世の記憶が戻る前の、シナリオ通りの私。数々の恥ずかしい言動。
……恥ずかしい?
でも私、頑張ってたよね?
仕事をしっかりやり遂げたくて、家族に認めさせたくて、他のことには目もくれずに必死で。
それなのに、仕事を頑張っても報われない未来が、ありありと脳内に描かれてしまった。
それは即ち、家族に認められることなく消される未来でもあって。
……もしかしたら、恥ずかしかったんじゃなくて、悔しかったのかもしれない。
改めて、目の前のワインレッドの二つの瞳を覗き込むと、そこにはただ甘さだけが浮かんでいる。
前世の記憶が戻る前の私も、戻った後の私も、丸ごと肯定してくれるこの人に惹かれない方が難しかった。
甘い瞳に誘われるように私の心の奥から出てきた言葉は、駆け引きじゃない、正直な言葉だった。
「私、まだノア様のことをよく知りません。
もっと知りたいんです、ノア様のこと。一日一つじゃ足りないんです。もっともっと、教えてください」
するとノア様が片手で自分の両目を覆って、小さくため息をついた。
「……ダメ、ですか?」
すると目を隠していた手がパッと外され、先ほどよりも濃さが増した瞳に捉えられる。
「ダメなわけ無い! そうじゃなくて、ただでさえ君にはいろんな顔があって、そんな子は初めてで気になって仕方ないのに、そうやってまた僕の知らない顔を見せるから……なんだか悔しくて」
そう言うノア様の耳が、ほんのりと赤くなっていることに気付いてしまった。
つられて赤くなる私を見て、ノア様は「ふっ」と笑い「頬まで薔薇色だ」と愛おしそうに見つめてくるものだから、私はどこまでも赤く染まり続けるしかなかった。
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