独り占め……?
踊り子の私に本名を教えてくれた意味。
妻にならないかと誘った意味。
そして、ローズ『にも』教えると言った意味。
考えても分からないことだらけ。
そういう時は考えないのが最善手。
「ノア様の真の名を教えてくださるなんて、身に余る光栄ですわ。この胸に、しっかりと刻みました」
そう言って、片手で自分の鎖骨の下をそっと押さえて見せる。
するとノア様はますます笑みを深めた。
「美しい君に僕の名を刻んでもらえて、嬉しいよ」
その声色も眼差しも、蕩けるような甘さを含む。
この人の隣にいるだけで体が溶け出すんじゃないかと心配になる。
するとそこへガルシア様がやって来て、ノア様に私を借りていいかと聞いた。
ノア様が「ローズの踊りが見られるなら何も文句無いよ」と快諾したので、私は「ノア様を思って踊って参ります」と挨拶をしガルシア様に付いて舞台へと向かう。
途中でテレーズも舞台へと向かうのが見えた。
舞台の上でもやたらと私を睨みつけてくる青緑色の瞳を無視して、自分の体と音楽に意識を集中する。
隣の青い踊り子のことなど気にせずきっちりと踊り終え、舞台を降りる際、ノア様がガルシア様と奥の個室へと消えていくのが見えた。
そして私はテレーズと二人でレオン殿下の卓につかされた。
テレーズを探る絶好のチャンスだ。
もちろん、そんなに簡単にボロを出すことはないだろうとは思う。ここにいるということは、テレーズだってスパイとしての訓練を受けているのだろうから。
けれど、この店でのテレーズを見る限り、感情的で顔に出やすいタイプだ。特に敵対心がダダ漏れている。
私たち三人はレオン殿下を挟む形でソファに座っているのだが、レオン殿下が私ばかり見て私ばかりに話しかけてくるせいで、テレーズの苛立ちが物凄い。
「お前、名は何という?」
レオン殿下が勝手に私の片膝に手を置いて、そう聞いてきた。気持ち悪くて一つ身震いをした。
「ローズと申しますわ。本日よりこちらで踊らせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」
膝に置かれた手を自分の両手でそっと包み、レオン殿下の瞳を見つめながら愛想笑いを浮かべてやる。そしてそのまま、その手をレオン殿下の膝に戻してやった。
するとレオン殿下は、今度は私の腰に手を回してきた。先ほどより強い身震いが起こった。
レオン殿下って、こんな風に手を出してくるタイプだったっけ!?
ゲームの中だと、硬派で偉そうな『正統派王子!』ってタイプだったはずだけど。
……テーブルの下も背中の後ろも画面外。
プレイヤーには見えないところではこんなだったってわけ??
やれやれ、ノア様を見習ってほしいわ。
あの方は、指一本たりとも私に触れてこなかった。なんて紳士的なんだろう。
それに比べて目の前の金髪王子は「俺のことを知っているか?」とか「気に入りにしてやらないこともない」とか、どうでもいいことを偉そうに上から目線で言ってくる。
私が愛想笑いを浮かべながら「ふふ」とか「まぁ」とか言って適当に相手をしていると、ガルシア様がやってきた。
ガルシア様がレオン殿下に何やら耳打ちをし「申し訳ございません」と言うと、レオン殿下があからさまに不機嫌になり「ふん、さっさと連れて行け」と吐き捨てた。
ガルシア様は私に席を立つように合図したので、「失礼いたします」と言って席を立ちガルシア様について行く。
店の奥の個室に向かう道中でガルシア様がこちらを見もせずに言った。
「……ローズ、期待以上だ」
ん? どういう意味?
ていうか、これから何をするの?
早足で歩くガルシア様について行くのに必死で質問出来ないまま、個室に辿り着く。
中にいたのは黒髪の麗しい人。
つまり、ノア様に呼ばれたってこと?
お辞儀をしたものの状況が飲み込めずどうすればいいのか分からない私に、ノア様が女神のように微笑んでサラリと言った。
「今日から一年間、君の踊りを僕が独り占めさせてもらうね」
え!? どういうこと!?
ワケが分からず後ろのガルシア様に目線だけで説明を求めると、私の耳元で「お前の一年を買ってくださったということだ」と言った。
ええ!? 何がどうなってるの〜〜!?!?
*
前世でケイノクをプレイしたのは、心身ともにダウンしていた時。
仕事のことを考えてしまうのを止めたくて、とにかく頭を空っぽにしたくて、たまたま当時発売されたばかりのケイノクを始めた。
それまで乙女ゲーをやったことはなかったけど、難しいことを考えずに出来そうだと思ったのと、全体的にダーク寄りな世界観と主人公がスパイっていうのがいいなと思った記憶がある。
そして五人の攻略対象全員との結婚エンドまでは一通りプレイした。
攻略対象は、王太子であるレオン殿下の他は宰相の子息、辺境伯家の子息、騎士団長の子息、そして公爵家の子息の四人がいたのだが、その中で特に推しのキャラは出来なかった。
見た目は金髪碧眼なレオン殿下が一番好みだなと思うものの、偉そうなレオン殿下の性格が苦手で推せず。かといって他の四人はみんな魅力的だとは思うものの、誰かを全力で推せるかというとそういうわけでもなく……。
ちなみにノアベルト様が似ているテオドール殿下というのは攻略対象ではなく、ヒロインに指示する側。つまり上司ポジションである。
隣国の聖ルレアック王国の王太子であるテオドール殿下は、オープニングムービーに出た後はゲーム本編ではその姿はほとんど見せることがない。
が、ヒロインがスパイ活動の報告のために拠点から通信を行うと、テオドール殿下や隣国の宰相が応答するため声はよく聞くことになる。イヤホン必須のイケボなのだ。
テオドール殿下はレオン殿下と同じく金髪碧眼なのだが、キツそうな顔と口調のレオン殿下と異なりテオドール殿下は顔も口調も甘め。
テオドール殿下が攻略対象だったら良かったのにと何度も思った。
……そのテオドール殿下とノアベルト様が似ているということは、ノアベルト様は隣国の聖ルレアック王国の王族が貴族の可能性が高いと考えられる。
けれど、ロシュフォール王国および聖ルレアック王国の王族は皆、金髪碧眼であるという特徴を持つ。
その点、ノアベルト様は黒髪にワイン色の瞳だから王族ではないはずだ。
となると……。
ラクロ潜入の翌日、授業の合間の休憩時間にぼーっと考えごとをしていた私の耳に、驚くべき内容が飛び込んできた。
「例の、この学園で一番いい男は誰か決まったの〜?」
「まだリサーチ中だけど、今のところはアルフォンス様かノアベルト様だと思うわ……どちらも二年生よ」
「へ〜、どんな人?」
「アルフォンス様はドSでシスコンって噂があるのは気になるけど、ロロット辺境伯家の長男で銀髪に金色の瞳の超イケメン。ノアベルト様はたぶん聖ルレアックの『黒の王族』と呼ばれる家の次男。超美形な上に誰にでも優しいらしいわ」
黒の、王族??
何それ!? 初耳!!
興味深すぎる会話をもっとしっかり聞きたくて、思い切って声の主の元へと近づく。
教室の隅の席に座って会話をしている二人をよく見ると、一人はセクシー美女、もう一人はオシャレな美少女である。
……これはもう、勇気を出して言うしかない。
「わ、私と友達になってくださらない??」
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