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よし、辞めよう!

昨日見た夢を思い出すように。

幼い頃の思い出の引き出しが開けられるように。


突如私の脳内で再生された、別世界で別人として過ごした記憶。

そして、私の中にある二人分の記憶を混ぜて並べて比べた結果分かったこと。


私、悪役令嬢役でした!!!


いやもう、すんごい恥ずかしい。

顔から火が出そう。

さっき私なんて言った?


『レオン殿下はお優しいからあなたみたいな男爵家の令嬢も一人のクラスメイトとして接して下さっているだけよ。次期国王となるレオン殿下の隣に立つのに相応しいのはあなたじゃない。身の程を弁えなさい!』


テンプレ! どテンプレ!!

もう穴があったら入るんで誰か埋めてください。


とりあえずこれは異世界転生なんだと理解してるけど、こんな恥ずかしい苦行だなんて知らなかった。

これまで自分で良しと思ってやってきたことを、全く別な自分が評価して、それが全然良くなかったと気付く。そしてそれは全て自分がやったという事実に辱められる。


例えば、効果があると思って人に勧め続けた健康法がデマだったとか、好んで使っていた挨拶の言葉がかなり古い死語だったとか、そういう類の恥ずかしさ。


この世界での私は諜報貴族のストラヌフ家三女のレティシアで、あくまでも仕事として聖女テレーズとレオン殿下が結婚しないように妨害していた……つもりだった。


それなのに、私がやっていたのはゲームのシナリオの筋書きを辿る行為。

決められたシナリオ通りに動いて喋って邪魔をして。それを自分の意思で、仕事としてやっているつもりになって。


恥ずかしーー!!


私が恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして肩を震わせているのを、聖女テレーズとレオン王太子殿下は怒りに震えていると勘違いしたらしい。


なんかごちゃごちゃ言ってるけどちょっと黙ってて! 今頭の中整理してるから!!


目の前の二人は聖女と王太子であり、乙女ゲー『傾国のノクターン』略してケイノクのヒロインと攻略対象でもある。


私は家の仕事でこの二人の邪魔をしていたけど、実は私は悪役令嬢役で筋書き通りに動いていただけだった模様。


この仕事、失敗したら『親子の縁を切って家から追い出すぞ』と言われている。

これは諜報の世界においては言葉通りの意味じゃない。簡単に言えば『消すぞ』という意味だ。


……酷すぎない? 私が家族の中で一番仕事こなしてるよね?

そもそも私、なんで好きでもないのにこんな仕事をずっと頑張って来たの?

頑張っても頑張っても親からは認めてもらえず、姉の良いようにこき使われてまで。

真面目すぎじゃない?


前世ではバカみたいな仕事量を押し付けられて、それを真面目にやり切ろうとして心身共にダウンした。

今世ではバカみたいな仕事を押し付けられて、それを真面目にやり切ろうとしている途中でバカさに気付けた。


自分の命と健康が何より大事。

それにこの世界の私はまだ十六歳。


お金なんてどうとでも稼げる。

自分の家も居場所も、自分で見つけられる。


こうして私が黙っている間もシナリオは着々と進行するらしく、テレーズがシナリオ通りに綺麗に左右の瞳から一粒ずつ涙を流している。随分と器用ですね。


「お前はどれだけテレーズを泣かせれば気がすむんだ? それに、俺の隣に立つ人間が誰かはお前が口出しすることではない」


レオン殿下の言動も全部ゲームと同じだわ。

同じすぎて怖い。


ゲームだとこの後レティシアが喋るはず。

……確か『私だって、レオン殿下のことをお慕いしているのです! それなのになぜいつもその女を庇うのですか!? その女は聖女といえど所詮は男爵令嬢なのですよ!?』とかだったかな?


ものすごく恥ずかしいな。絶対そんな台詞言えない。

そもそも私、レオン殿下を慕ってなんかいないし。


それにケイノクの中のレティシアはあくまでヒロインと攻略対象の恋の『スパイス』であって、二人を盛り上げるための素材でしかない。

だから、私がどう邪魔したって二人はくっつく時はくっつくし、ダメな時はダメなのだ。

……ゲーム通りなら。


よし、辞めよう!

シナリオ通りになんて絶対動かない。


私がいつまでも返事をしないせいで、今度は私の台詞をスキップしてレオン殿下が話し始め、「とにかく、お前に口を出す権利などない。テレーズに謝れ」と言った。


シナリオをぶった切ってやろう。

一つ息を吐いて、レオン殿下と目を合わせる。


「今までの私はどうかしていたようです。殿下の仰る通り、私が口を出すことではありません。もう二度とテレーズを泣かせることはありませんが、謝るつもりもありません。では失礼します」


そう言って踵を返した私の背中には、レオン殿下とテレーズの「おい待て!」やら「何よそれ!」やらが投げかけられたが気にせず前に進む。


とりあえず、この二人が結婚するまでは猶予期間と考えていいはずだ。せっかくの学園生活なんだから、少しくらい青春を楽しみつつ、国外逃亡の準備をしよう。


……ちなみに、聖女テレーズだけど。

ゲーム通りならその女は聖女のフリをしているだけで、本当は隣国からやってきたスパイなんだよね。


もう、私には関係ないけど。


  *


諜報貴族の三女として生まれた私。


物心ついた時から貴族としての作法や知識は

もちろん、それに加えて仕事上必要となる諜報術、武術、変装術に演舞などの様々な技術を詰め込まれて育った。


そして私が十二歳の頃から姉二人と私の三人一組で仕事をするようになったのだが、なぜかいつも私が遠方に派遣され難しい仕事ばかり。

どうやら姉が両親から届く指令を自分たちの都合のいいように書き換えて私に伝え、私の仕事の成果は捻じ曲げて両親へ報告していたらしく、その陰湿な事実に気付いた時には親から無能扱いされてしまっていた。


私の弁明も碌に聞いてもらえず、『親子の縁を切って家から追い出す』前の最後のチャンスとして、学園へ潜入し他国のスパイの疑いがある聖女と王太子の結婚を阻止せよとの指示を受けた。

その時私は十五歳。ちょうど学園への入学に適した年齢だったのだ。


……なーにが最後のチャンスだか。姉妹の中で一番仕事が出来る私を追い出してもこれまで通り仕事が回るとか思っちゃってる親も姉もみんなアホ。


私がいなくなったらほんとに仕事が回らないはずなのだ。それを喜ばしいとも悲しいとも感じないけれど、仕事が回らなくなって家族が困ればいいとは思う。


『傾国のノクターン』というゲームは乙女ゲーには珍しくヒロインがスパイで、隣国の特殊な宝玉の力を使って聖女に成りすまし、この国とこの学園に潜り込む。


昼は聖女として学園で。夜は踊り子として酒場で五人の攻略対象に近付いて情報を引き出し、隣国へと報告する。

すると情報の重要度や機密度に応じて報酬が振り込まれ、スパイとしてのレベルが上がっていくという仕組みだ。


その過程で攻略対象との親密度が上がっていき、最終的に五人の中の誰かと結婚エンドを迎えればタイトル通り国が傾く。


結婚エンド以外にはスパイであることがバレた場合の処刑エンド、スパイとしての道を極める達人エンド、あとは隣国を裏切る寝返りエンドとかもあったはずだ。

結婚エンドと処刑エンド以外はあまりよく知らない。


もしゲーム通りなら、殿下とヒロインの二人の親密度が80%を超えると婚約、90%まで上がったら結婚となる。

今の二人の親密度はどれくらいかな……。

たぶん、さっきの感じだと30%とかそれくらいかな?


まあ、まだ時間は十分あるはず。

80%を超えると一気に親密度が上がりにくくなるしね。


国外逃亡って一言で言っても、実際かなりハードルが高い。正確に言えば出るだけなら簡単だけど、それを家族にバレないように気取られず、出た痕跡を残さないのが相当難しい。


じゃあ『国内潜伏』でもいいかというと、それはかなり厳しいのだ。


家族と繋がっている人間や、家族が国内のあちこちに潜ませている協力者を避け続けねばならない。しかも父親は私を見ただけで変装を見抜くから、変装していても即バレる。


だから将来的に安心して暮らしたいのなら、国外逃亡一択になる。


国外逃亡が難しいその理由は、ひとえに身分証の存在に起因する。


この世界の身分証とは要はパスポートであり、出入国の際にはこの身分証の提示が必須で、出入国の記録は永久に残る。


身分証の偽造は魔法を使えば一瞬で出来るけど、出入国時は自分も持ち物も全て特殊な『魔法効果除去』の魔法をかけられるので偽造がバレる。


つまり、私の本当の身分証を使えば記録が残って家族にバレるし、魔法で偽造した身分証を使えば国境を越えるどころか提示した時点で身分証偽造の罪が確定、牢屋行きとなる。


残る手段は魔法以外の方法で身分証を偽造するか、誰かの身分証を手に入れるか、裏ルートを見つけるかだけど……。


魔法以外の方法で身分証を偽造する協力者はいるにはいる。でも、家族と繋がっている人間を頼れば絶対に足が付く。

誰かの身分証は、盗んだりすれば再発行手続きがなされて出入国履歴と照合されて盗品だとバレるし、死んだ人の身分証は無効。


となると、死んだけど生きていることになっている人の身分証か、合意のもとで身分証を一生貸してくれる人を見つけるしかない。

それか、そんなものあるのか怪しい裏ルートを見つけるか。


……でも、聖女テレーズがゲーム通り隣国のスパイなら、どうやってこの国に潜りんだの?


それはゲーム内では描かれていない部分。


誰も彼女の出入国記録、見てないの?

それとも、見たけど見てないフリ?

もしくは、本当に裏ルートが存在する……?


国外逃亡の鍵はテレーズにある。

そう確信した私は、早速彼女を探るべくある場所を目指した。


お読みいただきありがとうございます!!

楽しんでいただけたら嬉しいです!!

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