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最速の世界 5

●「前回のあらすじ」

 シェッフェルの本社「壬吹株式会社」は、深刻な経営危機に陥っていた。

 執行役員を務める夢兎の父・英二は、経営再建のためには、シェッフェルのVelo撤退が必要不可欠であると考えている。

 そのため、英二は夢兎がデビューレースで失敗するようにプレッシャーをかけに来たのだが……。夢兎はその意図を知りながら、英二の挑発に心を乱してしまうのであった。


 チームのファクトリーに到着した翌日。

 夢兎は、Veloデビューレース前、唯一の実走テストを行うためにシルバーストーンサーキットへと向かった。

 

 第二次世界大戦中。爆撃機の飛行場として使用されていた土地を改修して敷設しせつされたシルバーストーンは、英国特有の不安定な天候も相まって、幾多の名勝負が繰り広げられてきた伝統あるサーキットだ。


 しかし、世界有数のサーキットであるとはいえ、楽しんでいられる状況ではない。

 シルバーストーンのピットガレージで最終確認を行った夢兎は、インストレーションラップ――マシンの各種設定、動作確認を行うチェック走行――を済ませると、早速テストプログラムへと入った。


『……pp、インストレーションは問題なし。コックピット環境で気になる点はあるか?』

「いいえ、大丈夫です。シートもペダルもステアリングも、馴染んだグローブをはめているように快適です」

『OK。では、予定どおりチェックシートを埋めていこう。まずは5Lap(ラップ)を3セット。シミュレーターのVelo(ベロー) Voiture(ヴォワチュール)と、現実(リアル)Velo(ベロー) Voiture(ヴォワチュール)の違いをしっかりと掴んで来い』

「はい」


 無線を介して担当エンジニアと打ち合わせを済ますと、夢兎はステアリング裏にあるクラッチをエンゲージ。

 白銀のマシンを発進ピットアウトさせた。


 夢兎が駆るマシン――『|RS4/27《アールエスフォートゥエンティ―セブン》』がピットロードを加速し、そのままコースへと入っていく。

 ここからが、いよいよ本番だ。

 夢兎は450キロオーバーの世界に感覚を合わせると、心の中でプロアスリートだけが持つ「スイッチ」を入れた。


 頭の中から余計なものが削ぎ落とされる感覚が来ると、瞳が細かく律動し、迫り来るターン――コース上のカーブした部分――に次々と焦点が合っていく。


(うん、いい感じだ。これなら、予定どおりに攻めていける)


 無線では「慎重に行け」と言われたが、夢兎は「問題さえなければ、最初から攻めていく」と決めていた。

 表彰台に乗るためには、多少のリスクを負ってでも早くマシンの感覚を掴む必要がある。良質な走行データが収集できれば、セットアップでも攻めていける。

 石橋を叩くような走りをしているヒマはない。そう考えた夢兎は、タイヤの熱入れ(ウォーミングアップ)が終わると、予定どおりペースを上げ始めた。


 夢兎のシェッフェル・エッフェルが、地球を蹴りつけるように加速し、次々と現れるターンを射抜いていく。

 ペース良し。コースにも慣れてきた夢兎は、さらに攻めの姿勢を高めてもいいだろうと判断。コースをワイドに使い、マシンを更にペースアップさせた。


 だが、しかし。

 Velo(ベロー) Voiture(ヴォワチュール)は、「水素燃料エンジン、ホイール・イン・モーター等」を主軸にした総合エネルギー供給システム――(パワー)(ユニット)によって優に450キロオーバーのスピードを記録し、ターンでは、最新のエアロダイナミクスによってクルマというよりも戦闘機に近いようなコーナリングスピードを発揮することができる、地上最速のマシン。

 自動車メーカーの最先端技術の粋を結集して製作デザインされた、モンスターだ。


 当然、ルーキードライバーが簡単に操れるほど甘いものではない。


「――――ッッ!! しまっ……!!」


 挙動を乱したRS4/27が、フロアを打って火花を上げた。

 自分のミスに気づいた夢兎は、瞬時に反応。ステアリングで修正を打ち、なんとかマシンをコースに留めることに成功。


 しかし、コンマ1秒を争うモータースポーツにおいて、このミスは当然許されるものではない。

 コックピットのキャノピー内側に表示プライズされているコミュニケーターが赤く染まり、マシンのあるじが律動的な声で警告を発してきた。


Breaking(ブレーキング) miss(ミス)。夢兎、pace(ペース)ヲ落トセ」

「うっ……」

「私ハ、machine(マシン)body(ボディー)cowl(カウル)ニ施サレタmoving(ムービング) Scale(スケール)デ車体周辺ノ気流ヲ制御シ、driver(ドライバー)assist(アシスト)ヲ行ウ。シカシ、一貫性ノナイ不安定ナdriving(ドライビング)デハ、ソレヲ効果的ニ活用スルコトハデキナイ。付ケ加エテ言エバ、私ノmother(マザー) unit(ユニット)ヤ探知機器ヲ搭載シテイル分、コノmachine(マシン)weight(ウェイト)ガ厳シイ。ソノヨウナmachine(マシン)miss(ミス)ヲ続ケレバtire(タイヤ)ガドウナルカ、君モ理解シテイルハズダ。miss(ミス)ノナイ慎重ナ周回ラップヲ求メル」

「ッ……」


 シェステナーゼにたしなめられると、夢兎は考え込むように眉根を寄せた。

 

 シェステナーゼの言うとおり、このRS4/27の特性を考えると、ルーキーの自分がはじめからプッシュしていくのは無理がある。


moving(ムービング) Scale(スケール)』。

 この、「マシンのボディ全体に生物の鱗のような細かい凹凸を設け、それを速度変化に合わせて『可変』させ、ボディ表面から空気が剥離して発生する小さな渦を抑制し空気抵抗を軽減する生物バイオ模写ミミクリー技術」は、近代Veloのトレンドであり、どのチームも採用しているアイテムだ。

 シェステナーゼは、このmoving(ムービング) Scale(スケール)を他チームよりも緻密に操り、尚且つサスペンション――マシンのボディとタイヤの間を繋ぐアーム郡。路面からの衝撃や振動を吸収して、車体を安定させる装置――と有機的に連動させて活用することで、路面への追従ついじゅう性を向上させる能力を備えている。

 これは、他チームが持っていないシェッフェルの重要なストロング・ポイントの一つだ。


 説明するだけでも複雑なシステムであり、この機能を理解してマシンのポテンシャルを引き出すことは当然簡単なことではない。

 しかし、シェステナーゼの能力を使いこなせなければ、表彰台に登壇することは絶対にできない……。

 だからこそ、多少無茶をしてでも、自分はこのマシンを早くものにしなければならないのだ。


(厳しいけれど、やるしかない! 〝あのおとこ〟の鼻を開かすには……来期のシェッフェル・エッフェルのシートを手にするためには……、勝負するしかないんだ!)


 夢兎は深くゆっくりと息をつくと、胸の内にある決意を握り締め直した。

 そうして、シェステナーゼのコミュニケーターを見据えた夢兎は、心の丈を打ち明けるような真剣な声音で言った。


「自分が無茶をしているのは、わかってる。あなたやチームの言うとおり、本当なら慎重にテストを進めるべきだと思う。……でも、私はデビュー戦で絶対に表彰台に登りたい! そして、来期のシェッフェルのシートを勝ち取って、窮地にあるシェッフェルの力になりたい! だから……!」

「君ノ事情ハ理解シテイル。シカシ、イクラナンデモ急ギ過ギダ。君ノapproach(アプローチ)ニハ賛成デキナイ」

「このチャンスを逃したら、次のチャンスがいつ来るかわからないの! 私は、私のキャリアをサポートしてくれた人たちやシェッフェルの人たちに恩返しがしたい! だからお願い、シェステナーゼ。私に力を貸して……!」


 懇願するような口調でそう言った夢兎は、自分の思いを訴えるような瞳でシェステナーゼのコミュニケーターを見つめた。

 スクリーンには困惑を示すような渦が表示されている。シェステナーゼの返答はない。


 そのまま半周、シェステナーゼは沈黙し続けた。

 もしかしたら、すでにチーム対して「夢兎は暴走している。テストを中止した方がいい」と報告しているのかもしれない。

 そう疑い始めた、その時。


「……シャフイザニ渇ヲ入レルタメニ必要ナ人物……。ナルホド、team(チーム)代表ガ言ッテイタノハコウイウ意味カ」

「え?」


 意外な言葉に視線を持ち上げた夢兎に対して、人間のように「ゴホン!」と咳払いをしたシェステナーゼは、それまでの反対姿勢が嘘のように夢兎の言葉を受け入れはじめた。


「コレト決メタラ、周リガ何ト言オウトモ突進スル。racing(レーシング) driver(ドライバー)サガダナ。説得シテモ時間ノ無駄ノヨウダ」

「え? えっと、それって……」

「事情ハ把握シカネルガ、君ガ今回ノtest(テスト)ニ対シテ断固タル決意ヲ持ッテ臨ンデイルコトハワカッタ。team(チーム)ノ窮状ヲ救イタイノハ、私モ同ジダ。今期ノ不振ヲ払拭スル新シイ風ニ、君ガナレルト信ジヨウ」

「シェステナーゼ、それじゃあ――」

「アア、君ニ協力スル。シカシ、私ノ許容スル範囲ニモ限界ガアル。本当ニ危険ト判断シタ時ハ、team二testノ中止ヲ求メルツモリダ。ソノコトハクレグレモ忘レナイヨウニ」

「うんっ! 恩に着るわ。シャエステナーゼ……本当に」

「アア。ヤルカラニハ、必ズ表彰台ヲ手ニシヨウ」 

「ええ、やりましょう! 絶対に!」


 最初の一言はなんだったのだろう?

 少し引っかかるところもあったが、自分の無謀なお願いを受けてくれたシェステナーゼに、夢兎は心の底から感謝した。


(ここまで来たんだ……絶対にやってみせる! 絶対に!)


 意気軒昂いきけんこうにステアリングを握り直すと、夢兎は正面を見据え、コースに向かって100%集中フォーカスした。


「攻メタ走リト言ッテモ、無計画ニOver(オーバー) drive(ドライブ)ヲ続ケテイタノデハ意味ガナイ。set(セット) up(アップ)変更ハ君ノ意思ニ従ウガ、積極的アグレッシブニ行ケルturn(ターン)保守的コンサバティブニ行クベキturn(ターン)ノ判断ハシッカリトツケヨウ。ソノ方ガ、私モsupport(サポート)ニ入リヤスイ」

「ええ」

「デハ夢兎、指示ヲ」

「シェステナーゼ、ドライバーデフォルト、3.5。moving(エム) surface(エス) control(シー)、パフォーマンス・focus3(フォーカススリー)。細かな調整アジャストはあなたに任せるわ」

「了解。driver default、3.5、moving(エム) surface(エス) control(シー)、|Performanceパフォーマンス focus(フォーカス) three(スリー)。…………解析提言、turn10ノ出口区間エキジット、turn14ノbreaking(ブレーキング)ノ挙動ニ注意セヨ」


 シェステナーゼの言葉にこくりと頷くと、夢兎は気を入れるように息を吸い、シルバーストーンのターン1へマシンを飛び込ませた。

 それまではマシンバランスに苦慮していたターンだったが、夢兎の攻めの走りとシェステナーゼのサポートがしっかりと噛み合い、今日始めて安定した動きでターンを抜けられた。


(うん! これなら……!)


 手応えを感じた夢兎は、ヘルメットの下で口角を上げると、さらに攻めの姿勢を上げるようにアクセルペダルを踏み込んだ。

 夢兎の走りは周回ラップを重ねる毎に安定性を上げていき、徐々に軌道ラインも鋭さを増していく。


(世界最高峰のレースでいきなり表彰台を狙うなんて、まともなことじゃない……。でも、可能性が少しでもあるなら、私はそれにかける! この時のために、ここまで走ってきたんだ……やってみせる!)


 テスト開始時の躓きを完全に取り戻した夢兎は、強い意志そのままに強気の姿勢でマシンを導き、走りのクオリティを上げていった。

 



 ……しかし。

 やはりVelo(ベロー) Voiture(ヴォワチュール)とシェステナーゼに慣れるには、絶対的に走行時間が足りず。

 夢兎はシャフイザが同条件で周回ラップした際の推定タイムから、3秒遅れのペースに来たところでタイムが頭打ちになり、そのままテストは終了となった。


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