2027 Velo Trophy 開幕戦・オーストラリアGP! 8
●「前回のあらすじ」
35Lap目。開幕戦の優勝の争いは、レ・ジュール二台に絞られた。
一方、夢兎は「ローダウンフォース・セッティング」のマシンに大苦戦。ジャンにも罵られ、フラストレーションを募らせる。
そんな中、後方からやってきたメイとポイント争いすることになったのだが……。
――私とのライバル扱いが気に入らない、と……?
――足りないわ! 許容不可っ! ド新人のアンタと比べられるなんて……侮辱されているのと同義よ!
――ウォルフガング・エッフェンミュラー、ユイ・キルヒネン、シャフイザ・クライ……。《三強》を倒して、新しい時代を築く。私はその大事を成せる人間なの! 開幕戦は、今季用の新型が間に合わなかったから無理だけど……。新型が投入されたら、私の力をたっぷり見せつけてやるから! 覚悟していなさいよ!
350km/h弱で曲がる高速のターン5を抜けると、左右に木々が林立する短いストレート区間がやって来た。
夢兎は手慣れた手つきでブレーキバランスとデフのスイッチングを済ませると、後方から追走してくるAOIをサイドミラー越しにチラリと見た。
「ッ……!」
一昨日のメイとの会話を、頭に思い浮かべると。
あの時は湧かなかった、チリチリと焼けつくような感情が胸の奥にやってきた。
ステアリングを操る手に、力が入る。
確かに自分は、Veloドライバーとしてはまだまだ半人前だ。課題も山積みで、とてもではないがこの伝統ある白銀を纏う実力を持ったドライバーとはまだ言えない。
それは、自分自身よくわかっている。
でも……。
(セカンドグループのトップを争うメイさんに負けているようでは、先はない……! 存分に戦える状態ではないけれど、あちらも昨年型の改良マシン。戦って戦れないことは――)
「ないっ!」
熱の入った一声を挙げると、夢兎はアクセルペダルをグッと踏み込み、リズミカルにパドルシフトをアップした。
『pp……おい、オメエっ!! どういうつもりだ! 俺の話、全部聞いてなかったのかっ! おいっ! おいっ! 応えろ!!』
案の定、ジャンからこちらの行動を咎める無線が来た。
でも、ペースダウンはしない。
残り、10Lap。状況は厳しいけれど、端から諦めるのは嫌だから。
アルパートパークの湖畔を貫くバックストレート。
その森と湖が美しく調和した景色の中を、白銀のVelo VoitureがPUの全性能を解放し、ありったけの推進力を振り絞って加速していく。
しかし。
追走する紅白カラーのマシンを操るメイは、ターンの横幅を限界まで使い切る〝ワイド・ワイド〟のラインを駆使し、夢兎の逃げを許さない。
〝壬吹・ハーグリーブス・夢兎〟 VS 〝メイ・シャオシン〟
この開幕戦でもっとも話題を集めていた「女性ドライバー対決」の実現に、盛り上がり疲れていた観客たちも色めき立ち、サーキット全体が二人の対決に再びヒートアップし始めた。
当然、TV実況もこのバトルを取り上げないわけがなく。
《さあさあ、来ました!! 44Lap目!! 開幕戦から早くも勃発、『日中・スーパー美少女大戦』ッ!! 差はもう1秒を切っている! 解説の今村さん、壬吹は逃げ切れるでしょうか!?》
テンションを上げた実況アナウンサーにつられるように、解説者も若干声を上ずらせてコメントを入れ始めた。
《んん~~今日再三申し上げているとおり、表彰台を獲得した昨年の最終戦と今現在の夢兎くんの状況というのは、大きく違っています。デビュー戦の時は、シャフイザとシェステナーゼのフルサポートがありましたが、それはもうありません。シェッフェル・エッフェル特有のローダウンフォース仕様のマシンに、彼女は自分の力だけで適応しなくてはいけないんです。ですが、このレースでそれができているかと言えば……お世辞にもできているとは言えません。ご覧のとおり、マシン全体のグリップ感の無さに振り回されて、タイヤに厳しいドライビングが続いています。今日の彼女のレースは……そうですね。はい》
《と言うことは、ライバルのシャオシンからポジションを守るのは厳しいでしょうか?》
《確率を言うとね、確率を言うと。……んっ、ですが、AOIは、この開幕戦に新型を間に合わせることができず、昨年使用した『AF126』の改良バージョンを走らせていますから。純粋なマシン性能の対決では、夢兎くんに分があります。そこを上手く考えて使って、シャオシンのオフェンス力を、んん~~いなしていければ。という感じですかね、ええ》
《っと!! 解説いただいている間にも、ターン9のブレーキングでシャオシンが壬吹のインを覗う! ンンッ!! ここは覗っただけ! しかし、シャオシンは狙っています! さあ、壬吹粘れるか? このバトルは、今季の壬吹の戦いを占う上で重要なバトルになっていきそうです!》
「――そうだ。プレッシャーに反応するな。相手も苦しいと考えるべきなんだ」
今の自分は競争力のある状態ではないが、それは相手も同じこと。
ペースは劣っているが、簡単にやられる理由はない。
日本のTV解説者と同様の分析を立てた夢兎は、自分を鼓舞し、怯むことなく防衛戦を継続。
全体的に見て、夢兎のマシンとメイのマシンに大きな差はない。
これは夢兎の一方的な見方ではなく、この対決を見守る全ての関係者たちも同じ考えであった。
しかし……。
「よしっ!」
高速区間のターン12の出口で上手く加速体勢に入った夢兎が、AOIとの差を1車身半ほど離していく。
次のターン13は、450km/hから150km/h以下まで減速するハードブレーキングを行うターンで、オーバーテイク可能なポイントだ。
だが、通常これだけの差があれば〝安全圏〟。
なので夢兎は、シャオシンのアタックを意識することなくターン13へと進入したのだが。
その時――。
「……抜けるっ!!」
ターン13。
決定的な瞬間は、ここで訪れた。
なんの予兆も感じさせず。突然、無防備に空いていたシェッフェルのインに、紅白に輝く一閃が走った。
「プッ――――!!!!」
予想だにしなかった状況に、認識能力がてんで追いつかず。
夢兎の頭は真っ白になり――
「ッ! むっ!!」
かけたが、ドライバーの本能が反射的な動きを起こし。
夢兎は強引にステアリングを切ってラインを変え、インに並走しているAOIに幅寄せにいく。
だが、その動きはあまりに性急に過ぎた。
「しまっ……グゥッッ――――!!!!」
夢兎はシャオシンの行き場を潰すまでアウトから被せてしまい、両者は右と左のフロントタイヤを接触させ、白煙を上げながらスピンアウト。
ターン13のアウトサイドに吹っ飛んだ。
タイヤバリア付近で停止した二台。
間髪入れず、ドライバー二人が再スタートを入力する。
「ッ!? ダメなの……?」
「……チッ、サイテー」
だが、二台ともフロントサスペンションに負ったダメージが深く。
二台共チームの指示に従い、ターン14のコース脇にマシンを止め、レースを終えたのだった。
* * *
「身体はなんとも。ええ、大丈夫です」
駆け寄ってきたコース係員の問いかけに答えながら、コース外に退避した夢兎は。
チェッカーを受けることなくレースを終えた「RS4/28」を振り返ると、顔を伏せ大きくため息をついた。
(思ったよりダメージが小さそうなのは、良かったけれど……。失敗した、失敗してしまった……)
レース中の昂ぶりは完全に消え去り、巨大な後悔が心を満たしていく。
スタンドからファンの呼ぶ声が聞こえてくるが、軽く手を挙げるのが精一杯で……。
ヘルメットと防火帽を取ると、もう一度ため息が出た。
(戦うべきじゃなかった……。ジャンさんの指示に従うべきだったんだ……)
自分の判断ミスでレースを台無しにしてしまった申し訳なさが大き過ぎて。
ピットに戻る足取りが重い……。
どんな顔をして、どんな言葉で謝ればいいのか。
そんなことを考えながら、とぼとぼとピットに向かって歩いていると。そこで。
「……ッ!」
夢兎の後ろから、大きな歓声が上がった。
反応して振り向くと。赤いレーシングスーツの胸元のチャックをラフに下ろした黒髪の女子が、こちらに歩いて来るのが見えた。
「シャオシンさん……」
向こうもこちらに気づいたようで、むすっとした表情を返してくる。
分かりやすすぎるほど分かりやすい表情に、幼さを感じる。
けれど、今はそんなことはどうでもいい。
今の接触は、シャオシンがインに飛び込んで来たことに気づくのが遅れ、対応を誤った自分に非がある。
「ブレーキングで強引に突っ込んで、ターンの出口でアウト側に膨らんで来た向こうにも非がある」と思わないでもないけれど……。
ここは、こちらが先に謝るのが筋だろう。
「シャオシンさん」
そう考えて、声をかけたのだが。
「……」
「身体は大丈夫ですか? ……さっきの接触のことは、謝ります。私の後方確認があま――ッッ!?」
と、こちらが話し終わる前に。
シャオシンが、こちらの表情を覗き込むようにぐいっと顔を近づけてきた。
「ッ! な、なんですか……??」
「…………まあ、所詮こんなものよね」
目を瞬いて驚く夢兎のことは気にも留めず。一人納得したようにそう言うと。
シャオシンは距離を戻し、ぐいっとくびれた自分の腰に右手を当てた。
「一昨日も言ったけど、わかってないみたいだからもう一度言うわ」
そうして胸を張り、自信に満ち満ちた表情を浮かべると、気の強い瞳をこちらに一直線に向けてきた。
その迫力に、思わず後ずさむ。
メイは、そんな夢兎の様子を見て小さく鼻で笑うと。
「メディアは、同じ女性ドライバーである私とあなたを『ライバル扱い』したいみたいだけど……私にはそんな気、毛頭ないっ!!」
誤解させる余地を微塵も残さないように、キッパリとそう言い切った。
そして。
「私は、『男女がイーブンの条件で競い合うメジャースポーツ』で、女性として初めて王座に着く女っ! 君臨する女っ! 歴史を変える女なのっ!」
夢兎の前に強く打ちつけるように、宣言するように言葉を放った。
「……」
そのセリフと立ち姿があまりにも。あまりにも自信に満ち溢れていて、絵になっていて……。
不覚にも一瞬、シャオシンに魅入ってしまった。
でも。
「……クッ!」
すぐに自失したような感覚を振り切ると、怒りがわき上がってきた。
昨年型の改良版であるAOIのマシンでポイント圏内に浮上し、あれだけ切れ味の鋭いオーバーテイクを仕掛けてきたのだ。
噂どおり、彼女の実力は相当なものなのだろう。
けれど、だからと言って、さすがに挑発的なことを二度も言われて、何も言い返さないのは良くない。
そう思い、シャオシンとの距離を詰めて口を開きかけたのだが。
その前に。
「あなたは、Veloで頂点を取る自信ある?」
「……え?」
突拍子もない質問を投げかけられ、言葉に詰まった。
そんな夢兎を嘲るように微笑むと、シャオシンは。
「ないでしょ? なら、さっきみたいに無茶して張り合うのはやめて。ただの迷惑だから! ……あなたみたいな『客寄せパンダ』は、私のお尻の見物人をやってればいいの……わかった?」
今まで見せなかった表情。
両目を半眼にして、威圧するようにこちらを睨みつけると。
シャオシンは夢兎の横をすり抜け、一方的に話を終わらせてピットへと歩き出した。
「ッ! ま、待ってください!」
(また自分が言いたいことを言ったら、それで終わり……この人もそういうタイプか!)
言われっ放しは嫌なので追いかける。
しかし、遠巻きにこちらを監視していたコース係員たちに、「エキサイトしてはダメだ!」と制止されてしまい。
結局、これ以上話を続けるのは不可能になってしまった。
「メイ・シャオシン……」
遠ざかっていく赤い背中に向けて、険しい表情を向けた夢兎は。
苦々しい響きでそう独語すると、胸に置いた手をぎゅっと握り締めた。
ドマイナージャンル&低ポイントの拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます!
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