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2027 Velo Trophy 開幕戦・オーストラリアGP! 7

●「前回のあらすじ」

 10Lap目。全力で逃げを打つシャフイザを嘲笑うかのように、レ・ジュール勢は彼の真後ろから離れない。

 明らかなマシン戦闘力の差に、シェステナーゼは「表彰台狙いに切り替えるべき」と主張する。

 しかしシャフイザは、「当たり前のことをやってるだけじゃ、こいつらは倒せない」と反論。挑戦者の意地を敵味方に見せつけた。 


 35Lap目。

 スタートからここまで続いていた6、7、8位争いに決着がついたところで。

 日本のTV実況・解説陣は、先頭争いに話を戻した。


《さあ、開幕戦・オーストラリアGPも終盤戦! 各チーム共二回目、最後のピットストップのタイミングへと入ってきました! 先頭は、レ・ジュールのユイ・キルヒネン。しかし、後方には前年ディフェンディング王者チャンピオン、同僚のウォルフガング・エッフェンミュラーが着け、最後のピットストップでの逆転を狙っています》

《キルヒネンはペースが上がりませんね。やはり、シャフイザとの激しいバトルを繰り広げたことで、燃料を消耗し過ぎてしまったんでしょうね。先程チームからの無線で、『このままだと、燃費走行《リフト アンド コースト》が必要になる』と伝えられてもいましたし。う~~ん、状況苦しいですよね。逆にエッフェンミュラーは、作戦ドンピシャリ。シャフイザを避けたのは、正解でしたね》


 解説は2番手のエッフェンミュラー優位を伝え。継いで、この戦況を作り出したシェッフェル・シャフイザの善戦を改めて称えた。


 しかし、その一方で。


《確かに、シャフイザ・クライは「去年とは違うぞ」というところを見せてくれました。一方、シャフイザのチームメイト『我らが日本代表』壬吹・ハーグリーブス・夢兎なんですが……》

《そうですね。んーまあ、厳しい開幕戦になってまってますよね……。はい》


 実況・解説陣の歯切れの悪い感想のとおり。

 夢兎は、プレシーズンテストから続く問題。ローダウンフォース・セッティングの神経質センシティブな挙動に対応したドライビングができておらず。

 チームメイトのシャフイザから〝2分遅れ〟という、苦しいポジションで、レースいを進めていた。 


 * * *


「んんっ――――!!」


 36Lap目、ターン12。

 高速S字区間の出口で、夢兎の駆るシェッフェル・エッフェルが僅かにコースをはみ出し、後輪を激しく滑ら(ステップ アウト)した。


「ぐうぅぅっっ!!!!」


 踏ん張るような声を出し、反射的にカウンターステアを二度打つ。

 マシンがおテールを振って激しく暴れたが、なんとか破綻せずコントロールを取り戻すことができた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………ふう」


 間一髪の危機を脱したところで、上がった心拍を沈めるように気息を整える。

 このローダウンフォース・セッティングを始めた頃は、今のような崩壊ブレイクが起こると為す術なくスピンアウトしていたのだが、なんとか寸でのところで踏ん張れるようになってきた。 


 しかし。


「――ッ!? しまっ!!」


 続くターン13のブレーキングでも、マシンを制動しきれず。 

 シェッフェルのリヤが、コーナーの中口ミッドで大きく滑った。


 ヘルメットのシールドの奥にある、夢兎の瞳が動揺に揺れる。


 シャフイザに叱咤され、開幕戦が始まる前にもう一度〝マシンの限界値〟を意識したドライビングに対するイメージを固め直してきた。

 ……きたつもりだったのだが。


「ッ!? またやって……!」


 このローダウンフォース仕様のマシンは、その程度の努力で改善できるほど甘いものではなかった。

 狙ったラインにマシンが乗らず、タイヤが大きく横滑スライドりする。


 ハイダウンフォース仕様のマシンであれば、総合的なグリップ感が高いのでマシンバランスが崩れず、多少ミスを犯しても許容してもらえる。

 しかし、このローダウンフォース仕様のマシンではそうはいかない。

 ほんの少しの入力ミスでもマシンバランスが大きく崩れ、タイヤが横滑スライドりし、加速ロスという形でしっかりと咎められてしまう。

 そしてそれが続けば当然……タイヤの表面はシミュレーションよりも早く摩耗し、ペースダウンが始まるのだ。


「かと言ってペースを落とせば、タイヤの性能作動温度領域ウィンドウが使えなくなる……くっ!」


 一つのターンアクションだけならば、イメージどおりに行くところもある。

 でも、それを全てのターンで、毎ラップ続けていくことは物理的に不可能なことなんじゃないか? と思うくらい難しい。


 目指しているものがあまりに現在地から遠すぎて……心が挫けそうになる。

 そして、こんなにも追い込んで精一杯やっているにもかかわらず。ジャンは……。


『pp……マシンを無駄に滑らすんじゃねえっ!! 予選前にウィング上げてやったのに、何してんだ! フリー走行までは、マシンの〝限界値〟を上げてく! 予選と決勝では、マシンの〝限界値〟に合わせる! その意識の切り替えが大事だったろうがっ! 全部みな聞いてなかったのかっ!!』


 相も変わらずこの調子なのだ。

 カチンと来る。


 ジャンの要求は理解しているし、自分がVeloで戦っていくためには必要なことであることも理解している。

 だからこそ、酷い言われ方をしても耐えて努力し続けている。

 その姿勢を少しは組んで物を言って欲しいと思うのは、甘えではないだろう?

 本当にカチンと来る。


(……ウィングだって、上げてくれたのはほんの少しだけだったし……いろいろ理不尽過ぎる!)


 もうこの人のメチャクチャぶりにはある程度慣れたけれど。

 アドレナリンが噴き出している今の状態で我慢することなんて……できない!


 そう思った夢兎は、すぅーーと息を吸い込むと。


「じゃあっ! 次のピットストップの時にっ! フロントウィングのフラップを! もう少し上げて下さいっ! それで! 保たせますからっ!」


 相手の鼓膜を突き破るつもりで、怒鳴りつけるように言い返した。

 すると、ジャンも対抗するように声を張り上げ。


『舐めたこと言ってんじゃねぇっっ!!!! この下手クソがっっ!!!! おめぇの要求リクエストを受けんのは、おめぇがこのダウンフォースレベルのドライビングをきっちりできるようになってからっったろうっ!! データ上では、無駄なミスを減らせば1Lap1秒以上速いペースで走れて、タイヤも保つと出てるっ!! ナマ言うのは、自分のやるべきことをきっちりとやってからにしやがれ、このクソガキがぁっ!!』


 逆にこちらの鼓膜を破るような怒声を浴びせてきた。


 あ゛あ゛~~頭に来た! もう喧嘩だ!

 ステアリングの無線ボタンをガツンと押して、即座に言い返す。


「無茶苦茶言わないでください! このマシンを操るのがどれだけ難しいか、あなた本当にわかるんですかっ!?」

『キャンキャン吠えんじゃねぇっ! んな力があるんなら、その中身の詰まってねぇ小さな脳みそをフル回転させて、Lapタイムを改善する方法を考えろっ! 次の|最後ピットストップからゴールまでの区間スティントもタイヤを潰して、ペースダウンしてみろ? ただじゃ済まさねぇからなおめぇ! わかったかっ!』

「あなたって人はっ! 私は――」

『それとだっ』

「私の話を聞きなさい!」

『うるせぇっ!! 一台、後ろから元気のいいのが来てる。ピットアウト後、すぐにバトルになるだろうが……〝抜かせていい〟。このレースはデータ取りと完走が最優先だからな、わかったな?』

「ッ!? え? それって……」


 言われ放題言われ、カッと来ていたせいか。

 ジャンの言葉に反応できず、一瞬言葉に詰まった。


 しかし、ターンを3つ捌いたところで。

 頭の中を整理した夢兎は、信じられないような口調で訊き返した。


「今日はDNSリタイヤが多くて……ピットアウト後の私の順位って、ポイント圏内ですよね?」

『そうだ。それがどうした?』

「それがどうしたって……ポイント圏内にいるのに、抜かれてもいいって言うんですか?」

『後ろから来てるのは、AОIの〝メイ・シャオシン〟だ。やっこさんは、トラブルでピットスタートだったにもかかわらず、去年型の改良マシンでここまで順位を上げてきた。抜きっぷりも悪かねぇし、〝今のおめぇじゃ、対抗できねぇ〟』

「ンッ!?」

『もともと、今日のおめぇに好結果は求めてねぇ。とにかくおめぇは、ローダウンフォースのドライビングを理解することに集中しろ。わかったな?』

「そんな……」


 返って来た言葉に目を見開いて表情を振るわせると、夢兎は不満の色を顔いっぱいに浮かべてジャンの言葉を考えた。

 

 このレースは完走重視で、今の自分には順位を争うことよりも、1秒でもマシンと向き合うことが重要だということは理解している。

 でも、ポイント圏内にいるのに、自分の方が速いマシンに乗ってるのに、無抵抗で順位を譲るなんて……納得できない!


 それに。


 ――後ろから来てるのは、AОIの〝メイ・シャオシン〟だ。


 彼女に、無抵抗で順位を譲るわけにはいかない。

 彼女は、これから「セカンドグループのトップ」を争う直接のライバルなのだから。

「壬吹は簡単に退くから、多少強引にいってもいい」、なんて意識を持たれたら、これからのバトルがやり難くなる。


 ジャンの指示に歯向かうことになるが、抗戦しよう。

 譲るのは、戦況が悪化してからでいい。


 そう方針を決めた夢兎は、37Lap目。ピットの指示どおりピットロードへマシンを向けた。


 ガッ、ダラァラララッッ!!!!


 ジャッキアップの音を合図にタイヤの交換が始まった――と思ったら、次の瞬間にはジャッキダウン。

 停止時間「約2秒」。トップチームらしい手練の早業でタイヤ交換を済ませてくれたメカニックたちに心の中で礼を言うと、夢兎は。


「燃料が減ってマシンが軽くなった分、最終スティントはタイヤの温度管理が楽になるはずだ。それと、ローダウンフォース・セッティングの利点である最高速の伸びと、高速ターンでのパフォーマンスの良さを活かせば……いけるはずだ」


 ジャンとシャオシン。

 脳裏に浮かんだ二人の顔に向けて、強くそう言うと。

 夢兎はミラーに映ったシャオシンのAOIを見つめ、戦意を昂ぶらせた。


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