2027 Velo Trophy 開幕戦・オーストラリアGP! 5
●「前回のあらすじ」
2027年Veloシーズン開幕! フリー走行で早々にマシンを壊したシャフイザは、チームの面々からツメられヤキを入れられる。
しかし、シャフイザのドラビングはキレにキレ。タイムはライバル「レ・ジュール」と遜色なく、チームの意気は高い。
一方、苦しい状況が続く夢兎は、ジャンのマシンセッティングを理解するための努力を続けていた。
開幕戦・オーストラリアGP
決勝レース、スタート1分前
10分前に退避していた、VIP、メディア、グリッドガール、その他関係者に続き、各チームのクルーたちも機材を抱え、駆け足でスターティング・グリッドから退避していく。
喧騒に包まれていたホームストレートから人の気配が消え、囲むように鳴り響いていた歓声も遠くなり始める。
そして。
3番グリッドで待機する自機の周りに、短い静寂の時がやってきた。
その静けさを体内に取り込むように、深く息をつき。閉じていた瞼を開けると。
シャフイザは真正面と右斜め前に鎮座している、伝説の青を纏う《二大王者》の背を見やり、目を細めた。
「開幕戦ハ荒レル。序盤戦ハ様子ヲ見テ、慎重ニraceヲ進メテイクベキダ。……ト注意シタカッタノダガ、ドウヤラソノツモリハナイヨウダナ」
すると、目の前。
コックピット・キャノピーの裏側に表示されているコミュニケーター画面に光が走り、聞き慣れた硬質な音声が耳に入ってきた。
「……フッ。そういうこった」
やや呆れ気味の相棒にそう言って、不敵な笑みを返す。
シェステナーゼが懸念を示す理由は、分かっている。
このアルバートパーク・サーキットは高速ターンが少なく、直線的な加速とハードブレーキングを繰り返す典型的な「ストップ&ゴー」サーキットであり、PU性能で劣るウチのマシンには不利なサーキットだ。
だからこの開幕戦は無理をせず、確実にレ・ジュール勢の後ろを狙う。被害を最小限に抑えるのレースに徹し、積極的な戦術は控えるべきだ、とシェステナーゼは言いたいのだろう。
チームもあえて指示はしてこなかったが、どちらかと言えばシェステナーゼと同じスタンスだと思う。
その意見が間違っているとは思わない。
……しかし。
(去年の悪ぃ流れを断ち切るには、それじゃ足んねぇんだ……!)
昨シーズンのような不様はもうしねぇ。
今年こそ……今年こそ、王者をエンストーに持ち帰って見せる。
その意志を、このレースでチーム全員に刻み込むためにも。
この開幕戦は――
(ちぃ~~と、暴れねぇとなっ!)
最前列にそびえ立つように並ぶ、《二大王者》。
その背中にもう一度、燃えるような眼差しを向け、そう心の中で啖呵を切ると。
タイミングを合わせたように、フィニッシュライン直上にあるスタートシグナルがグリーンへと変わり。今シーズンの第一幕目の調べが、天に轟き始めた。
* * *
《人類の英知を結集し作られしもの――――Velo Voiture。その鋼鉄の獣の群れが覚醒の雄叫びを上げ、お披露目走行へと向かっていきます》
車体を横振りさせてコースを進む、スピードの勇者たちの隊列に。
各スタンドに陣取った観衆たちが、「待ってました!」と言わんばかりにやんやの声を張り上げ、歓呼の華を降らす。
その激闘の前奏曲流れる画面をバックに。
《2027 Velo Trophy World |Championship 開幕戦・オーストラリアグランプリ。その決勝レースが、いよいよスタートの時を迎えようとしています》
日本のTVアナウンサーが、実況を開始した。
《隊列の先頭を行くのは、昨年の覇者、レ・ジュールのウォルフガング・エッフェンミュラー。昨シーズン全12戦中6勝を挙げ快勝した勢いそのままに、昨日の予選でもPPを獲得。派手さは他の《三強》二人に譲りますが、総合力はNO1! 今季の王者争いも、この五冠王者を中心として展開されることは間違いないでしょう》
シュッとしたラインの入った伝統の青の車体に、後翼にドイツ国旗のカラーを施したウォルフ車。
威風堂々と先頭を行くその車体をしばらく映すと、カメラはその直後に続く同色のマシンを捉えた。
《2番手は、レ・ジュールが誇るもう一人の二冠王者。《北欧最速神話》、ユイ・キルヒネン。昨日の予選ではメカニカルトラブルが発生し、惜しくもPPを逃しましたが、エッフェンミュラーを凌ぐ突破力は脅威! 25、26年を連覇したエッフェンミュラーと、24年以来の王者奪還を目指すキルヒネン。今年もこのチームメイト対決は、白熱していくことでしょう》
そして、最前列を固めた青の編隊の後方。
どのマシンよりも激しく車体を横振りしタイヤに熱を入れ、気を高めている白銀のマシンにカメラが寄る。
《レ・ジュールが誇る《二大王者》に続くのは、やはりこの男。2020年のデビューから78戦を戦い、勝利数25、そしてPP獲得数は、歴代4位の60回。人呼んで《宇宙大系最速》。シェッフェル・エッフェル、シャフイザ・クライ。昨シーズンは、デビュー以来初めての不振に喘ぎ早々に王者争いから脱落しましたが、歴代でも屈指と評価されるスピード・スケールは健在。撤退問題に揺れるチームのためにも、今年こそ無冠返上。初戴冠を目指します》
その後もアナウンサーは国際映像が捉えたマシンと、それを駆るドライバーたちを丁寧に紹介していき。
《さあ、「去年のデビュー戦は運だ」という批判を乗り越え、再びライジング・サン! 13番手からの逆襲を誓う、日本代表、壬吹・ハーグリーブス・夢兎の活躍にもご注目下さい!》
放送開始から散々持ち上げ続けて来た夢兎を、最後にもう一度押したところで。
全車がお披露目走行を終え、スターティング・グリッドへと着いた。
レーススチュワードがコースグリーンの最終確認を行い、スタートシグナルを点灯させる。
と同時に、24台のマシンが再び天を衝くような雄叫びを上げ、サーキットにいる全ての人々のボルテージが一気に最高潮へと高まっていく。
大気が振動し、熱波うねる中。
一つめのランプが消えたところで、シャフイザは左手でステアリング後部のハンドクラッチを引いた。
アクセルを煽ってエンジンの回転数を一定にキープし、最適のバイトポイントの直前でハンドクラッチをホールド。
そして。
シャフイザは最前列に並ぶ2台の間に、凍りつくような鋭い視線を向けると――――己の限界領域へ、意識を飛ばした。
「――――――ン゛ッ!!!!」
短い耳鳴りと共にコースが陰影に没し、目の前に「星景」が現れた。
星景の奥から幾千万の星々が流れ始め、その輝点一つ一つが「現在のコース状況で可能な、最前列への攻勢パターンの事象」を形勢するための情報を、走って伝えていく。
――ユイには目もくれず――そのまま、もう一台のレ・ジュール――イン側の空間にマシンを――
――左にブレた――曲がり切れない。マシンが流れて――レ・ジュールと――その危険を察知――
「――――――ッッ!!!!」
シャフイザは、いくつかの事象を頭に絵図としてしっかり思い浮かべ、その絵図を頭の片隅に常駐させると。
間髪入れずに――。
《さあ、決戦の時……オールレッド!! ブラックアウッッ!!!!》
ジャストミートのスタートアクションで、3番グリッドからマシンを発進させた。
咆哮を上げた流線型の狼たちが、機械の熱を弾け合いさせながら早くも敵と噛みつき合い、最初の戦場――ターン1を目指して加速していく。
中団グループが密集し、各々のドライバーが活路を求め、右へ、左へ、中央へ。舵を切る。
そして、先頭争いは――
《シャフイザ・クライっ!! 好スタートで一気にキルヒネンと並ぶっ!》
「うっそぉ~~~~!! フライングだぁっ!!」
目を丸くして悪態をつくユイには目もくれず、スタート加速の勢いで圧倒し置き去りにしたシャフイザは。
そのまま、もう一台のレ・ジュールに狙いを定め……やや強引な形でターゲットの右側の空間にマシンをねじ込んだ。
「シィッ!」
右回りのターン1でウォルフのインを刺し、そのまま左へ折れるターン2も横並びのまま旋回していく。
コースの左右に林。ターン3に向かう短いストレートが来た。
強引に並んだ分、走行ラインが制限され、加速が鈍い。
レ・ジュールのフロントがじりじりと前へと出始め、こちらを置き去りにしようとしていく。
だが、簡単に千切られるわけにはいかない。
「シェステ!」
「了解。PU Strutt3 Over take mode」
阿吽の呼吸で、シェステナーゼがPUの全性能を解放。
シェッフェルの銀輪がスパークを発して追加速。レ・ジュールの右サイドになんとか食らいつき……ターン3が見えてきた。
ターン3は440㎞/hオーバーからのハードなブレーキングを強いられるターンであり、スタート直後、フロントタイヤに熱が入りきっていない今の状況では、正確なブレーキングを行うのが難しいターンだ。
だが、ここで退けばこのレースは終わる。
マシンの戦闘力で上を行くレ・ジュールに勝つためには、このポイントでのオーバーテイクは必須条件だ。
「勝負ッ!」
「イ゛イ゛ッ!!」
シェステナーゼの声と同時にまなじりを決したシャフイザは、覚悟のダイブでマシンをターン3に飛び込ませた。
ウォルフよりも数十センチほど深く突っ込み、フルブレーキング。減速に合わせて10から4速までシフトダウン。
そして、ややオーバースピード気味の状態でステアを〝小刻みに切り重ねて〟右へ。
キュッ! ギィギィッ!
左フロントタイヤが鳴き、一瞬車勢が左にブレた。狙った走行ラインから車体が流れ、左サイドにいるレ・ジュールと接触する!
この攻防を見ていた誰もが、そう思い目を剥く。
しかし。
この状況を100%イメージしていたシャフイザは、この局面を脱するための予防アクションをすでに撃っていた。
ターンの中間で、あえて〝細かくステアを切り重ね〟車体をターン出口に早めに向けていたことが功を奏し、シェッフェルはレ・ジュールのサイドに衝突する数ミリ前で、路面に爪を立てるかのように踏ん張り、そのままコンパクトなコーナリングを決めて見せた。
シャフイザの不可視のスーパープレイが飛び出し、シェッフェルがレ・ジュールの加速を上回り、ここで形勢逆転。
主導権を得たシェッフェルは、ターン4で更にレ・ジュールを引き離し。
そして。
《火の出るような攻防を制し、シャフイザ・クライ、先頭!!!!》
オープニングラップにおけるレ・ジュール攻略戦を見事に成功させたシャフイザは、そのままオープニングラップを制し、ホームストレートへと戻ってきた。
《下馬評ではレ・ジュール有利が伝えられていましたが、やはりこの男がやってくれました! スタンドに詰めかけたファンも、総立ちでインフィニティック・シルバーのマシンを称えています!》
《ええ。久々に見る、クライの思い切った攻めでしたね。昨シーズンの不振を引きずっていないか心配していたのですが、完全に杞憂だったようです。フリー走行でのレース・シミュレーションで、クライはレ・ジュール勢からコンマ3秒差と僅差でした。戦略次第では、このまま逃げ切る可能性も十分にあり得ますよ》
いきなりの《三強》頂上決戦に盛り上がったサーキットの雰囲気に乗って、実況・解説もヒートアップ。
「このレースは、最後までもつれる」という言葉を何度も連呼した。
その考えはファンやチーム関係者も同様であり、シェッフェル・エッフェルの新型『RS4/28』は、レ・ジュールの『L2027』と十分に戦えるという認識を皆が持った。
だがしかし。
王者の牙城は、そう容易くはなく……。
「コレハ……」
3Lap目。
ホームストレートを迎えたところで、シェステナーゼがやや困惑したようにつぶやくと。
「……ああ」
目元に苦渋の色を浮かべたシャフイザが低い声で同意を示し、サイドミラーに目を向けた。
そうして、後方から来る青のマシンを数秒見つめて大きく息を吐くと、シャフイザは。
「逃げ切れそうにはない、か……」
先制攻撃を決め、トップをひた走っている有利な状況にもかかわらず。
「敗戦」を意味する言葉を口にしたのだった。




