2027 Velo Trophy 開幕戦・オーストラリアGP! 4
●「前回のあらすじ」
開幕戦前日、夢兎は「もう一人の女性Veloドライバー」メイ・シャオシンと出会った。
「ファンやメディアは私たちの対決に注目しているけど、あんたなんか眼中にない! 私の敵は、《三強》だけ! 私は《三強》を倒せるドライバーなの!」と強弁するメイ。
新たなライバルの登場に気圧された夢兎は、気を引き締め直し、開幕戦へと臨んだ。
金曜日のテストデーを経た、翌土曜日。
晴天の下、いよいよ「2027 Velo Trophy World Championship」開幕戦・オーストラリアGPの公式プログラム、フリー走行1回目が始まった。
コースオープンと同時に、極彩色の車群がファンの歓声を背にコースへと飛び出していく。
各チームはすでに、ウィンターテストと昨日のテストデーを含め、100時間以上新型マシンをテストしているが、Velo Voitureは完全な試作機。
どのチームもまだ、自分たちのマシンを100%理解し切れてはいない。
それ故に、スタートから全チームが精力的に走りこみ、距離を稼いでいく。
チームの積極的なスタートに、グランドスタンドに詰め掛けた観客たちも早くもヒートアップ。
連日、各メディアでトップニュースとして特集されていた効果か。予選日にも関わらず、15万人以上の人々が訪れ、観客席はどこも満員御礼。
みな、ノンストップのカーアクションに首を振り、カメラを構え、少しお高めのアルコールを掲げて陽気に決めている。
そんな開幕戦に相応しい雰囲気の中。
シェッフェル・エッフェルの2台も、CFD――数値流体力学に基づいたコンピューターシミュレーションを駆使して入念に洗い出してきたマシンセットアップの調整と、アップデートパーツの実走評価を行い、順調にテストメニューを消化していっていた。
……が、しかし。
フリー走行2回目の終盤。予選に向けたタイムアタック・シミュレーション中に、重大なトラブルが発生した。
チームが懸命に作業して持ち込んだパーツだと分かっていたにもかかわらずミスを犯し、予選前に「新型FW」を壊してしまったのだ……。
そう。〝エースのシャフイザ・クライ〟が、である……。
* * *
「調子が良かったんで、イケイケドンドンな感じで攻めしてたんですけど……チョロっと頑張り過ぎちゃったみたいで……、FW壊しちゃいました。本当にすいあせん、すいあせんしたっ!!」
フリー走行2回目終了後。
FWを大破させたシャフイザは、ピットに戻ると45度にぴしっと腰を折ってチームクルーたちに自分のドライビングミスを詫びた。
しかし、この新型FWはファクトリースタッフたちが徹夜に徹夜を重ねて、なんとかこの開幕戦に間に合わせた――『特別』。
それを、本番前にあっさりと壊してしまったのだ。
当然、チームクルーたちが簡単に許してくれるわけもなく……。
『てめぇっ!! ふざけんじゃねぇぞコノヤロー!!』
『こっちがどれだけの思いして間に合わせたと思ってんだ、コノガチャカスッ!!』
ファクトリーのスタッフたちは、パッドの通信画面の中でFワードを連発しシャフイザを罵りまくり。
「今年の収入、全額チームに返納しろ! 返納!」
「俺たちは日本のチーム、日本の企業だ。ミスったんならとっと腹切れ、早くしろよ」
現場スタッフたちも腕組みしてシャフイザを囲み、脅しに脅しつけている。
そして、特にその中で怒っているのが。
「ったく! ジョーダンじゃないよッ!」
黒地のチームキャップと、透けるように美しいアッシュグレーのローポニーがぴったり似合ったな女性――チームマネージャーのメーメディー・アイスだ。
彼女は怒り半分呆れ半分という表情でシャフイザに詰め寄ると、彼の胸を指でつんと押した。
「『夢兎、そんなに肩肘張るな。そんなんじゃ、マジでクラッシュしちまうぞ』とか、セッション前に先輩面してアドバイスしてたクセにコレとか……バッカじゃないのアンタッ!?」
「わ、悪かったよ……」
「悪かったよじゃないだろうっ! ユメはちゃーーんと言いつけ守って無傷でマシン持って帰ってきたってのに、エースのあんたがぶち壊してどうすんのさ!」
「いや、だから悪かったって言ってんじゃん……」
「ハッ! どうせアンタのことだから、ハレンチなことでも考えて走ってたんだろう? サイテー、本当バカッ!」
「おまっ……! 400㎞/h近く出るマシンをドライブしてる最中に、スケベなこと考えられるって逆にスゴ過ぎだろう! そんなんできんならおまえ、俺はもう4、5回は王者成ってんぞ!」
「……はあ? この状況で何冗談言ってんの? 本当に反省してんの、あんた?」
「……テメェカラフッテキタンジャネェカ」
「は?」
「もっ、ああってるよ! さっきのは完璧に俺のミス! 反省してる、してるから許してよ……!」
見振り手振りを交えて問い詰めてくるメーメディーに対して、ヤケクソ気味な口調でそう返すと。
シャフイザは、そこではたと気づいた。
「……」
黒縁眼鏡と少し前髪の長い黒髪が特徴的な青年――テクニカルディレクターの美雲慈乃が、ピットの隅で口を真一文字に結び、自分に対して殺気に満ち満ちた視線を向けていることに。
「――――ッ!?」
慈乃と視線を交えたシャフイザは、パッと視線を外し、ビクッと脅えたように肩を上げた。
そうして。もう一度そろ~りと首を回し、慈乃と再び視線を合わす。
「……」
「……」
無言で責め立てる慈乃に、シャフイザの顔色がどんどん青ざめていく。
同年代で思ったことを言い合える間柄であるメーメディーには、「本番で取り戻すから許して!」という態度で応じていたが、生真面目上司の彼にそれは通用しない。
姉であるチーム代表のしおりとは真逆。カミソリのように切れる雰囲気を持つ慈乃は、この手のイージーミスを一番嫌うと聞いている。
シャフイザは額に汗を垂らしてゴクリと息を呑むと、恐る恐るという様子で口を開いた。
「じ、慈乃さん……。す、すいませんでした」
「……何がだ?」
メーメディーの時とは一転、殊勝に謝罪するシャフイザ。
しかし、慈乃は眉一つ動かさず、冷静に応じ。
「いや、俺のミスでみんなが頑張って開幕戦に間に合わせてくれたFWを壊しちゃって……申し訳ないな~~、って」
「……本当にそう思っているのか?」
静かだが、裏に滾りに滾った怒気を感じさせる声でそう返すと。
「もももも、もちろん!! もちのろんですよ!」
「ほぉ……。では、おまえがクラッシュした直後に言ったあのセリフはどういうことか、説明してもらおうか? ……シェステナーゼ」
「了解。先程報告シタ音声ヲ再生スル」
「……えっ?」
シャフイザの言葉に目を細めて応じた慈乃は、ピット内の壁に設置してある大型モニターに表示していたシェステナーゼに指示を出した。
すると、数秒置いて。大型モニターの画面に、クラッシュ直後と思われるコックピット内の様子が映し出された。
少し早送りされ、再生が始まる。
「――君ハ、ドコマデ愚カナノダ? 新型ノFWハ予備ガナイト、アレダケ注意サレテイタニモカカワラズ無茶ヲシタ。……理解デキナイ」
「…………違う」
「? シタリ顔デ何ヲ言ッテイルノダ? コノclashハ、君ガ私ノ忠告ヲ聞カズover paceデ走行シタタメニ起コッタコトダ」
「違う。ブレーキングミスする前に、『何かが前を横切った』んだよ」
「?? 何ヲ言ッテイル? 私ノsensorハ何モ感知シテイナイ」
「いや、だから……そういうことにしよ、って話だよ」
「??? ……マサカ、君ノmissヲ隠蔽スル手伝イヲ、私ニヤレトイウノカ?」
「はい」
「断固拒否スル」
「チョッ待テヨッ!! だって、絶対怒られるもんこれ! 本番は絶対にミスしないから助けてよ!」
「自業自得ダ。罰ヲ受ケ、己ノ軽挙ヲ悔イルトイイ」
「それが友達の言うことかよ、おまえっ!」
「友達……? 馬鹿ヲ言ウナ。私ハ君ノ友達デハナイ。ソレニ、例エ友達ダッタトシテモ、ソンナ頼ミヲシテキタ時点デ友達デハナイ。……ツイデニ言エバ、私ハ君ト友達ニナリタクナイ。覚エテオキタマエ」
「最後のひど過ぎやろがいっ!」
と、そこで再生がストップした。
あんぐりと口を開けているシャフイザに対して、この場にいる全ての人々の敵意が集まっていくのがわかる。
周りの圧に気づいたシャフイザは、引きつった笑みを浮かべて笑い出すと。
「……ハハッ。これは、あの……あれですよ。あれ。そう、ドライバーズ・ハイ! アドレナリン出っ放しで興奮してたからね、口が勝手に動いちゃって。ハハハハッ、いやぁ参った参った! 参ったな~! ハハッ」
しどろもどろの口調で、なんとか誤魔化そうと試みた。
が、しかし。
当然、そんなふざけた言い訳が通用するはずもなく……。
「「「ふざけんなっ!! このバカ野郎っ!!」」」
一斉に発射されたその罵声を皮切りに、チームクルーたちは「私が同じことされたら、トラウマになりそう……」と思ってしまうくらいの大目玉をシャフイザに食らわせ続けた。
でも、発する言葉は容赦ないが、チームクルーたちの雰囲気はそこまで殺伐としたものではない。むしろ、どこか陽気ささえ感じられる。
そう。みんな、シャフイザのイージーミスを責めているが、同時に喜んでもいるのだ。
先程行われたフリー走行・2回目でシャフイザが行ったロングラン・ペースは、レ・ジュール勢のそれから1Lapコンマ3秒しか遅れていなかった。
勝っているわけではないので、手放しで喜べる結果ではない。
しかし、去年の開幕戦でレ・ジュールのロングラン・ペースから1Lp1秒近く遅れていたことを考えれば、これは大きな進化。王者争いの始まりとしては、歓迎すべき結果だ。
そして、この進歩に対するシャフイザの貢献が、どれだけ大きいものか。チームクルーのみんなはよくわかっている。
だから、この程度のミスなら許容範囲。
「アンタっ!! レース本番で失敗ったら、パドック中裸で引きずり回してスタートシグナルに逆さづりにするからね! 覚悟しときなよ!」
メチャクチャ言われてるけど、きっとそうなんだ。
……たぶん。
* * *
セッション終了後のルーティン作業が始まり、シャフイザを囲んでいた輪も薄くなり始めた。
でも、メーメディーを中心にまだお説教は続いているようで。ドスの効いた声と、シャフイザの「ひぃ~~」という情けない悲鳴がまだ聞こえてくる。
その様子をピットの反対側のエリアから遠巻きに見ていた夢兎は、ふいに目を大きくして頭を横に振った。
(向こうの心配をしている場合じゃない……)
右手で左手の手首の辺りをぎゅっとつねって、頭の中をリセット。
夢兎はピットの中央、走行データを分析するための作業モニターが並んでいるワークテーブルの前に立った。
走行データのメニューからポイントと感じたLapを抜き出し、「タイヤの温度、内圧、トレッド表面の状態変化、荷重、車速、エンジン回転数」といった主要な数値に目を通し、走行中、何時、どこで、どれくらいタイヤを滑らせてしまっていたかを確認する。
そうして、最初に頭に思い浮かんだ言葉は。
(……ダメだ。マシンをコース上に留めるのが精一杯で、タイヤの管理がまるでできてない……)
プレシーズンテストの時と、ほぼ変わらない感想だった。
このフリー走行中に少しでも状況を改善できればと思い、自分なりにいろいろと手は尽したのだが……。
やはり多少のアプローチ変化では、どうにもできなかった。
「おう、芝刈り女。始めるぞ」
変わらないと言えば、この人も相変わらずだ。
PU担当のエンジニアとの打ち合わせを終えたジャンが、雑に言葉を投げつけ、小馬鹿にしたような笑みを向けてきた。
「……どういう意味ですか?」
「ハッ、どういう意味もこういう意味もあるかよ! あっちこっちで飛び出して、コース外の芝ばかり刈ってきやがって。おかげで、ロングランのデータがまるで使いもんになりゃしねぇ」
「くっ……!」
ジャンは不機嫌そうにぼやくと、夢兎からPCのマウスをぶんどり、走行データの分析作業を始めた。
コンビを組始めてからすでに一ヶ月以上経ったが、ジャンのスパルタ指導は止まることを知らず。
隙あらば、ダメ出しが飛んでくる。
「チッ! あれだけ〝マシンが安定してパフォーマンスを発揮する領域〟で走り続けるな言ったのに……。また同じような走りしやがってっ!」
「ッ! でも、このサーキットはランオフエリアが狭いですし。ローダウンフォース仕様のマシンで最初から攻めするのはリスクが高――」
「『でも』も『リスク』もあるかっ!! おめぇが相手にしてる連中はそれをやらなくちゃ戦えねぇ連中だっつってんだろう!!」
目をカッと見開き、耳朶を打つような怒鳴り声を上げると。
ジャンは被っているハウッチングの唾を上げて続けた。
「おめぇがこれまで所属してきたチームの連中は、壬吹のお嬢さまってことでやりたいようにやらせていたようだがな、俺は絶対にんなことはしねぇからな! おめぇが、〝マシンが安定してパフォーマンスを発揮する領域〟を越えて、〝マシンの限界値〟を意識した走りを常にできるようになるまで、俺はおめぇをVeloドライバーとは認めねぇっ! おめぇの要求も、一切受けつけねぇ!」
「クッ……」
「……ったく、何が『リスクが高い』だ。んなことほざいてるヒマがあるなら、おめぇのハイグリップなタイヤとハイダウンフォースなセッティングがなきゃ何もできねぇクソみてぇなドライビングスタイルを改善して、このローダウンフォース仕様のマシンに適応することを考えろってんだ! わかったかっ!」
自分の主張を一蹴され、なおかつ痛烈なダメ出しまで食らわされた。
ジャンはいちいち口が悪いので、面と向かって話しているとどんどんイライラしてしまって、すぐにその言葉を飲み込むことができない。
……でも、少し時間をおいて冷静に考えれば。
(ジャンさんは間違った指摘はしていない……)
と気づく。
(ジャンさんの言うとおり、今まで私が所属してきたチームは、どのチームも壬吹と縁のあるチームばかりで、かなり気を遣われていた。
それはマシンセッティングの面でも同じで。全てのチームが、「私に要求されたこと、私が不満に感じたことは絶対に修正する」というスタンスを取っていた。
だから私はその状況に甘えて、ドライビングミスを冒すリスクを怖れて、〝マシンの限界値〟を本当に追及するレースができていなかった……。
「結果重視」という言葉を利用して、自分の課題から逃げ続けていたんだ。
……情けない。我ながら、本当に情けない話だ)
「――ぼ~っとしてんじゃねぇ。おめぇ、俺の話聞いてんのかっ?」
「聞いています! 少し考え事してただけです」
「何が考え事だ……。どうせ愛しのダウンフォースくんを増やすにはどうすればいいのかしら~~? とかくだらねぇこと考えてたんだろう?」
「考えていません! 話を戻して下さい!」
ラフな英語ばかり使って、人を煽るようなことばかり言ってきて、一緒にいるだけで本当にイライラさせられる人だ。
しかし。
「決勝仕様も良くねえが、予選仕様はもっと良くねえ。下のカテゴリーは、一度タイヤを性能作動温度領域に入れちまえば5Lap程度タイムアタックできるが、Veloで使ってるハイパフォーマンス・レーシングタイヤは、1Lapギリギリしか保たねえ。だから、ウォームアップは抑え気味にいかなくちゃなんねえっては分ってるみたいだが……オメエのはやり過ぎだ。ウォームアップのシークエンスを見直すぞ」
「わかりました」
一緒に仕事し始めた頃は、何故シャフイザがこの人を推薦してきたのかさっぱりわからなかった。
でも今はもう、そんなことは微塵も思わない。
「タイムアタックの最後の区間で、左のフロントがタレちまってるな……。マシンバランスが気にいらねぇからって、|このコースで負荷のかかる側のタイヤに頼り過ぎなんだよ。アタック中のグリップ配分も再考するぞ」
「はい」
ジャンの考える方向性は、間違いなく正しい。
(ジャンさんから指摘されることを直していけば、きっと速くなれる)
そう思える感覚――〝自分に足りていなかった何かが、埋まっていきそうな感覚〟を感じるのだ。
(このまま進んでいけば、きっと――)
夢兎はジャンの目つきの悪い小さな瞳から、フリー走行の結果表に目を移すと。
目標であるレ・ジュールの二大王者と……当面のライバル。セカンドグループのトップを争う、AOIのメイ・シャオシンの名前を見つめた。
(……戦えるはずだ。私だって)
そう胸の奥でつぶやいて気を入れ直すと。
夢兔はこの開幕戦でのパフォーマンスを少しでも改善するべく、ジャンとのミーティングに集中していった。
ドマイナージャンル&低ポイントの拙作をここまでお読みいただきまして、ありがとうございます!
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