2027 Velo Trophy 開幕戦・オーストラリアGP!
●「前回のあらすじ」
夢兎は新たに就任した担当エンジニア・ジャンとマシンセッティングの方向性で対立。自身の主張を貫いて、イベントレースに出場した。
しかし、結果は惨敗。実力不足を痛感した夢兎は、ジャンの意見を受け入れて再出発することを決めた。
一方、チームの「Velo撤退」を絶対に阻止すべく、シャフイザは開幕戦に向けて気を高めていた。
三月。
Velo Trophyの開幕戦を二週間後に控え、多忙を極める中。
シェッフェル・エッフェルのチーム代表・美雲しおりは、壬吹技総本社の取締役会に出席するために日本へ帰国していた。
役員フロアにある会議室。
その中央にあるオーバル形の会議テーブルを囲んだ取締役たちの後方、壁際に設けられた次長・課長席の一つに腰掛けたしおりは、目の前の役員席に座っているMS部門統括本部長・壬吹英二の背中をじっと見つめながら、静かに開会の時を待っていた。
定時。
代表取締社長の渡士が側近を連れて入室すると、室内のざわめきはぴたりと止み、取締役会が幕を開けた。
予め決められていた議事進行に従い、会が進んでいく。
一昨年に販売を開始した、中国、インド市場に向けたアジア戦略車。そして、去年発売した、北米向けSUVのフルモデルチェンジ車が、共に販売見通しを割り込み、下方修正を行う議事を皮切りに。
自動運転技術・研究計画の見直し、一部工場の生産調整、子会社の統廃合、役員報酬の減額延長……と、経営再建中の会社らしい、やや後ろ向きなな言葉が並ぶ議事が次々と、検討、承認されていく。
そして。
「では、次。Velo Trophy活動の春期報告です。シェッフェル・エッフェル 美雲チーム代表。よろしくお願いします」
会進行役に呼ばれ、席を立つ。
MS部門内の発表・報告は、統括本部長である英二の領分だが、Veloは規模が大きく、専門性も高いことからチーム代表であるしおりが報告・発表を行うことが定例化している。
「2026年シーズンの成績不振によるスポンサーフィーの減額により、2027年前期は損失増加に至る見通しです。ですが、新しく加入した女性ドライバー、壬吹・ハーグリーブス・夢兎の営業効果により、既に大手スポンサー二社との契約に至り、他社とも大口の契約交渉を進めています。通期では、前年費損失額を横ばいに、収入額は増加を予測し、来年は更に財務状況を改善できる推移を見ています」
チームの、今季の展望と財務状況を簡単に説明していく。
これは形式的なものであり、これまで一度も質疑応答は受けたことがなかった。
しかし。
「今の美雲代表の発表は、どうなのでしょうか? 財務状況の報告はよいとして、王者獲得を目指すという発言には、正直私は疑問を感じてしまいますね」
報告が終わると同時に、そう言って疑問を投げかけてきたのは。
専務取締役の真崎だった。
真崎は取締役員の中でも英二に次ぐ知Velo家であり、Velo撤退派の中心人物だ。
だが、こうして公の席で意見をぶつけられるのは初めてのことで。しおりはやや戸惑った。
「昨シーズン、坂を転げ落ちるように惨敗を続けたチームが、そんな簡単に巻き返せるほどVelo Trophyは甘いものなのでしょうか? それでしたら何故、二十年以上も王者から遠ざかっているのか。説明して頂きたいものです」
会長や株主たちの覚えがめでたく、次期社長候補筆頭と噂される五十代の役員が発言を続けると、会議室の空気は一気に張り詰め出した。
このまま何も言わずには切り抜けられそうにない。そんな雰囲気だ。
しかし、取締役会におけるしおりの立場は子会社の社長のようなものであり、当然自由に発言する資格はない。
しおりは、対応の是非探るように責任者の英二を窺う。
……反応無し。それを無言のグリーンランプと受け取ったしおりは、一つ息をつくと反論を立てた。
「昨年のシェッフェル・エッフェルの戦績が、みなさんのご期待を裏切る形になってしまったことは認めます。しかし、私たちは無策で敗れたのではありません。例年よりも早い時期にチームのリソースを新型の開発へと回し、パフォーマンス不足に陥った原因を徹底的に究明すると共に、マシンデザインの改善にも取り組んできました」
そこまで言うと、しおりは会議室の一同を見回し。
「2027年シーズンを戦う新型――――『RS4/28』は、これまでのモデルとは大きな違いを持ったマシンです。その戦闘力の高さは、合同テストでも確認済みです。先に述べた新規スポンサーとの契約がまとまれば、例年のようにレ・ジュールのマシン開発力に着いていけずシーズン後半で失速する、という展開も避けられるでしょう」
激しい口調ではないが、澄んだ声でハッキリと、自信ある言葉を真崎に返す。
しかし、真崎は肩をすくめてその言葉をやりすごすと。
「多少資金繰りが良くなったところで、ここ数年続いた人材の流出、最新設備に対する投資不足は補えないでしょう。衰退局面に入っているようなチームが、Velo史上ナンバー1との呼び声も高い《王者》レ・ジュールを倒せると考えるのは、無理があるのではないですか?」
その言葉に対してしおりは、チームの核であるデザイナーチームからの流出は防いでいたので、競争力の高いなマシンを生み出す環境に傷はついていないと主張。
だが真崎はそれでも引かず。チームの高齢化を指摘し、「チームは衰退局面にある」と言って譲らない。
「私からもひとこと言わせてもらいたい」
平行線のまま真崎との問答が終わると、今度はアジア方面を担当する第二営業部長の荒城からも、Velo活動に対する疑問をぶつけられた。
「シャフイザ・クライが、レ・ジュールに対抗できる〝並外れて優秀な存在〟であることは認める。しかし、彼は中東の小国の人間だ。差別するつもりはないが、第二営業部の試算では王者獲得がなっても自動車販売数への貢献は微々たるものであるという予測が出ている。……勝てるかどうかわからない上に、もし勝てたとしても本業への貢献は幾ばくも期待できない。この状況下で、そんな活動に大金を突っ込んでよいのかと、疑問を感じずにはいられないのだが」
「即時的な営業効果という点は、セカンドドライバーに話題性の高い壬吹を起用したことにより補完できたと、私は考えています。現実として、昨年の表彰台獲得だけでも営業面で相当な効果があったと聞いていますが」
「それは、国内販売数に限っての話だろう。Velo活動は国際的であるのだから、我々が最重要視している、アジア、北米方面でのマーケティングもしっかり考えてもらわなくては困る。我々の喫緊の問題は、まさにそこにあるのだからな」
荒城の棘のある言葉に、しおりは内心でため息をついた。
壬吹本社が、中国・インドを中心としたアジア方面と、元々得意としている北米市場の戦略を強化していることは、無論理解している。
しかし。この二つの市場は言わずもがな、世界でもっとも競争の激しい市場だ。一つの出来事で数字が好転するような市場では決してない。
担当責任者なのだから、そのことは十分わかっているはずだ。それなのに、この言い様とは……。
荒城の親玉である真崎をチラリと見やる。
真崎が率いる「壬吹・革新派」は、以前からVelo活動に批判的だが、それは今彼らが述べた「シェッフェルの戦力低下や、コマーシャル効果の減少」によるものではない。
その根本にあるのは、この創業以来最悪の苦境を脱するために、彼ら「革新派」が提案している計画。
世界第四位の米国の自動車メーカー『ユニバース・モーターズ』と資本提携を含む連合関係を締結するための条件の一つに、「シェッフェル・エッフェルの譲渡」を要求されているからだ。
ユニバース・モーターズは、傘下のスポーツブランドである「ピースアトリー」のブランド力を強化するために、この条件は絶対に譲れないとしているらしく。真崎はこの交渉をまとめるために、「壬吹からシェッフェルを切り離す工作」を水面下で根回しし続けている。
これに対して。
創業者閥を中心とする「壬吹・保守リベラル派」は、これまで続けて来た改革――自前主義を崩し、巨額な費用が必要なEV車、自動運転、AIなどの次世代技術開発を他社との共同研究・開発することで社内リソースを改善し、この苦境を脱する方針を掲げている。
ユニバース・モーターズ社の締結条件には「壬吹社員の大規模な人員整理」も含まれており、これに対しても彼らは強く反発している。
今がつらくとも、企業統治は維持しようという考えだ。当然、「社業」と言えるVelo活動も継続する方向だと聞いている。
しかし。
会長や株主たちの支持を背景に、真崎は「保守リベラル派」を徐々に切り崩している。
取締役会でここまで派手に攻勢をかけてきたということは、派閥間のパワーバランスはこちらが思っている以上に「革新派」へと傾いてしまっているのだろう。
「美雲チーム代表は、先程からしきりに壬吹お嬢さんの可能性について触れていますが、私は彼女が去年の最終戦のような結果を出し続けられるとは思えません。それは、先月中国で行われたイベントレースにも現われていた。エースのシャフイザ・クライに特化したマシンを、人工AIのサポートなしで彼女がすぐに乗りこなせるようになるのは不可能でしょう。私も壬吹の人間として彼女が成功することを祈ってはいますが……日本人ドライバーは40年近くVeloに挑戦し続けているが、誰一人として勝ったことがない……その事実を忘れてはいけません」
荒城の難癖――そう言って過言ないくらい、彼の主張は強引で。こちらの話も全く聞いてはくれなかった――が終わると、真崎も日本人ドライバーの可能性に対する批評を展開した。
彼らの言葉に嘘はない。
だが、現場で戦っている自分たちが、「日本人ドライバーはVeloで勝てない」という考えを受け入れてしまったら終わりだ。
「現在のVeloは、ウォルフガング・エッフェンミュラー、ユイ・キルヒネン、そして我がチームのエース、シャフイザ・クライの《三強》の実力が突出しています。しかし、他は横一線。ルーキーの彼女でも、良いマシンを与えればレースで勝つことも可能であると、私たちは考えています」
だからこそ、しおりは語気を強めてハッキリと答えた。
「フフッ。それは貴女の小説ですね。現実的な考えとは、私には思えない。現にVeloのパドックでは、すでに『壬吹がデビュー戦で表彰台を獲得できたのは、運だ』と揶揄されているそうじゃないですか」
だが、真崎はその程度で動じるようなタマではない。
余裕綽々の表情でしおりの言葉を受けると、知Velo撤退強硬派らしく、Velo活動のデメリットを論っていく。
そして。
「壬吹の歴史を紐解けば、Velo活動で得られたブランドイメージの向上が、どれだけ本業に好影響を与えたかは論を待ちません。しかし、何事にも〝役目の終焉〟というものがある。創業以来の危機に見舞われている我が社に、Velo活動を維持し続けることが本当に必要なのか? 維持したとして、その将来に何があるのか? 我々はその課題に対して、真剣に向き合う時が来たのではないかと考えてます。皆様には、そのことをしかにご承知おいて頂きたい」
場を締める言葉を発し、この論戦を一方的に終了させた。
ここは、Velo活動だけを論じるだけの会議ではない。定例の取締役会だ。
この後も検討・承認すべき議事は残っている。
言われっぱなしのまま終わるのは癪だが、これ以上続ければ、保守リベラル派の役員たちも口を出して場が大荒れになるのは間違いない。
役員テーブルに座る面々を見てそう判断したしおりは、短く息を着くと静かに着席した。
「……ごぉほん」
会議室の空気を入れ替えるように、社長の渡士が一つ咳払いを入れる。
そうして、言葉を探すように宙に視線を泳がせると、繕うような笑みを浮かべて言った。
「美雲代表の主張したとおり、壬吹お嬢さんの活躍は大衆の関心を引き、Velo活動はV字回復の兆しを見せている。20数年遠ざかっている世界王者獲得も夢ではないと私も思う。壬吹の象徴とも言える活動が、元気を取り戻したのは素直に喜ばしいことだ」
渡士は美雲を見やりながら、そう言うと。
続けて。
「しかし、真崎専務の意見ももっともなことだ。ここ数年、我々は業績を改善するために様々な革新的決断を下してきたが、今日の議事内容のとおり、まだ浮上するきっかけすら掴めていない。壬吹が再び日本のリーディングカンパニーの地位に返り咲くためには、聖域なき改革の断行も考えていかなくてはならない」
真崎へそう言った。
どっちつかずの発言だが、「革新派」でも「リベラル保守派」でもない「調停役」の立場にいる渡士としては、どちらかに肩入れするような発言はできないのだろう。
しかし、渡士はこの件をここで終わらせることはしなかった。
「皆も知ってのとおり、米国・ユニバース社との交渉は『可能な限り前倒しして答えを出すように』と方々から求められている。我々の間で意見が割れている「Velo活動の早期譲渡」に関する議論も、そろそろ結論を出さなくてはいけない時だ。……壬吹MS統括本部長」
「はっ」
「私はVelo活動に関する問題を、できるだけ皆が納得できる形で決したいと考えている。そのために、MS部門内にある『Velo Trophy活動調査委員会』を取締役会付けの委員会に昇格させ、他部署を含めた横断的な調査ができるようにしたいと考えているのだが……どうだろうか?」
「異存ございません」
社長の提案に、英二が恭しく頷く。
だがそこで。ブランドマネージメント部門の部長を含めた、保守リベラル派の役員たちが「それでは公平な議論になりません!」と抗議の声を上げた。
英二は革新派と距離を置いていはいるが、Velo活動問題に対しては「撤退方針でいく」と明言している。
その彼が率いる組織が議論の土台を作れば、おのずとその方向性は「Velo撤退」に傾いてしまう。
それが分かっているからこそ、保守リベラル派の人々は社長に対しても遠慮せずに抗議をぶつけた。だが、革新派が多数を占める役員会では対しきれず。
結局、社長の提案は賛成多数で決議された。
「様々な意見があるのは承知しているが、壬吹の今後を占う重要な課題だ。六月の株主総会では、他社との提携に関して社内で本格的な議論に入ったことを発表するつもりだ。そして、今年度いっぱいには、この件に関して最終報告を行いたいというのが私の考えだ。期間は短いが、各部署ともそれまでに内外を納得できる決断を下せるように、全力で準備に当たって欲しい」
社長が毅然とした態度でそう告げると。
革新派は一様にニヤリと笑い、保守リベラル派は大きくため息をついた。
しおりが視線を落とし、太腿に置いた拳をぎゅっと握る。
(ユニバースから要求されている以上、「革新派」は何が何でも「Velo撤退」に持っていくつもりだろう。
彼らは、元々多額の出資が必要なVeloからの「撤退」を目指していた派閥の集まりだ。「Velo売却、不可」の線で、ユニバースと交渉する気はさらさらないだろう。
これからも、色々と仕掛けてくるに違いない。それを躱して、なんとか「Velo維持」に持っていくには……)
「……世界王者獲得が最低条件、か」
シェッフェル・エッフェルの上を覆いはじめた暗い雲を見つめるように、会議室の天井を見上げてると。
しおりは「Velo維持」に持っていくための政治的な道筋について、考えを巡らせた。
ドマイナージャンル&低ポイントの拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます!
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