ルーキーの試練 8
●「前回のあらすじ」
11Lap目。久湊のミスによって、夢兎はようやく彼の前に出た。しかし時すでに遅く、レースの趨勢は決まっていた。
「シャフイザ&シェステナーゼのサポートなしの夢兎は、こんなもの」。
厳しい現実を見たシャフイザは、己の指導方法を反省しつつ夢兎のこれからを案じる。
そんなシャフイザを一喝したジャンは、辛辣な言葉を並べつつも、夢兎の育成プランを模索し始めていた。
西の空にかろうじて残っていた夕陽も、もうほとんど見えなくなってしまった。
黄昏時から夜空へ。各チームのピットガレージもほとんど店終され、清掃員たちも引き上げ始めている。
ここに残っているのも、そろそろ限界だろう。
ここで考えていてもしょうがない。
こういう時はさっさとホテルに帰って、シャワーを浴びて、頭の中を切り替えて明日のスケジュールに備えて早く眠ってしまうのが一番。
そうわかっている。わかってはいるんだけど……。
でもどうしても、気持ちが切り替えられなくて……。
「はあ……」
イベントレース中の人入りが嘘のように静まり返ったグランドスタンド。
その端の一席に、打ちひしがれた様子でちょこんと腰掛けていた夢兎は、ここに来て何度目とつかないため息をついた。
そうして、夜の帳が下がり始めた遠くの空を見つめると、レース後の出来事を思い出した。
* * *
「おおぉ~~ご苦労さんっ! 立派な啖呵切っただけあって、ファンタスティックなレースだったなぁ。俺もVeloで何千とレースを見て来たが、今日みてぇなレースは見たことも聞いたこともねぇよ。おっ魂消たぜっ!」
「ぐっ……!」
レース後。
悔しさいっぱいの表情でチームのモーターホームに戻ると、待ち構えていたジャンが、喜色満面で皮肉を投げつけてきた。
これでもかとバカにしたような笑みに腹が立つ。
しかし。
Velo Trophy Thanks festival event Race ――決勝5位
ハイダウンフォース仕様のセッティングが裏目に出て、追い抜きが全く決められず、後半にはタイヤを使い切ってペースダウン。目標にしていた2位からは15秒遅れ。
「レ・ジュールの後ろで完走する」という賭けだったにもかかわらず、文字通り賭けにもならない結果に終わったのだから、反論のしようもない。
「でっ、おめえは俺に対して何か言うことがあるんじゃねぇか?」
唇を噛んだまま黙っていると、おどけた調子でジャンが言葉を足してくる。
「……賭けは……たしの……負けです」
悔しいけれど、この結果だ。潔く負けを認めるしかない。
逆に、ここで何か余計なことを言おうものなら「この期に及んでまだ言い訳かよ? オイ!」と煽ってくるに違いないし。この場を早く収めるには、これが一番のはず。
と、そう思っていたのだけれど。
「ア゛ッ?? 聞っこえねぇな? 俺はもう耳が遠いんだ。もっとデカイ声で言ってくれよ」
「クッ!! ……こ、この前の賭けは、私の……負けですっ!」
(悔しい、悔しい、悔しい――――!!!!)
目を伏せ、太腿の横にある両拳をぎゅっと握り締め、行き場のない荒れた感情をぐっと飲み込む。
その様子をなぶるように観賞したジャンは、肩を震わせてくくっと笑うと。
「ハッ! 一丁前に悔しそうな顔しやがって。しかし、大口叩いてたわりには策のねぇお粗末なレースだったな。ええ、オイ?」
手近にあった椅子に腰掛け、今日のレースを酷評し始めた。
「いくら安定性が低いとはいえ、ローダウンフォース・セッティングを前提に設計されたウチのクルマに、あんなモリモリにダウンフォースを増っちまったらレースになるわけがねぇだろうが、バカがっ」
敗因はそのとおりだ。
一緒にセットアップを手伝ってくれたパフォーマンスエンジニアからも、「このセッティングだと、バトルの時は相当厳しくなるぞ」と指摘を受けていた。
でも、冬からやってきたセッティングもこの方向性だったし。
このレベルのハイダウンフォース・セッティングでなければ、自分にはこのマシンは操れない。自信を持って攻められないのだ。
そのことを素直に話すと、ジャンは。
「カッ! 三流ドライバーの典型的ないい訳だな! 速いマシンに甘え続け、マシンの〝限界値〟を追求する意識が低いドライバーは、ちっとでもマシンバランスに不安を感じるとすぐにマシンの〝限界値〟から逃げちまう。そして、〝安定してパフォーマンスを発揮してくれる領域〟でしかマシンを走らせようとしなくなるんだ。そんな低い次元のドライビングをいくら続けても、表彰台の天辺は見えてこねぇんだよっ!」
こちらの言葉を一切受け付けず、逆に痛烈にこき下ろし。
そして。
「いいか? 『安定してる』ってのはいい意味で使われやすいが、ことVeloのトップレベルじゃそうじゃねぇんだ」
「……それは、どういう……?」
「わからねえか? 安定してるってのは、〝《《変えづれえ》》〟ってことでもあんだよ」
「――――ッ!!」
「〝マシンが安定してパフォーマンスを発揮してくれる領域〟……。その領域でドライバーがずっと走ってちゃあ、エンジニアやチームはマシンの改善点が掴めねえ。マシンパフォーマンスを上げるには、ドライバーがマシンの限界値に近いところまで攻め込み、そして、そこで足りないものをチームやエンジニアに伝えて、開発・改善する……。そのプロセスがあって始めて、マシンパフォーマンスってのは上がってくんだ」
非難する根拠とも言うべき考え方を、打つけてきた。
マシンが安定してパフォーマンスを発揮する速さ――マシンなりのパフォーマンスで満足していたこと。
マシンの限界値を追求できていなかったこと。
長年、自分の課題と自覚しながらも、真剣に向き合ってこなかった問題。
そのことを真正面から突きつけられ、本当の意味で「自分は間違っていた」、「この人の方が正しい」ということを自覚した。
いや、自覚させられた……。
「……フンッ」
こちらが完全に屈服したことを察したジャンは、再び鼻を鳴らすと。
続けて、ブレーキングテクニックや、タイヤの使い方、エネルギーマネージメントに関するダメ出しを巻き舌の早口でまとめてダメ出し。
そして、最後に。
「これでわかったか? 去年、おめえがデビュー戦で表彰台を獲ったのは完全に〝運〟だ。おめえの実力なんざ、こんなもんだ」
プライドを、両手で引き裂くようにそう言い切った。
「くっ……!」
英二以外で、ここまで容赦のない言葉をぶつけられたのは始めてだ。
悔しさ、不甲斐なさ、自分に対する怒り……それらの感情が身体の内側で台風のように荒れ狂い、激しく心が揺れる。
悔し涙が、こみ上げてきた。
でも。
(こんなところで泣いたら、「所詮女か……」と更に見下されるだけだ! 自分で望んでここに来たんだ、泣くもんか!)
ギリギリのところでそう自分に渇を入れて耐えると、荒れていた心を整理して強引に話を進めた。
「ジャンさんは、『俺が賭けに勝ったら、おまえの身柄は俺のものだ』と言っていました。……これからは、あのテストで使用したセッティングをベースにして進めていくのでしょうか?」
気持ちは落ち着けたけれど、頭が回らなくて当たり前のことを聞いてしまった。
また口汚く何か言われそう。でも、もう何を言われても受け止められる。大丈夫。どんと来い。
強気に構えて、そんな風にジャンの返しを待っていたのだが。
「それは、おめえ次第だ」
「……え?」
思いがけない答えに、不可解な表情でジャンを見つめる。
しかし、ジャンは居に返すこともなく夢兎の視線を受け流すと、ガラス張りの窓の向こう側へ視線を移し、自らの言葉を補った。
「今のレ・ジュールは、歴代のチャンピオンチームの中でも屈指の存在だ。特に、《合理主義者》のウォルフガング・エッフェンミュラーと、《創造芸術家》のユイ・キルヒネン……。タイプの異なる二人の複数回王者を揃えたドライバーズラインナップは歴代最強といっていいほどの戦力だ。そんなレジェンドクラスのチームに、『撤退』の二文字がちらついてる貧乏チームのウチが勝つには、〝伸るか反るかの精神〟で行くするしかねぇ」
そこまで言うと、ジャンの視線が帰ってきた。
そうして、厳しい表情でこちらを見据えると。
「それはチームやシャフイザだけじゃねぇ……当然、セカンドのおめえもだ」
鋭利なナイフを胸にすっと刺すように、静かに、だがきっぱりとそう言った。
ジャンの言葉に気圧されて、ごくりと喉を鳴らす。
勘気を放って怒鳴り散らしている時よりも、今のように静かに語りかけてくる時の方が、この人は怖いのかもしれない。
一瞬、そんな関係のないことが頭を過ぎったが、すぐに頭を話に戻した。
「以前、おめえにやらせたセッティングは、競争力が高いでありながら、おめえみてぇなドライビングの幅が狭い下手クソでも辛うじて扱える代物だ。逆に、あれをものにしなけりゃ、おめえは役立たずのままだ。チームやシャフイザの助けには100%なれねぇ」
「んん……」
「余計なことを考えるヒマはもうねぇからな。おめえは、今、目の前にある可能性に全力をつぎ込むことだけ考えろ。いいな?」
ぐうの音もでないほどの正論をぶつけられて、項垂れるように顔を下げて目をぎゅっと瞑る。
確かにこのままでは、序盤戦は自分の走りを模索した状態のままで終わってしまうだろう。
いや、もしかしたら終盤戦までそんな状態が続いてしまうかもしれない。そうなれば当然、チームやシャフイザのアシストをすることなんて到底できやしない。
それでもし、撤退なんてことになったら……。
何のためにここまでレースをしてきたのかわからない。
「……それは嫌か?」
一間置くと。こちらの心の中を覗き見ていたかのように、ジャンが訊いてくる。
そして。
「んだったら、安全圏から一歩も出ねぇ教科書スタイルのドラビングスタイルはここで捨てていけっ! 安全圏を突破して、今おめえが不可能だと思うことを可能にしてみせろ! そしたら、俺の身柄はおめえのもんだ。土下座、裸踊り、腹切り……何でもやってやる!」
唾を飛ばし語気を荒げてそう言うと、話は終わりだというように席を立ち。
「だが、自分の限界を突破しようって覚悟がねぇってんなら、おめえがここでできることは何一つねぇ。まだ『あれは無理。もっと操りやすいマシンじゃなきゃ戦えない』なんて低次元な考えに縛られてんなら、とっと荷物まとめて日本に帰れ。目障りだからな。……俺からはそれだけだ。あとは、おめえが決めろ」
最後に目の前に来て、挑発的に指を突き出しながらそう言うと。
ジャンは、モーターホームの奥へと消えて行った。
* * *
「……はあ」
ジャンとの会話を思い出し終わると、思わずため息がでた。
一人でこの問題を考えていると、重苦しい気分に押し潰されてしまいそうになる。
でも、どんなに苦しくても、逃げることなんてできないから。
気力を振り絞って、顔を上げて考える。
(私は、デビュー戦で成功したことに浮かれて自分の実力を見誤っていた。シャフイザさんやシェステナーゼのサポートがなくても、なんとかなるんじゃないかって、慢心していたんだ……。今の私じゃ、チームやシャフイザさんを助けることなんて到底できない。もっと速く、上手く、強くならないと……。そのためには――)
そこで、意識を内側から外側へ向けた夢兎は、私物のメッセンジャーバッグから小型のタブレットPCを取り出し、ジャンが提案してきたセッティングデータを開いた。
「……何度見ても、普通じゃない」
改めて見直してみても、自分が扱えるセッティングだとは思えない。
シャフイザやユイのような「人並外れた資質」な人たちしか扱えない代物……とまでは言わないが。少なくとも、ルーキーが使うような代物ではない。
あんな横暴な人のアイデアに乗るなんて、という気持ちも当然ある。
でも。
でも、このまま終わるのは――
「絶対にイヤだ……!」
熱のこもった声でつぶやくと、空を見上げた。
シャフイザやチームの面々を筆頭に、ここまでのキャリアでお世話になった人たちの顔を夜空に思い浮かべる。
お金、時間、技術、夢……。自分はこれまで色々な人たちに、普通の人生では決して得られない様々なものを与えてもらい、そして、託されてきた。
だから。
その人たちを失望させるようなレースは、絶対にしたくない。
「私のレースは、私だけのレースじゃない……私には、みんなが望む結果を出す責任がある……!」
その結果を出すためには。
「……やるしかない」
心に刻まれた自分の信念とも言うべき言葉を口にすると、目を瞑って大きく深呼吸。
そうしてタブレットPCの画面に視線を向け、もう一度ジャンのセッティングデータを見直し始めた。
今度は、「自分には無理だ……」という気持ちではなく。
「なんとかしよう」という、その一心で。
* * *
「……ん、大丈夫そうだな。帰りは広報の人たちが送ってくれるみたいだし。引き上げるべ」
そう言って覗いていたミニ双眼鏡から顔を離すと、シャフイザは窓際から移動し出口へと向かい始めた。
ジャンとの賭けに負けて落ち込んでいた夢兎が気になり、グラウンドスタンドの向かいにあるピットビルの一室からバレないようにチラッチラッと監視を続けていたのだが。
吹っ切れたのか、急に表情がよくなった。
あれならばもう心配はいらないだろう、とそう思って帰路に着こうとしたのだが。
「本当ニ大丈夫ダロウカ?」
胸にぶら下げた携帯から、夢兎を気遣う音声が聞こえてきた。
「夢兎ガVeloノ上位集団ト戦ッテ行クニハ、現状デハ力不足トイウコトハ理解シテイル。シカシ……」
「しかし?」
「ミスターシモンズガ、彼女ニ要求シテイル|performance levelハアマリニモ高スギル。シェッフェルノ窮状ヲ考慮シテノ判断ナノハ理解スルガ、彼女ハマダrookieダ。適切ナstepヲ踏ムベキダト、私ハ思ウノダガ」
今回の件で、シェステナーゼも夢兎からいろいろと相談を受けていたようでかなり気を揉んでいるようだ。
出会った頃は、「よくできているけど、やっぱりAIだな」という場面がいくつか見られたが、最近は全くそう思うことがない。
特に、こういう「人に寄り添う感情」は、アップデートされる度にどんどん改善されていっているので、感心させられる。
「シャフイザ、ドウシタ?」
「……いや、何でもない」
頭を振って、ふいに浮かんだ考えを流す。
「夢兎がVeloに来たら、フルタイムでサポートすることはできない。それは、もともと分かっていたことだし。もう任せちまったんだ。あとは、上手く転がることを祈って見守る他ねぇさ。それに」
斜め上の天井を見つめて、これまで見て来た夢兎の強がった顔をいくつか思い浮かべると。
「夢兎は俺以上の負けず嫌いだ。なあに、あいつなら今回も乗り越えてくるさ。きっとな」
口元に笑みを浮かべ、夢兎に対する信頼を口にした。
確かに、夢兎はまだプロのレーシングドライバーとしては未熟だ。
しかし。女性でありながら男社会のモータースポーツに身を投じ、ここまで勝ち抜いてきた根性は伊達ではない。
それは、一度は表彰台圏外に沈みながらも諦めずに逆転してみせた、去年の最終戦にも現われていた。
心残りはあるが、夢兎を次のステージに導くにはこれしかない。ジャンの指導を信じよう。
「だから、おまえも俺と同じように信じろ」と、シェステナーゼに言おうとしたのだが。
その前に、このポンコツは。
「先程マデ、夢兎ガ心配デ心配デタマラズ、変態stalkerノヨウニ覗キ見ヲシテイタ男ニソウ言ワレテモ、イマイチ不安ナノダガ……」
「うっさいわいっ!! ってか、『変態ストーカーのように』はやめろ」
「フッ。マア、君ハrace中以外ハ基本ボンクラダメ人間ダガ、夢兎ニ関スルコトダケハ別人ニ憑依サレタヨカノウニ真面目ニヤッテキタカラナ。ワカッタ。条件付キダガ、ココハ君ヲ信ジルコトニシヨウ」
「チッ、だから、余計なセリフをくっつけんなっつぅーのっ!」
ここ数週間。ずっと気がかりにしていたことが前に進んで気が楽になったのか、なんか急に元気が出てきた。
シェステナーゼもそれを察したのか、しばらく他愛のない軽口を飛ばし合う。
「シバラクノ間、夢兎ハ難シイ時間ヲ過ゴスコトニナリソウダナ」
「だな。もう腹は括っただろうが、ジャンおじの指導は容赦ねぇからな。技術的なサポートはできないが、愚痴だけは聞いてやらんとな」
「同意スル。……イヤ、付ケ加エテ言エバモウ一ツ」
「ん?」
「時々、君ガ夢兎ニ頼ンデイル〝social gameノガチャヲ代ワリニ引イテモラウ〟トイウ行為モ、当分慎ンダ方ガ賢明ダロウ。アンナ非生産的デ全ク無意味ナ行為ニ、今ノ夢兎ヲ付キ合ワセルベキデハナイ」
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ、シェステナーゼくん。そりゃダメだよ、ダメ……。俺のガチャの引きがウ●チなのは、おまえがよく知ってるだろ? 夢兎にお願いしなかったら、俺の安月給なんざすぐに溶けちゃうよ。……ダメダメダメダメダメダメ、それはもう別問題ですよ。ハイ」
「決定ダナ。美雲女史ニ同意ヲ得テ、後日、夢兎ニシャフイザノgameノ手伝イハシナイヨウニト連絡スルコトニシヨウ。天地神明ニ誓ッテ、コノ判断ハ正シイ」
「オマエ、勘弁してくれよ……。ソシャゲは、ストレス社会に生きる現代人の必須の精神浄化装置だぞ。そこでくらい、ノンストレスでいかせてくれよ。そんくらいは俺、頑張って働いてるよ?」
「……モウ、美雲女史カラ返事ガ来タ。全面的ニ私ノ判断ヲ支持シテクダサルソウダ。往生シロ、シャフイザ」
「早スギィッッ!! 言う前に連絡してやがったな、このポンコツゥ!!」
……だが。
リラックスした会話が続いたのはほんの数分だけだった。
会話が途切れ、浮ついた空気を押さえつけるような沈黙が降りてくると。
「……さて。とりあえず、夢兎のことは一区切りついたし。こっからは、俺らのことに集中しないとな」
シェッフェルの最速コンビは、意識を現実へと向けた。
シャフイザとシェステナーゼが立ち向かう現実。
それは――――「Velo Trophy World Championship」、悲願の初制覇を置いて他にない。
「昨 seasonハ、レ・ジュールノ独走ヲ許シタガ。王者争イニ見切リヲツケ、例年ヨリモ早イ時期カラ開発ヲstartシタコトガ功ヲ奏シ、新型ハpotentialノ高イmachineニ仕上ガッタ。レ・ジュールノ新型ハ侮レナイガ、昨seasonノヨウニ『gridニ着ク前カラ勝負ガ決マッテイル』トイウraceハ減ルハズダ」
シェステナーゼが新型の出来の良さを語ると、シャフイザは己の内面に新型の感触を思い浮かべた。
新型は素性が素直で、路面の状況を的確に情報を提供してくれるマシンだ。
次の挙動が予測しやすいから、ターンでも積極的に直線的なラインを実践できる。
セッティング変更にもシミュレーションどおりの反応を示してくれるし、Veloで使用しているМ社のタイヤとの相性もいい。
新型だけを考えれば、いい展望がある。
しかし、レースは競争力の高いマシンがあれば勝てるというほど甘くはない。
「間違イナク、新型ハpositiveダ。……シカシ、昨seasonノ不振ニヨッテ撤退問題ガ大キク取沙汰サレ、teamノ先行キニ不安ヲ持ッタstaffタチガ、コノ冬ニエンストーヲ去ッテイッタ。ソノ中ニハ、上級役職者ダッタ者タチモ何名カイタ。teamノ様々ナqualityニ問題ガ生ジルコトハ避ケラレナイダロウ。カトイッテ、teamノ現状ヲ考エルニ、ソノ穴ヲ補強スルノハ難シイ。ソノ点ヲ考慮スルト、アマリ言イタクハナイガ……」
「俺がシェッフェル・エッフェルで王者を獲るチャンスは、実質今年がラストってことか」
「……ソウ考エルベキダ」
今年がラストチャンス。
それは、自分も感じていたことだし。おそらく、他のチームスタッフたちも同じ認識だろう。
「ふぅ……」
一息つくと、視線を宙に上げ、チームと一緒に過ごしてきた日々を思い出す。
ファクトリーで育成ドライバー契約し、「将来、シェッフェルを王者に導くドライバーが来たぞ!」とみんなに歓迎してもらったこと。
デビュー戦でポールを獲り、チームのみんなにエースドライバーとして認められたこと。
デビュー二年目に様々な問題に襲われ、メンタルがおかしくなって問題行動を取りまくった自分を、見捨てずに再教育してくれたこと。
撤退の噂に不安を抱えながらも、「このチームを何とか残したい!」と結束し、資金力で圧倒的に勝るレ・ジュールに、チーム一丸となって戦い続けてきたこと。
そこまで思い出すと、顔を下げ自分の手のひらを見つめる。
そして。
――シェッフェルのマシンで、あんたが王者を獲るところ……見たかったね……。
ここまで自分を導いてくれた、前チームオーナーの夢兎の祖母の最後の言葉を思い出すと。
身体の芯が発火し、死んでも「王者を獲りたい」という気持ちが心の底から吹き上がってきた。
「シェステ」
「ン?」
「天辺獲んぞ。今年こそ、絶対に……」
覇気のこもった低い声でそう言い切ると、シャフイザは手のひらをきつく握り締め足を早めた。
烈しい熱気を背中から立ち上らせ、強靱な意志を宿した瞳で行き先を見据えるシャフイザ。
《宇宙大系最速の男》のモチベーションは、正に天を掴む勢いで、高まりに高まっていた。
ドマイナージャンル&低ポイントの拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます!
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