ルーキーの試練 3
●「前回のあらすじ」
開幕戦前の合同テストがスタートした。
新型マシンを走らせ、改めて「シャフイザ専用マシン」をドライブする難しさを痛感する夢兎。
新しい担当エンジニアが決まったが、その人物にも問題があり……夢兎は前途に不安を感じていた。
新型「RS4/28」の開発テストは大きなトラブルもなく順調に進み、夢兎も徐々に新型マシンに慣れ始めていたのだが……。
青天の霹靂は、急を押してやってきた。
2027 Velo Trophy World Championship 合同テスト2週目・初日。
早朝8時のコースオープンと同時に、それぞれのチームカラーを纏った車群が、朝日を照り返してコースへと向かっていく。
プレシーズンテストの日程も中盤に入り、各チームのテスト作業も本格化してきた。
ボディワークの再設計という最悪のリソースロスをさけるため、冷却系のテストを入念に行うチーム。
この冬に「CFD」――数値流体力学に基づいたコンピューターシミュレーション――を駆使して開発した空力パーツに対して使用距離を与え、パフォーマンスアップを追及するチーム。
PUの性能限界や優先すべき開発領域を見定めるため、エンジンやW.I.M.Sを壊れるほど追い込み、データの比較・検討を行うチーム。
そして。昨年の覇者「レ・ジュール」に至っては、早くも上記のステップを終え、二人の王者に合ったセットアップを煮詰める作業へと入っていっている。
シェッフェル・エッフェルも負けてはいられない。
いや、むしろ年間予算の差――最後までライバルたちとの開発競争を続けていくのが困難なことを考えると、シェッフェルはここでリードを奪うくらいの勢いが必要なのだ。
だからこそ、この開幕前のテストデーは、シェッフェルにとってシーズンを占う大事な時間。
王者争いに向けた、最初の山場を迎えていると言っても過言ではないのだ。
(そんな大事な時期なのに……)
夢兎はマシンスタートに向けて慌しく作業をするチームクルーたちを眺めながらそうつぶやくと、新型をしげしげと覗き込んでいる小太りの中年に目をやり。
(なんで、こんな「無駄としか思えないこと」を……)
ため息をついてピットの天井に視線を泳がせると、この状況に至った顛末を頭の中に思い浮かべた。
* * *
それは、テスト初日。
エンジニアたちとのデブリーフィングが終わった直後のことだった。
「失礼します。壬吹です」
「どうぞ。開いてるわ」
呼び出しを受け、チームのトランスポーターの二階にあるエンジニアオフィスへと向かうと。
夢兎は、オープンスペースの中で唯一仕切りのある一角へと入った。
「お疲れさま。明日もあるのに、呼びだててしまって悪いわね」
中で待っていたしおりが、ノートPCから視線を上げて、柔らかい表情で迎えてくれた。
「いえ、まだ初日ですから。大丈夫です」
「そう。で、初めての新型のシェイクダウンはどうだったかしら?」
「やはり、難しかったですね……。下のカテゴリーとはだいぶ勝手が違うので、正直着いていくのがやっとでした。新型はまだスペアパーツが揃っていないから絶対に壊せないと思って、慎重に行きすぎてしまいましたし。マシンフィーリングに関するエンジニアとのコミュニケーションも、もっと詳細を大事にして、改善する必要があると感じました。明日からのテストには、更に気を引き締めて臨むつもりです」
同郷の同性ということもあり、チーム代表のしおりとはいい関係が築けている。
けれど、仕事のことまで気安くなってはいけない。そう思って真面目に答えたのだけれど……。
しおりはそれを聞いて、「ふふっ」と微笑むと。
「マジメねぇ。そんなに肩肘張って仕事してたら、逆に失敗しちゃうわよ。新型、クラッシュさせちゃったりとかね」
茶目っ気のある口調で、そう返してきた。
「ッ! 縁起でもないこと言わないでください……」
「ふふっ、ジョーダンよ」
「しおりさん……時々、私に対してイジワルしますよね? この前も、シャフイザさんが私の日本での認知度を上げるために『グラビア写真集を出そう』ってバカを言った時も、止めずに乗っかろうとしましたし……」
「あらあら。そんなことあったかしら?」
「……ありました」
「ふふっ、そんな顔しないで。仕事だけが生きがいのアラフォー女は、キラキラしてる若い娘を見るとつい苛めたくなってしまうものなのよ。生理現象みたいなものだから、許してちょうだい」
言葉とは裏腹に、全然反省していないニコニコ顔でそう言うと。
しおりは6人がけの小さなテーブルの椅子を薦め、携帯で誰かにメッセージを打ち込みはじめた。
しおりとは、話が合うのでプライベートの話もよくする仲だ。
今はもう、少し歳の離れた姉妹のような間柄になっている。
誰よりもハードワークを重ね多国籍企業を率いている姿や、控えめだけれど地味すぎない女子力の高いファッション。
日本人女性らしい「大和撫子」然とした品のある振る舞いは素敵で、しおりは憧れの女性でもある。
ただ、時々シャフイザのおふざけに乗って戯れを起こすのが玉に瑕というかなんというか……。
それだけは直して欲しいな、って思う。
……ちなみに。
グラビア写真集の件はきっちりボツにして、発案者のシャフイザさんはしっかりとっちめました!
「よかった。ちょうど戻ってきたみたいね」
そんなことを考えていると、外階段から誰かが登ってくる音が聞こえてきた。
そして。
足音が二人のいる小部屋の前まで来ると。「入るぞ」という男性の声と共に、ドアが開いた。
「……フンッ、待たせやがって」
ハウッチングを被ったかなり煙草臭い中年の男性は、無愛想にそう言うと、そのまま何も言わずに夢兎の向かい席にドカッと腰掛けた。
お世辞にも良い態度とは言えない人だ。
けれど、夢兎は違うことが気になった。
(この人……どこかで見たことがあるような……)
そんな思いにかられ、記憶の糸を手繰ろうとしたのだが。
その前に。
「壬吹さん、紹介するわね。こちらはシモンズ・シニアエンジニアよ。病気休養していたから会うのは初めてでしょうけど、ウチのベテランエンジニアで、以前は日本人ドライバーの斉藤くんや大林くん、それにシャフイザの担当エンジニアもしていたから、見覚えあるんじゃないかしら?」
「あっ! はい、どうりで……」
しおりさんの言葉に納得する。
ハウッチングを深く被っているので、最初はわからなかったが。
この方は、シェッフェルの歴代エースドライバーたちも担当してきた、Veloでも屈指の敏腕レースエンジニアだ。
というか、この方がここにいるということは。
「シャフイザから伝え聞いてると思うけれど。今シーズンのあなたの担当エンジニアは、ジャンさんにお願いすることにしたわ。よろしくね」
そういうことだ。
この呼び出しが新しい担当エンジニアとの顔合わせだということはわかっていたので、この話に驚きはない。
相手がいろいろ予想外だったので少し面を食らってしまったけれど、もう話は飲み込めた。
夢兎は席を立って会釈すると、正面に座っているジャンに向かって右手を差し出した。
「はじめまして、壬吹・ハーグリーブス・夢兎です。よろしくお願いします」
印象が悪いとは言え、これから一緒にグランプリを戦っていくパートナーになるのだ。
年長者だし、礼はしっかり尽くそう。そうすれば、相手の態度も変わるだろう。
と、そんなことを思いながら、相手の右手が伸びてくるのを待ったのだが。
返ってきたのは。
「俺はまだ、この小娘の面倒を見るって決めたわけじゃねぇぞっ! シャフイザの小僧が何って言ったのかは知らねえが、俺はあんたの話を聞いて、この小娘の走りを見て、それからどうするか決めるつもりだ。この話は、まだ本決まりじゃねえっ!」
そっぽに向かって荒っぽくそう言うと。
ジャンは夢兎の伸ばした手を無視して、偉そうにぐいっと腕を組んだ。
(正式な決定ではない……? いや、それよりも、本当にエンジニアなの、この人……)
これまで見てきたエンジニアたちは皆、洗練されていてスマートな口調で話す人ばかりだった。
でも、この人は違う。あまりにも違いすぎる。
その差に戸惑う。
「……わかりました。この件は、彼女の指導官であるシャフイザに任せていたのですが……行き違いがあったようですね。失礼しました。……では、早速話に入りましょう」
一方、しおりは落ち着き払った声でそう返すと、シェッフェルのロゴが入った薄い封筒をジャンの前に置いた。
しかし、表には出していないが、これは間違いなくお冠だ。
きっと、シャフイザは後で相当怒られるに違いないと思う。
「まず、すでに説明を受けていると思いますが、現在のチーム状況と今季の展望について簡単に説明します」
一つ咳払いを入れて表情を引き締めると、しおりはジャンに対して説明を始めた。
撤退問題に対するチームの現況、昨季の不振から浮上するための改善策、新型『RS4/28《アールエスフォートゥエンティエイト》』のこれまでの開発経過と、これからの開発計画……。
それらのことについて簡潔に説明していくと、最後に担当となる夢兎の話に入った。
「昨年の不振から脱却するために、ファクトリーも現場スタッフも一丸となって努力を続けています。しかし、やはり重要なのはドライバーの力です。シャフイザだけでなく、夢兎にもセカンドドライバーとしての役割をしっかりと果たしてもらわなければ、レ・ジュールに勝つことはできません。ルーキーだからといって特別扱いする余裕は、今のシェッフェルにはないのです」
語り続けるしおりの目は、ジャンに注がれている。
しかし、夢兎にはその言葉が自分に向けていられるように感じられて。太ももの上にある両手をギュッと握り締めた。
「エッフェンミュラー、キルヒネン、シャフイザ……『三強』と呼ばれるあの三人に対抗できるようになって欲しい、とはさすがに言いません。しかし、レース展開によっては、レ・ジュールにプレッシャーを与えられる位置を走れるだけの力は求めたいのです」
「……ターゲットはセカンドグループのトップ。そういうことか?」
ジャンが話を補うと、しおりはゆっくりと頷いた。
「ですが、当然それは簡単な仕事ではありません。ここ数年のVeloのセカンドグループは、実力派のベテラン、中堅ドライバーたちがひしめき合う激戦区。コンマ5秒以内に10台以上のマシンが収まるような接戦が、毎レースのように繰り返されている競争の激しい集団です」
そこまで話すと、しおりはジャンの方に身体を向けて正対し。
「ルーキーの彼女に対して、いきなりセカンドグループのトップを走れというのは無理な注文であるということは、我々も重々承知しています。……しかし」
一度、力をためるように息を吸すと。
「ミスターシモンズ。シャフイザをはじめ、多くのトップドライバーを育てて来た〝名伯楽〟と謳われるあなたに力を貸していただけたら、この高い目標も達成できると我々は信じています。この二年、前戦勤務から外れていたので何かと苦労することもあると思いますし、体調の不安もあるでしょう。ですが、担当エンジニアの件、なんとか引き受けてはいただけないでしょうか?」
意志を込めた真っ直ぐな眼差しを向けて、正式な就任を申し入れた。
しばらくの間、ジャンはしおりと向き合い、三人の間に沈黙が降りた。
しかし、その時間は長くは続かず。
「……あんたの話はよく分かった。引っかかるところも特にねえ」
ハウッチングをひょいと上げて額を掻くと、ジャンは面倒くさそうにそう言い。
「だが、さっきも言ったとおり。この話を引き受けるかどうかは、この小娘の走りを見てからだ……それから決める」
言葉を足すと、内ポケットから四つ折りの紙を二枚取り出し、こちらに向かって滑らせてきた。
「ッ! これは……?」
「見てのとおり、セットアップシートだ。新型の初期テストが終わり次第、一度、おまえにはこのセットアップで走ってもらう。今、お前が採用しているセットアップとは段違いのものだ。どう走らすか、今からイメージを固めておけ」
突然の言葉に意味が理解できず、とにかく渡されたセットアップシートに並んでいる数字を読み込む。
……しかし。ぱっと主要な数値を見ると、弾かれるように顔を上げた。
「ッ!! な、なんですかこれはっ!? こんな無茶苦茶なセットアップ、ルーキーの私が使いこなせるわけないじゃないですか……!」
ジャンの用意したセットアップは、一瞬でそう言い切れるくらい極端な〝《《ローダウンフォース・セッティング》》〟だった。
このセッティングは、ストレート、大型バンク、高速ターンで大きなアドバンテージが得られるだろう。決まれば、文句なく速いセットアップだ。
しかし、悔しいけれど返答したとおり。このセットアップは、自分の技量には余るものだ。
去年のデビュー戦のように、シャフイザとシェステナーゼの力を借りられるならいざ知らず。
自分一人でこんなグリップ力の低い――コーナーでのパフォーマンスがピーキーなマシンを走らせなんて、到底不可能な話だ。
こんなセッティングでレースに臨んだら、コンクリートウォールの餌食になるのが関の山だ。
貴重なシーズン前テストの時間を使って、こんな非現実的なセットアップを試すなんて馬鹿げている。
そう思い、反論しようとしたのだが。
「フンッ、文句のありそうな顔だな? 嫌ならパスで構わないぜ。ただし、担当エンジニアの件はなしだ。俺は、今おまえが採用している『ドライバーのワガママを全部聞いたような、甘え腐ったセッティング』なんざ、死んでも認めるつもりはねぇからな。それが気にいらねぇってんなら、話は終わりだ」
「なっ……」
正気を疑うような言葉を聞いて、目をパチクリしていると。
ジャンは席を立ち、「俺からの条件はそれだけだ。後はそっちで決めてくれや」と言い残し、そのまま部屋から出て行ったのだった。
* * *
「はぁーー。この大事な時期に、こんな滅茶苦茶な話を押しつけられるなんて」
この前のことを考えると、ついため息が出てしまう。
けれど、しおりからも「なんとかやれないかしら?」とお願いされた以上、やるしかない。
貴重なテストデーを一日潰して、こんな理不尽なセットアップのテストをするのは、正直気が進まない。
けれど、開幕直前のこの時期に「他の人でお願いします」、何てごねる訳にもいかない……。
『pp……夢兎、準備ができた。スタンバイしてくれ』
「はい」
サブエンジニアの無線を受けて頭を横に振ると、夢兎はステアリングのダッシュパネルをタッチ。
発進シークエンスを入力し、マシンを立ち上げていく。
ここは切り替えて、やるしかない。
――あのオッサンは人間としてはきっつ~いけど、腕は間違いない。思いやりの欠片もねえド畜生だから、慣れるまでは大変かもしれねえが……まあ、まずは着いていってみろ
シャフイザもそう言っていた。
納得はしてないけれど、今はその言葉を信じてやるしかない。
(今は、このセットアップをコントロールすることだけに集中しよう……。貴重な走行テストだ。走るからには、何かを掴んでみせる)
そう自分に言い聞かせて、最初のセットに入ったのだが……。
「ッッ――――!!!! やっぱり、ただのじゃじゃ馬じゃない! こんなの、どうやって……ッ!!」
そんな考えは、すぐに吹き飛んだ。
夢兎が駆るRS4/28《アールエスフォートゥエンティエイト》が、そこら中のターンで後部を滑らせ、タイヤから何度も白煙を上げてコースを暴れ回る。
まだレーススピードで5Lapしかしていないけれど、もう察した。このままじゃ全く話にならない。
マシンの挙動が不安定過ぎて、コーナーでどんな動きをするのか予測が立てられないから、全く攻めていくことができない。
これじゃマシンのパフォーマンスどころか、タイヤの性能作動温度領域を使うことさえできやしない。
その証拠に、もうタイヤがヘタり始めてきている。
(これはもう、ドライビングで対処できる問題じゃない……。このままコースに留まっていても、マシンを壊すだけだ)
そう判断した夢兎は、ステアリングの右上部に設置されている無線ボタンをプッシュし、チームに早口で訴えた。
「マシンをコースに留めるのが精一杯で、タイヤを全く機能させられません! 全体的にダウンフォースをもっと増けてください! このままでは……危険です!」
わざと手を抜いたりはしていない。それは、走行データを見れば一目瞭然のはずだ。
その上でこの惨状なのだから……さすがのジャンも、こちらの言い分を受け入れてくれるだろう。
と、そう期待していたのだけれど。
『pp……テスト前に俺が言ったこと、みな忘れちまったのか? 『最初からこのクルマに合わせたドライビングをして、安定させようとするな。このクルマは、そういう低い妥協を受けつけねぇ。このクルマのパフォーマンスを引き出したいなら、とにかく自分が今感じている限界の走りをしろ』……そう、俺は言わなかったか?』
「ッッ……!?」
「今日はあくまでこのセットアップだっ! 必要な調整はこちらで判断してやる。余計なことをベラベラ喋ってるヒマがあるなら、そのクルマを攻めるすることを目一杯考えて走れ』
ジャンは、取り付くしまもなく夢兎の訴えを却下した。
「なっ! む、無理だって言ってるじゃないですか! 新型を壊したいんですか?」
ジャンの言いぐさに腹が立ち、即座に言い返す。
『脅しのつもりか? ふざけんなっ!! いいか? 今日のテストは俺の自由にしていいと、ボスからも許可は得ている。これはチームの指示だ。従え』
「くっ!! そんな……」
そう言われると、反論する言葉が見つからない。
(……続けるしかない、か)
ここで言い争っていてもらちがあかない。
一呼吸入れて心の中の気を入れ替えると、コックピット内でできる調整――デフ、ブレーキバランスの設定変更を頻繁に差して、ジャンの言うとおり少しでもペースを上げようと試みる。
しかし。
「プッッ!!」
突然、コーナーの出口でリヤタイヤが激しく滑った。
アンコントロールに陥りかけたが、運良く縁石でマシンが留まり、何とか事なきを得た。
「クッ……!!」
ブレーキングのタイミング、コーナーでのライン取り、アクセルオンの踏力調整……他にも、思いつく限りのことは全てやってみた。
だが、速いマシンの動きを作ろうとすると、途端にマシンバランスが破綻してロデオのように暴れ出してしまう。
やはり、このマシンバランスで攻めるするなんて、絶対に無理だ。
(シャフイザさんの専用機とも言えるこのマシンで、シャフイザさんと同じようなセッティングで走れって……。そんなの、新人の私にできるわけないじゃない! どうしてわかってくれないの?)
言い訳はしたくないけれど、これが現実だ。
シェッフェルのマシンは、『シャフイザ・スペシャル」と評されるほど急進的なマシンだ。
戦闘力を発揮するエリアが狭く、ミスに対する許容性も極端に低い。そのため、シャフイザの歴代のチームメイトたちはみな、パフォーマンスを出すことに苦労してきた。
だから、「シャフイザさんとは違う、自分にあったこのマシンのセッティングを見つけよう」と考えて、この冬はずっとセットアップ作業に没頭してきた。
それなのに……その努力を無にして。シャフイザが常用しているようなセットアップをテストさせるなんて、全く意味がわからない。
こんなスピードじゃ、最下位グループにさえ着いていけない……。
『pp……見ちゃいられねえなぁ。予定より少し早えが、戻って来い。微調整する』
見かねたような口調でそう告げられてピットへ戻ると、足回りの調整を少し行い、再びコースへと出された。
しかし、マシンの挙動がほんの少しだけ収まるようになった程度で、状況は劇的には改善せず。
思い切ってコーナーに攻め入ってみても、修正、修正、また修正のオンパレードで、相変わらずペースは低空飛行のまま。
その後、もう一度調整を受けたがこれも状況打開の一手にはならず……。
結局、午前中のテストは何の進歩も発見もなく、ただ時間を浪費して終了となってしまった。
「大事な実走テストを、こんな無駄なことに使うなんて……! 腕利きだかなんだか知らないけれど、もう我慢できない! 抗議しよう」
マシンを降りた夢兎は、怒りを撒き散らすように床を踏みつけると、ジャンの姿を目で探した。
しかし、ジャンはもうモーターホームに引き上げたらしく。ピット内にもコマンドポストにも姿がない。
(開幕戦まで、もう一ヶ月半もない……! こんなことしてる時間なんてないんだ……!)
午後のテスト前までに、ジャンと話をつけよう。
シャフイザたちの手前もあるから今日だけは、と思っていたけれど……。午後からは、通常通りのテストに戻してもらうんだ。
ルーキーの自分には、開幕戦前までにやるべきことがまだたくさんあるのだから。
ドマイナージャンル&低ポイントの拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます!
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