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ルーキーの試練

●「前回のあらすじ」

 デビュー戦・表彰台という快挙を成し遂げた夢兎は、念願であった「シェッフェル・エッフェルのレギュラーシート」を手にした。

 しかし、シェッフェルの「撤退問題」は依然厳しい局面にあり、チームを存続させるためには大きなアピール――「王者獲得」を決めるしかない。

 シャフイザと夢兎をドライバーに立てたシェッフェル・チーム。その背水の戦い《シーズン》が、始まる。


 イギリス オックスフォードシャー州 エンストー

 シェッフェル・エッフェル Velo team ファクトリー


 ファクトリーの敷地内にある肉体強化施設――ヒューマン・パフォーマンス・センターで日課のトレーニングをこなしたシャフイザは、スポンサーとの食事会(ディナーパーティー)に出席するためファクトリーの本館へと向かっていた。


 と、その途中。

 中庭の渡り廊下で、シェッフェル・エッフェルの輸送管理ロジスティクス部門の責任者であるダリオと出会った。

 こちらに気づいたダリオは、一瞬気まずそうに顔を伏せたが、すぐに明るい表情を浮かべ軽口を飛ばしてきた。


「よう、ソーシャルゲーム会社の敬虔な奴隷豚がこんなところで何やってんだ?」

「ア゛ア゛ッ!? 何言ってんだ、俺がいつそんな豚に成り下がったって?」

「いつもヒマさえあれば、課金ガチャ回してしっかり外してるだろう? 今月はゲーム会社に何百万貢いだんだよ? ええ?」

「バカ言うな。俺は課金ガチャなんつう低俗な遊びからもう足を洗った。だがな、SSRの排出率を不当に絞ってるクソ運営者共……奴らのことは絶対に許せねえっ! 俺は必ず奴らをこの世から抹殺する。そのために、今鍛えてたんだ」

「ハハッ、また課金して盛大に爆死したな? というか、おまえそれ言うの何度目だ? 爆死する度に『もう足を洗う! 奴らを許さない!』って言ってるわりに、次のイベントが来たらまた同じように回してるじゃねえか。同じことを繰り返して、本当に懲りない奴だな」

「いや、今回の俺は本気さ! 今の俺の夢は、この世から課金ガチャを葬り去って、ノーベル平和賞を受賞することだ。……ダリオ、俺はやるからな。見てろよ?」

「クックックッ……俺からしかけておいて何だがもうやめてくれ! イカれ過ぎてて、話してるこっちまでイカれちまいそうだ! ホントにバカだな、おまえらガチャボーイズは。おまえたちを見るたびに、自分の子供は絶対に課金ガチャと係わらせちゃいけない。課金ガチャと関係を持たれるくらいなら、どこぞのマフィアかテロ集団に所属されちまった方がまだマシだっって思うぜ。まったく」


 いつもどおりのバカ話を交わし、お互いに笑い合う。

 ダリオとは10以上歳が離れているが、シェッフェルで働くようになって以来、こうしてバカを言い合う仲を続けてきた。

 

 しかし。

 シェッフェルのファクトリー内で、ダリオとこうしてバカ話をするのは今日で最後になる。

 来月からダリオは、「元」シェッフェル・エッフェルの人間になるのだ。


 こちらが考えていることを察したのか。

 話の流れを変えるように一つ間を置くと、ダリオは寂しそうな笑みを浮かべて言った。


「……本当は、今日来る予定はなかったんだ。仕事の引継ぎや私物の整理はもうとっくに終わってたしな……。だが最後にもう一度、もう一度だけ、このファクトリーをしっかりと見ておきたくなってな。出て行くと決めたが、やはり離れがたいな。ここは……」


 ダリオは20年以上もの間、シェッフェルの輸送管理ロジスティクス部門を支えてきた。 

 全世界を転戦するグランプリチーム。その物資に関する調達、輸送、管理を、限られた予算の中で完璧にこなしてくれたダリオは、正に輸送管理ロジスティクスのエキスパートともいえる存在だった。

 彼がいなくなることは、運営資金に苦しむシェッフェルにとっては大きな痛手だ。


 しかし、決まったことを今更ガタガタ言ってもしょうがない。

 前戦勤務ではなかったので一緒に仕事をする機会は少なかったが、ダリオが自分たちの仕事を裏から支え続けてくれたことは、身に沁みるほどわかっている。世話になったのだから、ここは笑顔で送り出そう。


「長くこのエンストーで頑張ったんだから、無理もないさ。みんな、おまえには感謝してるよ」

「そう言ってもらえると気が楽になるよ」

「まあ、わかってるて思うけど。移籍先のAOIアオイでは失敗をやらかしまくるんだぞ。ダリオ、期待してるからな……」

「バカヤロウ! 一気に気が悪くなったよ! こっちは残るみんなや、美雲ボスさん、それに里子さん(マダム)に対して申し訳ないとか、いろいろ考えてんのによ。茶化しやがって……」


 シェッフェルのスタッフたちは、夢兎の祖母であり、長くチームオーナーの地位にあった壬吹みぶき里子さとこのことを「マダム」と呼ぶ。


 それは生前の里子が、ドライバーの育成だけでなくチームスタッフの育成にも力を入れ、他のチームでは相手にされないような欧州圏外の学生や、英会話に不安のある学生も、能力があると思えば積極的に採用し、入社後も可能な限り面倒を見続けてきたからだ。

 エンストーのスタッフたちはそんな里子に対して今も恩誼を感じており、苦しい状況にあるシェッフェルを支え続けている。


 ダリオもそんな一人だった。

 しかし、彼は一流のスペシャリストだ。

 自分の仕事に自信と誇りを持っている。そういう人間が、自分のハードワークによって達成した成果に対して相応の評価を求めるのは当然のことであり、職場を変えるのも自然なことだ。


 ダリオの決断を批判することはできない。

 そしておそらく、まだまだ現れるであろう移籍希望者たちのことも批判できない。

 いくら恩があるとはいえ、日本人のように薄給でトップレベルの仕事を続けてくれている現スタッフたちの方が〝おかしい〟のだから……。


 そんなことを頭の片隅に思い浮かべながら、しばらく軽口を交わし合うと。

 最後、別れ際となったところで。

 

「……シャフイザ。おまえに対してずっと言うべきかどうか迷っていたんだが……ここで最後に会ったのも何かの縁だ。聞いてくれ」


 固い表情をしたダリオが、声を改めて言った。

 ダリオはこちらの問いには答えず、遠くにそびえる山々の稜線を一目やると、一度間を取る。


 そして。


「おまえや美雲ボスさんには悪いが……シェッフェル・エッフェルがVeloのトップレベルで戦っていくのはもう限界だと、俺は思ってる」 

「……」

「このチームに対して深い思い入れを持っているお前に対して、こんなことを言うのは酷だってことはわかってる。だが、おまえももう26だ。Veloはback to basicによってマシンスペックが上がった分、肉体的な負荷が激増してドライバーの引退時期も早まってる。おまえはもう、まだまだ先があるとは言えない年齢なんだ。……Veloの世代交代は早い。実績のある30手前のトップドライバーが、気づけば若い世代の台頭に押されトップドライバーの地位ポジションを奪われ、そのまま下り坂へ……なんてのはよくある話だ」


 諭し聞かせるような口調でそこまで言うと、ダリオは手振りを加えて、話の核心部分を切った。


「そろそろおまえも、真剣に自分の将来について考えるべきだ。レ・ジュールやAOI、VF……他のトップチームに移籍するチャンスがあるのなら飛び出すべきだ。いつまでも王者に挑めるチャンスがあるとは……思わない方がいい」


 一言一言に感情を込めてそう言うと、ダリオは自分の気持ちを伝えるように一直線にこちらを見つめてくる。


 しかし、この答えは決まり切ってる。

 それを視線で示すと、ダリオは肩を上げて大きく息をはいた。


「……すまないな。最後なのに、おまえにとって胸クソの悪い話をしちまって。だが、おまえは王者チャンピオンになるべき男だと、俺は思ってる。だから……」

「わかってるよ。長年シェッフェルに尽くしたあんたが、あえて言ってくれた忠告だ。有り難く受け取っておくよ。……だが」


 ダリオが本音で来たのだから、こちらも混じりっけのない本音をきちんと伝えておこう。

 そう思い、眼差しをすっと据えてダリオを見つめると。 


「俺の覚悟は変わらない。全ての可能性が砕け散るまで、俺は最後までここで戦い続ける。何があってもな」


 焼けるような覚悟の欠片をぶつけるように、ダリオへ向けてそう返した。

 

「……フフッ、そうだよ。絶対にそう言うだろうと思ってたんだ。なのに俺は……こういうのを歳を取ったっていうのかね」


 こちらの答えを聞いて自嘲するように笑うと、ダリオはこちらに歩み寄ってきた。


「最後におまえの覚悟を聞けて、嬉しかったよ。自分でも何を言ってるのかよくわからねえが、それが今の俺の素直な気持ちだ。……幸運を祈ってるよ。おまえの、いや、おまえたちのな」

「ああ。おまえも達者でな……またな」


 余計なことは言わず礼を言うと、最後に右肩同士を合わせ、お互いの背中を二度叩く。

 そうして踵を返すと、ダリオは手を上げて去っていった。


「……ッ」


 ダリオの大きな背中を見送ると、シャフイザはうつむき眉根を寄せた。

 

 昨シーズンの不振を払拭するための確かな未来像ロードマップを、シェッフェルは持っている。

 それが実現できると、自分も信じている。


 だが、本社でVelo撤退の話が進んでいるのは確かであり、周囲からは「先行きが不透明なチーム」と見られてしまってもしょうがないのが現状だ。

 このまま仲間たちが去っていけば、未来像ロードマップもくそもなくなる。


 ネガティブな要素が頭の中で膨らみ、表情が険しくなっていく。

 が、そこで。


「――――シャフイザ。今、いいかしら?」


 携帯が鳴り、出ると落ち着いた女性の声が耳に入ってきた。

 そして、二、三言葉を交わすとすぐに。


「元気ないわね。何かあったの?」


 と訊かれてしまった。

 

(さすが、しおりさん。チームのボスだけあって、ドライバーに対する目――この場合は耳か――がよく利いている)


 こういう場合、隠してもどうせ口を割らされるだけなので、シャフイザは素直にダリオのことをしおりに話した。


「……そう。責任感が強くて、後任の選定や担当業務の引き継ぎも頭が下がるくらいよくやってくれたし。ダリオには最後まで本当に助けられたわ。でも、頼れるベテランスタッフがいなくなるのは、やはり精神的にキツいものがあるわね……」


 落胆したようにそう話すと、しおりはため息をつき、「技術テクニカル部門から申請さらた追加予算の扱いも決められていないし……頭が痛むわ」と愚痴を足した。


 ハードワーカーのしおりにしては珍しい弱音だ。

 だが、無理もない。しおりはシーズンインの準備を進めると同時に、チーム状態の改善にも着手している。

そのほとんどは予算を増やさなければどうしようもない問題であり、ほぼ解決が不可能なものばかりだ。


 だがそれでもしおりは、現場のストレスを少しでも軽減しようと努力している。……連勤に連勤を続け、だ。

 そこまで献身的に働いているにもかかわらず、スタッフの流出が続く今の状況は、精神的に堪えているはずだ。


(……けど、しおりさんはそれでもめげずにハードワークを続けて、シャカリキに働いてる。いや、しおりさんだけじゃない。残ったスタッフたちも、ままならない状況に耐えながら世界ワールド王者チャンピオンに挑戦するために頑張ってくれているんだ。それなのに……ドライバーの俺が揺らいでてどうするんだよっ!)


「ヨッシャッッ!!」

「ッ!? ……なに? 急に大きな声出して?」


 復活への道が見えたとはいえ、その道のりは厳しい。着いてきていた仲間たちがどんどんと去って行き、考えようによっては昨年よりもツレぇ状況だ。

 でも、もう下を向いたりはしない。


(下から登ってきた妹分に、火をつけられたからな……!!) 


「しおりさん! 昨年と同じようにレ・ジュールのマシンが「並外れて優れている(メガ)」だったとしても、今年は俺が何とかしますから。色々大変だと思いますけど、開幕まであともう一踏ん張り……お願いしますよ!」


 上手い言葉が見つからずありきたりな言葉になってしまったが、真摯な気持ちで話したのが功を奏したのか。

 一つ間を置くと、しおりは電話口の先でクスクスと甘い声を転がし。


「ありがとう、わかったわ。一番苦しい時期に来て少し気が滅入っていたんだけど、今の言葉でもう一頑張りできる気がしてきたわ」


 こちらの気持ちを察したように、そう応えてくれた。


「よろしくお願いしぁっす! というか、気分転換したい時はいつでも言ってくださいよ! しおりさんからのディナーのお誘いは、いつでもウェルカムですからっ!」

「ありがとう。気持ちだけいただいておくわ」

「…………ふぁい」


 調子に乗って、ブッ込んでみたが見事に空ぶった。

「ですよね~」と苦笑しながらお茶を濁し話を流しておく。


 とそんなバカなことを言ったところで。ふと、一つ大事なことを思い出した。


「……あっ。しおりさん、そういえば」

「ん? なぁに?」

「夢兎の担当エンジニアの件、どうなりましたかね? そろそろって言ってたような……」

「まあ……! いけない、そうよ。その件で連絡したのに、すっかり忘れてたわ」


 これまた珍しく素っ頓狂な声を出してそう言うと、しおりは一つ間を置いて言葉を足した。


「壬吹さんの新しい担当エンジニアの件、さっき契約がまとまったって連絡が来たわ。手続きの関係で1回目のプレシーズン・テストには参加できないけれど、早めに合流できるように調整するわ」

「そりゃ良かった。あの『オッサン』のことだからまたガタガタ言って揉めるかなーと思ってたんですけど……頭下げに行ったかいがあったな」


〝体調不良で休養していた「元・シャフイザ担当エンジニア」を現場復帰させ、夢兎の担当エンジニアへ就任させる〟


 このアイデアは夢兎の力をさらに伸ばすために頼み込んでいた案件であり、シェッフェルが復活するためには必要不可欠な一手だと考えていたので、正式に決まって安心した。

 したのだが……。

 この元担当エンジニアは、性格がUR(ウルトラ レア)級に難ありなので――この話を持って行った時も、全然こっちの話を聞いてくれなくて大変だった……――対策をしっかりと練っておく必要がある。

 その点についての相談をまだしていなかったので、しおりの意見を先に聞いておこうと思い尋ねようとしたのだが。


「しおりさん、その――」

「ちょっと待って。…………ごめんなさい。スポンサー交渉を担当してるスタッフから。緊急みたいだから切るわね。話はディナーの時に聞くわ。それじゃ」


 多忙なボスらしく、返事をする間もなく切られてしまった。


 Veloチームのマネージメントサイドは、開幕前のこの時期がもっとも忙しい。

 できるだけ、細かい問題は自分たちで処理するしかないだろう。

 そんなことを考えながら携帯をしまうと、広報スタッフたちが荷台を運びながら、口早に意見を交わし合っている姿が目に入ってきた。

 シェッフェルは常勤のスタッフが少ないので、毎年この時期は大忙しいなのだが……今年は年始から離脱者が続いているせいか、例年以上のように見える。


 でも、それでも。

 みんな、チームのために知恵を絞り、汗を流し、苦しい状況の中でそれぞれ戦ってくれている。


「さあ、気合入れ直していくべっ!」


 自分が背負っているものを再認識したシャフイザは、自分の尻を叩くように声を出すと、次の仕事に向かって歩き出した。


 ドマイナージャンル&低ポイントの拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます!

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