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思い星と、きっと……


「3年連続『カート世界選手権1位』……決めてきたぜ」


 お婆さまの病室に入ってきて開口一番、彼はそう言ってきた。


 プロドライバーへの登竜門、『カート世界選手権』。

 過酷なその選手権を、今シーズン〝も〟史に残る圧勝劇で制した彼は、正に有頂天の様子で。

 その顔には「さぁ、褒めろ!」、と言わんばかりの得意顔が張り付いている。


 しかし。


「…………ご苦労」

「うええ~~!? ……それだけ? もうちょい労ってくれてもいいんじゃないの?」

「当然の結果さね。世界最高峰の自動車レースで天辺取りたいってドライバーが、同年代の相手に負けてたら話にならんだろうが」

「いや、それはそうなんだけど……少しくらいさ」


 ベッドの上で上半身を起き上がらせて、彼の報告を聞いたお婆さまは、にべもなく彼に応じた。

 

「釣った魚にエサはやらない畜生なのは知ってるけど、もうちょいなんとかならねえの? その性格……」

「そう言うセリフを吐くのは、クラッシュさせるマシンの数を半分にしてから言うんだね……この金食い虫が」

「………………サーセン」


「カート世界選手権」で用いるレーシングカートは、1台で約200万円以上……。

 それを今シーズン〝も〟、何台も大破クラッシュさせた彼だから……これを言われたら黙るしかない。


 おさまりの悪い黒髪を掻くと、彼は決まりの悪そうな顔でお婆さまの言葉を受け入れた。

 ……と、思ったのだけれど。


「いや、けどさ、この3年間で予選1位(ポールポジション)、一度も、誰にも譲らなかったんだからさ……ちょっとくらいは、ご褒美があってもいいんじゃないの?」


 そっぽを向きながら早口で、お婆さまに食い下がった。

 すると、お婆さまは「この3年でお前にはこれだけ〝想定外の金〟がかかった」ということを詳細に語りはじめ、彼の頬を平手打ちするように、彼のマイナスポイントを挙げては彼に投げ続けた。


 この二人は、いつもこんな感じだ。

 顔を合わせれば、お互いに文句を言い合ってる。


 でも、私は知ってるんだ。

 お婆さまの夢――


 世界最高峰の自動車レース。

Veloベロー Trophyトロフィー worldワールド championshipチャンピオンシップ』。


 その名門でありながら、長年低迷しているお婆さまのチームを復活させ、再び世界王者(ワールドチャンピオン)を手にすること。

 その夢を叶えることができるドライバーは、彼しかいないと……そう、お婆さまが信じていることを。 


 そして、彼もお婆さまの夢を叶えるために。

 文字どおり、全身全霊をかけて駆ける(レース)しているということを。


「ううっ……」


 二人の間にある絆を思うと、泣きたさが込み上げてきた。

 

 すでに彼は、Velo関係者たちから「次世代Velo世界王者(ワールドチャンピオン)候補筆頭」、「Velo史に名を刻む並外れて優れた存在(メガ・ドライバー)」と評されている。

 お婆さまが、自分の夢を託すのに十分足るドライバー。

 同じレーシングドライバーである私から見ても、お婆さまがそう思うのは自然で……理解できる。


 …………でもっ! でもっ!

 お婆さまのチームを、再び世界王者(ワールドチャンピオン)に導くドライバー。

 お婆さまの夢を叶えるドライバーには、私が……!! 私が、なりたかった……!!

 母や兄弟姉妹がいなくて、父とは不仲……いや、〝対立〟している自分にとって、お婆さまは唯一の肉親だから……。

 お婆さまの夢は、絶対に!! 私がっ!! 私がっ!! って、そう思って、今まで頑張って走ってきたから……。


 でも。


「夢兎? どうしたんだい、急に泣き出して?」

「ん? 腹空いたのか?」

「う……ううっ…………違う」


 どんなに頑張っても、彼のように支配的なスピードを表現することは、私にはできない。

 今シーズン参戦したカテゴリーでも、「3位」に入るのが精一杯で……。 

 褒められる時は、いつも〝女の子にしては〟という飾り付きで……。

 その程度のレースしかできくて、それが私の限界で……。 


 大好きなお婆さまの夢を、彼に奪られそうになっている。


 そんなの絶対嫌なのに。その現実を覆す力が、私にはまるでない。


「……言いたいことがあるなら、言ってごらん」

「…………」

「婆には、聞かせられないことなのかい?」

「…………ううん」


 胸の奥で、ゴォゴォと音を立てて吹き荒れる感情。

 悔しさ、悲しさ、怒り、妬み……そんなものが混ぜあった最低最悪な感情なんて、本当は誰にも見せたくない。

 でも、お婆さまにそんな風に言われたら喋るしかない。


 彼のようになれなくて、悔しい。


 ひっくひっくって、何度も言葉に詰まりながらその思いを伝えると、お婆さまは慰めの言葉をかけてくれた。

 でも、全身に充満している最低最悪な感情は消えなくて。俯いて、ずっと泣いていると。


「……父親と仲が悪くて、唯一の家族は婆さんだけ。だから、婆さんの夢を叶えて恩返ししたい。でも、力不足で。その夢を叶える役割を、全く赤の他人の俺にぶん盗られそうになってる……まあ、泣くほど悔しい気持ちにもなるわな」


 頭の上から降ってきたその言葉に怒りを感じて、顔を上げる。

 すると、さっきまでお茶らけていたとは思えないほど真面目な表情をした彼と目があった。


「けどよ、それは〝今は〟だろう。頑張って、〝この先で〟覆せばいいじゃねえか」

「…………簡単に言わないでください。私は、あなたのようには……なれません」


 一瞬怯んだけれど、彼には同情されたくないから。特にお婆さまの前ではそうされたくないから。彼の言葉を跳ね除ける。


 でも、彼は気にした様子も見せず。


「そうかもしれないな。でも、〝この先も〟俺が勝ち続けられる保証なんてどこにもないんだぞ」

「……どういう……?」

「次のレースで、俺は死ぬかもしれない」

「――――ッ!!」

「ってのは、さすがに大袈裟だが……レースは何があるか分からない。俺が今のように走れなくなる可能性だって十分ある。そん時はどうすんだ? 婆さんの夢は誰が叶えるんだ?」

「それは……」


 ……怖い。

 そう思えるくらいの目力で迫られ、思わず一歩後ずさる。

 

「婆さんのチームが育成しているドライバーは、俺とおまえしかいない。チームの貧乏っぷりを考えれば、これから増えることもないだろう。だから、俺がダメになった時、婆さんの夢を叶えられるのはおまえしかいないんだ。……ここまで言っても、まだ『私は、あなたのようにはなれません』って言うか?」

「ッ!」


 でも、そこまで言われると、怖れる心はなくなって。

 逆に。


(私は何を言っているんだ! お婆さまの役に立ちたくて、無理を言ってレースを始めたんだ。それなのに、自分で諦めるなんて…………絶対にダメだ!)


 そう自分に言い聞かすと、胸の奥がじわじわっと熱くなってきて。気持ちが昂って、強気が立ってきた。


「そうですね。あなたのことだから、お婆さまのチームで王者チャンピオンを獲る前に、金に目が眩んで他チームに移籍する可能性もありますもんね……」

「……この話の流れでそこに話持っていかれるって、おまえの中で俺はどんだけ信頼ないの?」

「いえ、十分あり得る話です」

「ないよ」

「ありますよ」

「ないって」

「ありますって」


 軽口を叩く余裕もでてきて、気づけば、残っていたマイナスな気持ちも全て消えているのが分かった。

 

 彼の顔にも、迫るような雰囲気はもう微塵もない。

 きっと、私を元気付けるためにわざと私を焚きつけるような強い言葉を言ったのだろう。

 その証拠に、お婆さまも満足そうな表情でお茶をすすっている。


(……レースの結果以上に、私は心の強さで彼に大きく負けている。まずは、ここからだ!)


 そう思って、強い意志を敷き詰めた顔で彼を見返す。

 すると、彼は「やれやれ」といった様子で後ろ頭を掻いた。


「なんか、期待してた流れとはだいぶ違うけど、とりあえず気持ちはアガッたみたいだな。んじゃ、車でちっと行ったところにカート場あったから、久々に一緒に走るか?」

「はい! 裏切者(予定)のあなたには負けません!」

「励ました俺をおとしめやがって! 本当に、この婆と孫はよ……。親しき中にも礼儀ありだよ?」


 ぶー垂れた表情をした彼が、ガラの悪い歩き方で病室を出ていく。

 お婆さまに「行ってきます!」と告げて、その背に続くと、お婆さまは「血がつながっていようがいまいが、ずっと一緒にいると伝染しちまうもんなんだね」と苦笑して、送り出してくれた。




 彼の背中について、道を歩いていく。


 この背中を追い越して、自分一人でこの道を歩いていける力が欲しい。

 そう、思いながら。


 でも、心の片隅で。

 この兄のように頼りになる背中が、ずっと私の前から消えないで欲しい。

 そうも、思いながら。


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