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「僕には幼馴染がいた。その子とは家も近くてよく遊んでいた」
純夜は淡々と自分の過去を淡々と語り始める。
「純夜君の小さい頃か見てみたいなぁ。」
「僕のことは置いといて。その子は何でも出来たんだ。勉強も、運動も、音楽、芸術、あらゆることに長けていた。ほんの偶にいるんだよそういう何でもできるって子が。」
「なんかあんまり可愛くないなぁ。」
日菜は面白くなさそうな顔をしている。自分はたいして何もできないのに、そういう何でもできる子がいることに、少し不満なのだ。
「でね、僕は中学校まではサッカーをしていたんだよ。始めたのは小3の時。小学校のからいつも試合に出ていたし、いくつかの大会でも優勝したことがある。中学校に入ってから、僕はその子をサッカーに誘って、その子もサッカーを始めた。はじめは仲良くいつも楽しく毎日を過ごしていた。よく勝負とかをして遊んでいたっけ。でも、ある時から、僕たちの関係は変わってしまった。」
純夜は何かを思いつめたようにして言葉が詰まる。
間が空いて、ひんやりとした風がさらりと抜けた。
「・・・」
「どうしたの?」
「いや、ごめん。まぁ、僕も前は勉強も運動も成績は良かったんだよ。それで皆にもよく好かれていたし、友達も多くいた。だけど、その子が成長するにつれて、だんだん才能を開花させ、常にどんなことも頂点に立ち続けた。それで仲良くしていた皆もその子を頼るようになって、僕の周りからはいなくなった。そして、その子もだんだん変わって行って、口が利きづらくなり、口数が減っていった。」
「皆、見る目がないなぁ。」
「僕が言いたいのはそこじゃなくてね。ある決定的な出来事があったんだよ。」
それは純夜にとって中学校最後の大会。その一か月前の出来事だった。
中学校最後の大会が近いということもあり、部員たちは気合が入っていた。
ある試合の朝、スターティングメンバーの発表。そのメンバーの中には純夜の名前がなかった。純夜は常にレギュラーとして試合に出続けていた。純夜は頭の中が真っ白になり、困惑した。
でも、困惑した本当の理由はその子が純夜のポジションに入っていたことだった。悔しかった。ついにその子にまでサッカーのポジションをとられてしまった。
それから、大会までの一か月間、純夜は今まで以上に練習した。誰も帰った薄暗いグラウンドで一人練習し、朝のまだ日が昇る前のひんやりとしたグラウンドで孤独に練習した。
だけど、結局は努力が実ることもなく最後の大会に出場できずに純夜のサッカーは終わった。
「それである日、その子に久しぶりに声をかけたんだよ。そしたらこう言われた。」
『何でお前は努力してんの?平凡はどこまでいっても平凡なんだよ。』
心をえぐられた言葉だった。
全身をどす黒い闇に飲み込まれた。何も言い返すことができなく、その言葉だけが胸の奥深くに刻まれた。
今までは自分を中心に世界は回っているような現実を知らない子供ゆえの感覚があった。
でも、そんなことはなく、何億にいるという世界のほんの小さな一人に過ぎず、自分より優れている人などいくらでもいて、自分は平凡な枠の人間なんだと。
純夜は自分が自分を誤解していたのだと思った。自分はたいしたことない人間なのだと。特別なんかじゃない。普通で平凡でどこにでもいる人間と変わらなのだと・・・。
それから、純夜は何もかもがどうでもよくなった。圧倒的才能の前に凡人が何をしようと変わらないことに。
『普通』と言う名の劣等感によって、純夜は自分を蔑むようになり、憎く、嫌いで、自己否定が強くなった。
「そう・・・そんなことがあったんだね」
日菜は淡々と語る純夜の話を途中から何もしゃべらずに首をうなずかせながら聞いている。心の中では、今までの言動について、反省していた。良かれと思って言った誉め言葉だけど、純夜にとっては惨めさを感じさせる言葉だったのかもしれない。
「でもね。日菜。僕は今、とても幸せなんだよ。君に救われた。自己否定の殻に閉じ込められた僕の殻をぶち壊して、新しい世界を見せてくれた。普通で平凡な、村人Cの僕を特別な存在にさせてくれる。ありがとう。」
純夜は日菜にただただ純粋で飾らない感謝を伝えた。心からの感謝を。
「本当にありがとう」