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 数百メートルの競歩を経て、ショッピングモールに着いた。ショッピングモールの壁にはタイムセールと書かれた告知の垂れ幕がだらんと垂れ下がっている。子供を連れた若い夫婦もいれば、白髪交じりの老夫婦もいる。世代は様々。


「はぁ」


 少し疲れた。まだ始まったばかりなのに。訳の分からぬ競歩。

 純夜は腰に手を当てて息を調える。

 一方、日菜は


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


 膝に手を当てて、大きく呼吸をしている。だいぶ息が荒い。どうやら、運動ができないことは本当のようだ。


「大丈夫?」


純夜は日菜に声をかける。


「ちょっと待って」

「・・・」

「はぁ、はぁ・・・よし、行こう」


 準備オッケー。

 ショッピングモールの中はだいぶ賑わっている。入るとすぐ、数々の衣料店が立ち並んでいる。各々のお店で流行のファッションをショーケースに飾り、輝かせている。ちょっとした展示会。

それを見た日菜もキラキラと目を輝かせ、店に入っては


「これ、めっちゃ可愛い」


また、反対側の店に行っては


「うわぁ~、こっちもかわいい」


またまた別の店に行っては


「これ、ヤバッ!欲しい」


それから、転々と店を一人で自由奔放に気儘にまわっている。さっきまで疲れていた日菜とは大違い。


「ねぇ、早く」

「はいはい」


振り回されるがまま純夜は日菜についていく。天真爛漫にはしゃぐ日菜。


(志村さん、たぶん本来の目的忘れているだろうなぁ。)


 当然、純夜の気持ちなどわからず、日菜は「あのアイス食べたい」とか「あのクレープ食べよ」とか「あのパフェ食べよ」とかそんなことばっかり。というか、さっきから甘いもの食べてばっかりじゃん。

準夜はついに口を出す。


「さっきから甘いものばっかり食べているけど太るよ」


純夜は助言をしたつもりだった。しかし、日菜はムスッとして、


「その言葉、女子に禁句だから。純夜君は乙女心がわかってないなぁ」


良かれと思って言ったはずが逆に怒られた。さらに止まることはなく、日菜は話を続ける。


「言っておくけど、甘いものを食べても太りません。なぜなら、食べたカロリーは幸福感を得るために幸福エネルギーに変化し消費されるので、お腹にたまらないのです。ですから、甘いものを食べても太りません。逆に食べない方がストレスで太ってしまうのです。わかりましたか?」

「・・・・・」


日菜のご丁寧な説明に、純夜はポカーンと口を開けて聞いているだけだった。


(まったく、わからん。何その謎理論?幸福エネルギー?確かにそんなものがあればいいとは思うけど、あるはずないでしょ)


 純夜はため息交じりにもう一つ言いたいことを言った。


「あのさ、もう一つ言いたいことがあるんだけど、今日何しに来たか覚えてる?」

「・・・」


日菜はじっーと無言の眼差しで返してくる。


(ごくり)


変な緊張の糸が走る。

周りはうるさいはずなのに、ここだけが静寂に包まれている。空間が遮断されているように。


「・・・」

「何でだっけ?」


(ガクリ、やっぱりか)


 さっきまでの緊張が崩れ落ちる。


「お兄さんの誕生日プレゼント買いに来たんでしょ」

「あー、そうだ。そうだよ」


 日菜は漸く思い出し、手のひらをポンッと叩く。本当に忘れていたようだ。


「で、何にするの?」

「何がいいと思う?」


 質問に質問で返されても困る。


「僕は志村さんのお兄ちゃんではないのでわかりません」

「それじゃあ、私のお兄さんになって考えてよ」


(志村さんのお兄ちゃん・・・うん、アリだな。可愛い妹がいればいいと思う・・・って、考えていること違う!)


「今、違うこと考えてたでしょ」


日菜の鋭い目線。心を読まれた。


「ちゃ、ちゃんと考えているよ」

「私みたいな可愛い妹がいたらなぁって?」

「うん。そうだよ・・・あっ」

「へぇー、そうなんだー」


 やってしまった。

額から冷や汗がにじみ出てくる。それを見て、日菜はニヤニヤ笑っている。


(もしかして、僕って顔に出やすい?よく志村さんに心を読まれている気がするけど)


純夜は心を落ち着かせ、話を本題に戻す。


「普段の会話とかで何か言っていることはある?」

「そうだねー・・・あっ、お兄ちゃん、前によく目が疲れるとか言っていた気がする」

「そうしたら、アイマスクとかどう?」

「それ、いいね。そうしよう」


プレゼントは案外早く決まった。


「それじゃあ、早速行こうか」

「あっ、ごめん。ちょっとここで待ってて」


日菜は少しためらい気味に言った。


「どこ行くの?」

「もう純夜君、何にもわかってない。女子がデート席を外す時は聞き返しちゃダメなんだよ。今日はデートじゃないけどね」


日菜はデートではないときちんと否定する。毎回、そこは律儀である。


(なんだ、トイレか。普通に言えばいいのに)


 これが普通の男子高校生の考えといったところだろうか。まだまだ純夜の女子の扱い方のレベルは低いようである。更なるレベルアップが必要だ。

 時刻は午後三時を過ぎている。純夜は少し反省中。これからの言動には注意する必要がある。さほど、待つこともなく日菜が帰ってきた。


 その後、速やかに日菜のお兄さんのプレゼントであるアイマスクを買い、そのままショッピングモールをあとにした。帰りは競歩などせずゆっくり帰る。

 その途中、純夜はある物に目が留まった。

 それは中古店のガラスケースに飾られたゲーム。名前はクエドラ。RPGのシリーズ作品。小学校から中学校にかけて純夜が毎日遊んでいたゲーム。懐かしのゲームである。


「何を見ているの?」

「あのゲームだよ」


純夜はガラスケースに入っているゲームを指さす。


「それ、クエドラだよね」

「えっ、知っているの?」

「知っているよ。私も小さい頃よくやっていたから。懐かしいなぁ」


日菜と純夜の意外な共通点が見つかった。


「純夜君はクエドラの何が楽しかった?」

「そうだなー、やっぱりストーリーかな」

「うんうん。ストーリーいいよね。私はレベル上げが楽しかったかな。最初は初歩的な魔法だけど、レベル上げをしていくうちに強力な魔法とか覚えたときとかは嬉しかったなー」


純夜は少し驚いた。日菜がレベル上げを楽しいと言ったことが意外だったからだ。レベル上げは地道な作業でもあり、好まない人もいる。日菜はその部類だと思っていたからだ。


「意外だなぁ。志村さんはレベル上げとかしないで、後々苦労するタイプだと思った」

「心外だね。レベル上げは重要なことでしょ。地道な努力が大事なの。レベル上げをして強力なモンスターを倒す。倒せれば嬉しいし、倒せなければ悔しいし、それからまたレベル上げして強くなってモンスターを倒せればめっちゃ嬉しい。それがクエドラの醍醐味の一つでしょ」


 確かにそうだ。それにただ強くするだけではない。パーティの組み合わせによっても戦い方は変わる。それが楽しい。それこそがクエドラだ。純夜は改めてクエドラの楽しさを知る。

それから、日菜とクエドラの話で盛り上がり、あっという間に駅に着いた。

 

 夕陽は紅に燃え、世界を灼き尽くしている。

 緋色の空。

 透明なビルは茜色へと染まり、気づけば不揃いだった公孫樹の葉は黄色一色へと変わり、夕陽に照らされよく照り映えている。


「今日はありがとね」

「うん。じゃあね。志村さん」

「日菜でいいよ。下の名前で呼んで」

「えっ?」

「はい、言って」


 日菜はマイクを持ったように手を握り、顔に近づけてくる。

近づいてくる日菜に純夜は一歩後ずさり。少し抵抗感を感じる。しばらく女子を下の名前で呼んだことがなかった。口をつむんで目線を少しずらすとさらに近づいてきた。こうなったら言うしかない。


「日・・・菜・・・」

「はい」


 日菜は最高の笑顔で応える。

 ゲームの中のワンシーン。少し冷たい秋風に髪が揺れ、夕陽がスポットライトになって彼女を照らし、さらに輝く美少女ヒロインのように。


「それじゃあ。私、駅の反対側だからバイバイ」


 日菜は手を振り去って行く。駅の階段をカツカツとハイヒールで歩く音を響かせる。

 その歩く後ろ姿を純夜は呆然と見ていた。いや、見惚れていた。


「夕方なのにあんまり寒くないな」


 純夜はボソッと呟く。多くの人が駅を出入りしているが、誰の耳にも聞こえない声で。


 未だ夕陽は出しゃばりで沈みきっていない。


 遠い遠い視線の先でゆらゆらと燃えている。


 ほのかに赤く染まる道。


 その道を純夜は足取り軽く家に帰る。リズムがいい。今日は良い一日だった。


 一方、その間、純夜の通う学校の生徒たちの中である話題がSNS上で飛び交ていた。そうとは知らず純夜はベッドの上で今日の余韻に浸っていた。翌日大変な思いをするとは知らずに。


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