1-4
次の定期テストまで二週間を切った。もうすぐ九月が終わりを迎えようとしていた。そろそろ本腰を入れて、机に座り、テスト勉強を始めなければならないのだが、訳あって、純夜は駅前の時計台の前に立っていた。日曜日の午前10時ということもあり、若者たちがよく目立つ。
「純夜くーん」
ねじれのない真っすぐに整った長い髪をなびかせ、小走りでかけてくる日菜。膝下が隠れるくらいのチェックのスカートに白いカーディガンを纏った衣装にやや高めのハイヒール。
可愛い私服。制服の日菜も私服の日菜もどんな姿の日菜も当然可愛い。
純夜は心の中で両手を合わせ、日菜の私服姿をありがたく拝む。
「待った?」
「少し待った」
「そこは嘘でも『今、来たところ』って言ってほしいなあ。デートの基本だよ。まぁ、今日はデートじゃないけどね。でも、待たせたのはごめんね」
(何故、僕は注意された?ただ事実を言っただけなのに。恋愛って面倒くさいんだなぁ)
それはさておき、何故、純夜と日菜が二人きりでいるのかと訳を説明すると時を少し遡る。
放課後の図書室。その日も純夜は日菜に勉強を教えていた。日菜に勉強を教え始めてから暫く経ち、日菜とも少しずつ話せるようになった。そして、その日は日菜からある物を渡された。
「はい。これ」
可愛らしいピンク色の小包を日菜は純夜に手渡した。
「これは何?」
「勉強を教えてくれるお礼」
「えっ、・・・ありがとう」
(美少女ヒロインからのプレゼント。そういえば人からプレゼントもらったのはいつぶりだろう。中身が気になるなぁ。)
純夜はまじまじとプレゼントを見つめていた。それに日菜が気づいたのか「開けていいよ」と言ってくれた。
中を開けてみると可愛らしいクッキーが入っていた。丸い形のもあれば、星形にハート型、様々な形のクッキーがいっぱいに詰められていた。純夜の胸も嬉しさでいっぱいになった。
(やっぱ、志村さん女子力高ぇー)
早速、クッキーを食べようとした時、
「あっ、ちょっと待って。頼みがあるんだけど。」
「頼み?」
「うん」
純夜は何を頼まれても、もう驚くことはないと思っていた。日菜に勉強を教えてほしいと頼まれ、それ以上に驚くことはないと。
「私の頼みは・・・一緒に買い物に来てほしい」
「・・・・・・・・・」
(えーーーーーーーー!一緒に・・・買い物・・・。それってつまりデート・・・。いやいや、そんなはずはない)
「デートってわけじゃないから。買い物に付き合ってほしいだけだから」
「でっ、ですよねー」
純夜はわかっているつもりだったけど、きっぱり言われるとやっぱり少し悲しい。そりゃ、少しくらいは期待してもいいでしょ。
「来週、お兄ちゃんの誕生日なの。それで何かあげようと思ったんだけど、何あげればいいかわからなくて。だから、男子に訊けば何かわかるかなぁって」
「あー、そういうことね」
純夜は手に持っているクッキーに目を落とす。
(そのためのクッキーか)
でも、折角美少女ヒロインから貰えるのだから、当然、断る理由もないし、断るわけもない。
「いいよ。後で日時教えてね」
「ほんと。助かるー。じゃあ、クッキー食べていいよ」
「それじゃあ、いただきます」
純夜は星形のクッキーを一つ手に取り、口に入れる。
(きっと、おいしいにちがいな・・・)
裏切られた。
口にしたのは本当にクッキーなのか。ガリっ、ふにゃ、ぱすっ、思っていた音とは違う。食べ物と呼べる代物ではない。まるで、スポン・・・いや、これ以上はやめよう。
「どう?おいしい?」
「うん・・・おいしい・・・よ」
「顔がおいしいって言ってない」
バレた。
「やっぱ、ダメかー。頑張って練習したんだけどなぁ」
「でも、一生懸命作ってくれたのはわかる。だって、温かいもん」
「ぶっ、あはははは」
日菜が突然笑い出した。
「なっ、何言ってんの。昨日、作ったんだから温かいわけないじゃない。やばい、笑い過ぎて涙出てきた」
日菜は腹を抱えて笑っている。純夜は呆気にとられ、呆然としていた。こんなに笑う日菜を見たことがない。
「でも、ありがとう。慰めようとしてくれたんでしょ。純夜君がいい人で良かった」
彼女は素直で純粋な笑顔で言った。
「じっ、事実を言っただけだから。」
純夜は夕日が眩しい窓の外に目をやる。素直に恥ずかしい。顔がほんのり赤く染まっていく。それは、夕日のせいなのか、それとも彼女のせいなのか・・・
「ねぇ、今度はさ。純夜君の料理食べさせてよ」
「うん。わかった。」
こんな感じで現在に戻る。
日菜とのデー・・・いやいや、買い物の付き添い。そんな訳で、純夜と日菜は駅前の時計台で待ち合わせをしていた。
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
駅から十分ほど離れたショッピングモールで買い物をする予定だ。
日曜日ということもあり、カップルが多い。ベンチに座って、談笑するカップル、指を絡ませ恋人繋ぎをして歩くカップルなどなど様々な愛が町に満ちている。そんな中、純夜も少しは意識していた。日菜と二人きり。勿論緊張していて、手汗が止まらない。
「あのさ。最初に言っておくけど、僕では何の参考にもならないよ」
「大丈夫。純夜君は普通の高校生だから」
(何が、大丈夫なのか、まったくわからん。てか、答えになってないし。普通の高校生ってところは否定しないけど。)
日菜は満足そうに歩を進める。何の不安もないようだ。
「お兄さんは年いくつなの?」
「21だよ。私の三つ上。大学三年生」
「仲いいの?」
「そうだね・・・良いいんじゃない。よく一緒に出掛けるし、家に居ても結構、話すしね。あと・・・お風呂も一緒に」
「えっ、(お風呂?)」
(兄妹でお風呂?噓でしょ。いや、でも待てよ。高校生までなら一緒に入る人もいるって聞いたことがある。いやいやいや、志村さんに限ってそんなこと・・・あるのか?)
純夜の顔は凍っていた。根拠のない推測が頭を巡る。
「冗談だよ。」
「じょ・・・冗談・・・」
「うふふ。当たり前じゃん。高校生にもなって、兄弟でお風呂なんてありえない。純夜君とは違うよ」
「僕は一人っ子です」
「でも、お姉ちゃんいたら一緒に入りたいでしょ」
「入らない。身内なんかに欲情などしない」
「ほんとかなー」
日菜が疑問の目で顔を覗かせてくる。
「普段、見られない女の人の体を見れるんだよ。」
「大丈夫。僕は画面の中でじゅうぶ・・・」
おっと、危ない、これ以上は問題発言になる。
純夜は誤魔化すように日菜の数歩先を足早に歩く。
「ねぇ、今最後よく聞こえなかったんだけど」
日菜も後ろから足早に近づき問いただしてくる。
「なっ、なんでもないよ」
純夜はさらに歩くスピードを速くする。
「ねぇ、言ってよ。気になるじゃん」
日菜もさらにスピードを速くする。
「なんでもない」
それから、何故か競歩になっていて、気づいたら目的地のショッピングモールにゴールしていた。