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1-3

 等間隔に連なる町の公孫樹の葉の色は初秋ということもあり、未だにほとんどが緑色で、点々と黄色い葉が見える。

 秋には芸術の秋、運動の秋、食欲の秋などの様々な秋がある。しかし、純夜の秋は「普通の秋」だ。何事もない。ただ時の流れに身を任せ、やってくる冬の寒さに備える。

 だが、今年はだいぶ違う、彼女がいる。


 志村日菜。

 彼女のおかげなのか、今年の秋はぬくもりがある。美少女ヒロインといるだけで少しだけ世界が違って見える。

 日菜に頼まれ、純夜は毎日放課後、日菜に勉強を教えている。そして、今日もあの二人きりの図書室で。


「ねぇ、純夜君って足早いんだね」


日菜からの唐突な言葉。その言葉に純夜は勉強の手を止めた。


「どうして、僕そんなに速くないと思うけど」

「だって、今日の体育の持久走、男子の中で6位だったじゃん。すごいよ。」


 6位。この順位は速いのか純夜は疑問だった。確かに遅くはない。でも速くもない。先頭の集団とは随分と差があった。


「そんなことはないよ」


純夜は否定した。そんなことは気にせず、日菜は話を続けた。


「いや、すごいよ。純夜君は運動もできるんだね。羨ましいなぁ」

「僕は・・・そんなんじゃない。」


 何かを吐き捨てたような言葉だった。いつもとは違う口調だったので、さすがに日菜も話すのをやめた。


「・・・」

「・・・」


 しばしの間、沈黙が続いた。窓の外からはいつも通り変わらず、部活にいそしむ生徒の声が聞こえる。重い雰囲気。その気まずさに耐えられず純夜は日菜に声をかける。


「そういえば、志村さんが体育で運動しているところ、見たことがない気がするんだけど」

「あー、それねー。私・・・さぼっているの」

「えっ?」

「先生に病気を口実に休ませてもらっているんだよ。私、運動できないからさ」

「意外だなー。志村さんって運動できるイメージあるんだけど」

「そういうところだよ」

「何が?」


純夜は疑問を覚えた。運動ができない理由で体育をさぼっていることを。


「皆、私に期待しすぎなの。実際、勉強も運動もできないのに。顔とか、スタイルが良いからって、何でもできると思っている。だから、私は皆の理想の日菜じゃないといけないんだよ。下手なことはできないんだよ。本当は何もできないのにね。笑っちゃうよね」


日菜はヒロイン可愛らしい顔で笑って言った。だが、その笑顔はいつもの可愛らしい笑顔ではない。その笑顔の裏には悩みの深い根があるように純夜には感じられた。


「この話は二人だけの秘密ね」

(二人だけの・・・)


その言葉に純夜はドキッとした。


「純夜君、顔赤いよ」

「そ、そんなんじゃないから」

「ふふっ」


彼女はくすくすと優しく微笑む。やはり、美少女ヒロインには敵わない。彼女の言葉は人の心を惑わす。


「もう一つ訊きたいことがあるんだけど」

「なになに?私のタイプ、それとも彼氏がいるのとか?」


日菜は身を乗り出してわざとらしく純夜をからかう。


「いや、そういうのじゃなくて」


女子は何でも恋愛話にもっていく。それは日菜も例外ではなかった。だけど、別に興味がないわけではない。それは、まぁ、勿論気にはなる。


「何で僕なの?」

「ん?」

「勉強。志村さんなら他にも宛てが沢山あるでしょ」


純夜ずっと謎だった。日菜は可愛くてクラスの人気者であり、人望もある。それなのに、何故平凡な僕を選んだのか。何の取り柄もない僕を。


「それはさっき言った通りだよ」

「どういうこと?」

「皆は私が何でもできると思って理想を押し付けてくるけど、純夜君はそういうこと気にしないで、ありのままの私を見てくれると思ったの」

「そういうことなの?」

「そういうこと」


 純夜はイマイチ腑に落ちなかった。

 たぶん、日菜は自分を偽って、他者と接してきたのだろう。それはきっと辛いことだと思う。本当は本当の自分を知って欲しいけれど、他人の目がそれを許してくれない。


「あっ、そろそろ時間だ。今日もありがとね」

「うん」

「じゃあね」

「じゃあ」


いつも通りの別れの挨拶。艶やかな黒髪を揺らしながら去って行く日菜を純夜は見送った。その後、純夜もすぐに図書室をあとにし、校舎を出た。既に日は落ち、外は暗く、校庭のライトだけが辺りを照らしていた。少しだけ空気が冷たい。


「ヒロインにはヒロインの悩みがあるのかなぁ」


純夜は暗闇の中、ポツリと呟いた。


(でも、平凡の僕にはわからないよ・・・)


虫の音が聞こえる。小さな小さな音色が。なぜ、鳴いているのかはわからない。

でも、純夜は少し考えごとをしながら、静かな音色の道を歩く。




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