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静まり返った校内。窓の外からは部活に励む生徒の声。
純夜は誰もいない静かな廊下を一人歩いていた。足音がタッ、タッ、と響き、心臓の音がドクッ、ドクッと胸を打つ。やや緊張気味。
なぜなら、あの美少女ヒロイン日菜と二人きりの放課後。
図書室のドアの前に着いた。
「ふぅ~」
とりあえず一息。心を落ち着かせる。純夜は静寂の中、静かにドアを開ける。
図書室の中に人影はない。本の壁がずらりと立ち並び、カーテンの隙間からは僅かに夕日がこぼれている。
純夜は奥へと進み、そこには日菜がいた。
その姿はもはや女子高生の域を超えている。
窓辺に座る彼女は美しすぎた。夕日をバックに黙々とペンを動かす姿。髪を耳にかける仕草は到底、言葉では表すことができなかった。純夜は見惚れていた。ただただ一枚の絵画を見るように眺めることしかできなかった。
「あっ、来たなら声かけてよ」
日菜がこちらに気づいた。
「いや、今来たところ」
平然と嘘をつく。既に来てから数分が経っているはず。
「まぁ、座って、座って」
「うん」
純夜は向かい側の席に座る。やはり落ち着かない。日菜が目の前にいることを意識すると余計に緊張する。
「あのさー、この問題どうやって解くの?」
「どれ?」
そこに出された問題はごく普通の因数分解の問題。高校に入ってすぐ習う簡単な問題だった。
「一応訊くけど、三年生だよね?」
「ばっ、馬鹿にしないでよ。あと半年で卒業の三年生。ただこの問題がちょっと、ほんのちょっとわかんないだけだから。わかれば他の問題なんて余裕だから」
一体何処からそんな自信が湧くのやら。それにしても想像以上の酷さだった。もはやここまでとは。
純夜は一度、彼女のおバカ加減を理解し、心を落ち着かせ頭の中を整理する。
「えっ~と、ここはこうでなるでしょ。で、これがこうなるから、ほら、解けたでしょ」
「純夜君・・・天才。頭いいんだね」
日菜は息を呑んで、まるで神様を見るような目で純夜を見る。
「そんなこと・・・ないよ」
その言葉は謙虚さを意味するものではなかった。また、別の意味があるように感じられた。
「ところで、純夜君は順位何位くらいなの?」
「僕はたいしたことないよ」
「純夜君は私の順位知っているのに、私が純夜君の順位を知らないのは不公平だよ。」
「わかった。言うから・・・80位」
「・・・」
沈黙の反応。
それもそうだ。200位中80位。中のやや上。
当然微妙な反応となるのだが、
「すっ、すごい」
「えっ?」
「80位!すごいよ。私より順位が高い」
(そりゃ、そうだろ。流石に190位より下はない。逆にそっちの方がすごいよ)
「ねぇ、ねぇ、もっと勉強教えてよ」
「はいはい」
それから、約二時間。二人きりの時間は過ぎ、下校のチャイムと共に幕を閉じる。
「今日はありがとう。もし良かったらだけどこれからも教えてほしい」
「うん、いいよ。いつでも」
「じゃあ、毎日図書室で待っているから」
「毎日!?」
「ダメかな?」
またもや、上目遣いを使ってきた。再び会心の一撃。当然断ることはできない。
「ぜっ、全然、ダメじゃないよ」
「ありがとう。明日もよろしく。またね」
そう言って、日菜は手を軽く振って、去って行く。
夏が終わり、日は短くなり、窓の外は思っていたよりも薄暗くなっていた。
ほとんどの生徒は下校し、残っている生徒もごく僅か。
(『頭いいんだね』か。いつぶりだろうな。そんなこと言われたの。でも、所詮は平凡に過ぎない)