後ろの駅
初投稿です。続きものですが1話完結型短編集のようなものを目指す所存です。よろしくお願いします。
ありふれた噂話。
数年前、その駅で一人の少女が死んだ。
死因ははっきりしていない。ホームから飛び降りたとか、突き落とされたとか、スピーカーが落ちて頭を直撃したとか。
共通して言えることは、首から上が無くなったこと。
車輪に捻じ切られた、潰された、とにかく凄惨な理由で顔は判別もつかないくらいグチャグチャになった、らしい。
それから少女は毎晩、自分の首を探して駅を彷徨っている。
けたたましいアラームの音が夢の中にあった意識を現実へ引きずり出す。
手探りでスマホを探してアラームを止める。外からセミの鳴き声が聞こえてくる以外何の音も部屋の中には存在しなくなった。
まだ半分覚醒していない頭で今日の予定を思い出す。確か今日は授業が朝からあったけどそれ以外はこれといった予定もなし。
もそり、と布団を被り直した。昨日飲みすぎたのか、頭が重い。
今日は一日寝ていよう、そう思った時、インターホンが鳴った。
「おーい、起きてるかー?」
ガンガンと無遠慮に扉を叩かれる。聞き慣れた声に若干顔をしかめる。
「まだ寝てんのか?おおーい」
「うるさい、起きてる。ていうか起こされた」
諦めて布団から出て扉を開けた。寝ぼけ眼には眩しい笑顔の金髪青年が立っていた。
「おはよう、村瀬。もう少し静かにしてくれ、頭に響く」
「なんだまた一人酒してたのか?寂しい奴だなぁ」
ズカズカと部屋の中に村瀬は入っていく。
「何度も言ってるけど、僕の一人酒は趣味であって友達がいないからとかではない。あと朝飯はいらないってのも言っただろ」
「朝食べねーと授業耐えられないじゃんか。あ、鮭と昆布どっちにする?三雲の好きなやつ売り切れてたからテキトーに買ってきたわ」
一人玄関に残された青年、三雲は観念したようにため息をついてから鮭、とだけ答えてリビングに戻った。
高校時代に三雲は村瀬と知り合った。きっかけは出席番号が前後でよくペアを組まされたり2列で整列するときに隣になったり、ということがよくあり否が応でも接点が生まれた。
人当たりが良く誰にでも話しかける村瀬は何故か正反対のタイプである三雲のことを気に入り何かと話かけお節介を焼いた。元々一人を好み他者を嫌厭していた三雲からすれば、最初は迷惑以外の何者でもなかったため突き放すような態度を見せて距離を取ろうとしたが、村瀬が根気強かったことと、三雲が元々怠惰な性格だったからか数ヶ月後には抵抗する気も失せて村瀬の好きなようにさせた。
地元から遠く離れた大学への進学が決まりこれで縁も切れるかと思ったらまさかの同じ大学同じ学部でしかも借りているアパートの部屋が隣同士だとわかった時は実は村瀬は自分のストーカーなのではないかと疑った。
そんなことで村瀬はほぼ毎日三雲の家を訪ね世話を焼いている。
「そうだ!三雲、今日の夜空いてるか?」
村瀬からの突然の問いに三雲は眉を潜めた。こういう時の村瀬はいつも厄介ごとを頼んでくることを身をもって知っていたからだ。
「空いてない。空いていたとしてもお前の話には乗らない」
「そんな冷たいこと言うなよ〜昼飯奢るぜ?」
「嫌だ」
なー頼むよー、と宿題の終わらない小学生のように懇願する村瀬に三雲はため息をついた。
「お前だって、変なのに巻き込まれたくないだろ。僕は普通じゃ無いから平気だけど、そっちは一般人でどこで入り込まれるかもわからないんだぞ」
「そのための三雲だろー?今回も結構面白い話なんだって!」
ズイ、と村瀬はスマホを突きつける。よくあるおどろおどろしいデザインのホームページだった。
「最恐スポット平坂駅!毎晩首のない少女が今は使われなくなった廃駅を徘徊する。出会えば最後、身体を引きちぎられて殺される。いいネタだろ?電車で行ける距離だしな」
満面の笑みの村瀬。両耳の大量のピアスが外の光を反射させているせいかその表情はやたらとキラキラ輝いて見える。
村瀬は根っからのオカルトマニアだった。怪しい民芸品や都市伝説に飛びついては惨事を引き起こす天才、もとい天災だった。
「よくもそんな噂話を嬉々として持ってくるな。大体、なんで少女の霊にバラバラにされたなんてわかるんだ。死人にでも聞いたのか?」
「それを確かめに行くのが俺たちだろ?このサイトの話だって偶然見かけた人が投稿したようだしさ」
「だとしたらさらに嘘に見えるな。バラバラにされてる時点で警察に連絡するだろ。」
村瀬はシュンとした顔になった。耳やらしっぽやらが見える気がする。
三雲は観念したようにもう一度ため息をついた。昔から、この顔にはめっぽう弱い。
「わかった。今日の夜でいいんだな?」
パアアッとみるみるうちに村瀬の顔は明るくなった。
「そう言ってくれると思ったぜ親友!」
「くっつくな、暑苦しい」
「俺たちの仲だろ〜?今更気にすんなって」
わしわしと村瀬は三雲の黒髪を撫でる。
「それじゃ、今日バイトの後に迎えに行くからな!」
「好きにしてくれ。僕はこれから寝る」
学校に行く準備をする村瀬を尻目に三雲はゴソゴソと布団に入り直そうとする。しかしむんずと首根っこを掴まれてしまった。
「なんだ、僕は今日は学校は行かない。夜まで寝る」
「いや、今日は行ったほうがいい。というか行こう」
ずるずると布団から引っ張り出される。運動系のサークルに入っているからか、村瀬は力持ちだった。
「お前は僕の母親か何かか?ここまで世話を焼く必要ないだろ」
眠い故の不機嫌さもありギロッと睨むと村瀬は困った顔をした。
「だって今日、テストだぞ?学期末の」
田舎の夏の夜というのは、何故こうもうるさいのか。
虫がわんわんと鳴き喚きカエルもそこらじゅうで叫びまわっている。
しかも隣の村瀬がそれに負けじと喋るものだから三雲の耳は限界を迎えていた。
「村瀬、もう少し静かにできないのか?」
「だってここめっちゃ煩いじゃん。声聞こえなくなる」
「なら喋らなきゃいいだろ。というかこんなに歩くなんて聞いてないぞ」
村瀬の言う通り、電車の距離ではあった。だがそれは電車を4回乗り継いでしかもそこからかなり遠くまで徒歩で移動する必要があった。
夕方ごろに出発して現在は夜の1時をまわったあたり、三雲の体力はもうゼロに近かった。
「やー俺もこんなに離れてるとは思わなかった。どっか宿とっときゃよかったなー」
「は?まさかこんなところで野宿しろってのか?ふざけるなピアス引っこ抜くぞ」
「そんなカッカしないでくれよ〜あとでなんとかするからさ。お、もしかしてあれじゃね?」
村瀬の指差した先、畑の広がる坂の上に無人駅のようなものがあった。
ホームに上がる階段そばの電話ボックスとホームの消えかかった電気だけがその存在を示していた。
ホームには小さなベンチとアナウンスのためのスピーカー、昔の安全標語のポスターなどがあった。
「それで、ここでどうしたらいいんだ?」
ウロウロとホームを歩きながら三雲は村瀬に聞く。
「んー噂だと夜にここ歩いてると首のない少女が徘徊してるってだけ書いてあったんだよなあ」
村瀬の話に三雲は若干の違和感を覚えた。
「それ、何か探してるのか?」
「……どういうこと?」
「いやだから、その女の子は自分が死んだ場所を歩きまわってるんだろ?それには何か目的があるのかってことだよ」
三雲の問いに村瀬は不思議そうに首を傾げた。
「何って、自分の首だろ?自分の頭がなくて不便だから毎晩毎晩駅で探してるんじゃ……」
「だとすると少し妙だ。首が欲しいならそれだけ貰えばいいだろ。なのにどうして身体ごと持ってくんだ。」
その時だった。
キィィィィンと耳鳴りが三雲を襲った。
聞き慣れた異音。それは三雲に危険を知らせる合図だった。
「っ……村瀬!近くにいるぞ」
隣の村瀬を咄嗟に見る。そして、三雲は見てしまった。
村瀬の後ろに、何かいた。
「ーーーーっ!?」
真っ黒な両眼に赤くて大きな唇、ドロドロと長い髪の毛は黒いもやのように広がり骨張った手を村瀬の肩に置こうとしていた。
「村瀬!」
「うおっなんだなんだ!?」
腕を掴み走り出す。
村瀬がなにか叫んでいるが三雲はとにかく隠れられる場所を探した。
見なくてもわかる、あれは自分たちを追いかけている。姿を見た、襲うべき対象を。
駅の階段を駆け下りてそばの電話ボックスの影に身を隠す。元々体力のない三雲はとうに限界だった。
「三雲、やばい奴いた!あれなに!?」
村瀬にも見えていたらしい。一般人でも見える程度には怨念を抱いているようだ。
「さあな。けど首があったぞ。噂と違う」
「や、やっぱり首あったよな!?俺の見間違いじゃないよな!?」
「村瀬、うるさい。気付かれるぞ」
ハッ、と村瀬は自分の口を押さえた。村瀬には聞こえているのかわからないが、頭上にのホームからズルズル、ジュルジュルと引きずるような音がずっと聞こえていた。
どうする、どうすればいい。三雲はポケットから何かを取り出した。
白木の鞘の小刀。どんな霊障にも三雲が耐えられる理由の一つ。
これを抜くべき時か、躊躇うように顔を顰めた時だった。
「アズマ!」
村瀬の叫びで我に帰る。バッと身を引くと先ほどまで三雲がいた場所にあの骨張った手が伸びていた。
「アアァアアァァァアアァァォォオォォ」
獲物を捕らえられなかったからか、それはガラガラの喉で叫んだ。
素早く手は引っ込み、今度は身を乗り出してこちらに来ようとした。
「ホームに上がるぞ!」
村瀬にそう叫んで無我夢中で階段を駆け上がる。再びホームに出ると、化け物の姿はどこにも無くなっていた。
「三雲、俺でもわかる、あれやばいやつだ」
「そうだな。これに懲りたらもう変なことに興味を持たないほうがいいぞ」
「それは無理かもしれないなあ……ところで、今あいついないし逃げたほうがいいんじゃない?」
「あれはさっきホームから出ようとした。地縛霊タイプならさっさと撤収してるところだけど、あれは恐らく僕たちを地の果てまで追いかけてくる。だからここで仕留める」
ザザザッとノイズが走った。駅のスピーカーからだった。
「ままままもまもまなくくくにににばんんんほぉぉぉむにれれれれっっっししゃがままままいいりますすすすすぐぎががぐねれれららととととっききゅうよよもつももももよよもつつつつひらさかかかかゆきatpmj#tjgjp#avptx'ttjg#jxg#jmxここでおわり」
ブツッ
ノイズが入りまくっていたが最後だけは聞こえた。
「ここでーー」
「ココデオワリ」
合成音声のような声が耳元で聞こえた。そして思い切り左腕を掴まれた。
「三雲っ!!」
村瀬の声が遠くなっていく。三雲は倒れ引きずられていった。
「来るな!お前は触られたら終わりだ!」
どこへ引っ張られているのかは想像がつく。ホームに落とす気だ。
「使いたくは、なかったんだけど……!」
片手で小刀の鞘を振り落とす。カンッと甲高い音が鳴った。
無理やりうつ伏せになり左腕に纏わりついている黒いものに刃を突き刺した。
「ア゛アアァアアァァァアアァァ」
引きずろうとする力が弱まる。しかし三雲を掴む手は緩まなかった。
「三雲!左!」
村瀬に言われなくとも気づいていた。貨物列車がこちらに向かっていた。
刀を握り直す。狙うのは、頭。
「いい加減に、しろ!」
刃は化け物の眉間を貫いた。ザラァッと砂のように霊は砕け散った。
直後、列車が三雲の目と鼻の先を通過する。間一髪だった。
村瀬が駆け寄ってくるのを最後に、三雲は意識を失った。
次に目を覚ました時、三雲はベンチで横になっていた。
「男の膝枕は、嬉しくないな」
「目覚めて最初の言葉がそれかよ!」
あたりは明るくなっていて、いつもみたいに村瀬の髪がキラキラと輝いていた。
本人には言わないが、三雲はそれがとても好きだった。
「結局、あれなんだったんだろうな。首あったし」
「あれだけ髪が長くてドロドロしてたら首なんてないようなものだろ。見えなかったってことだよ」
バラバラになって死んだのも、おそらくは貨物列車のせいだ。暗いから乗務員も気付かなかったのだろう。
「なるほどな〜。ところでいつまで俺の膝使うんだ?」
「あれを使うと体力全部持ってかれるんだよ……」
まだ頭が重かったので、三雲は横になったもままぼんやりしていた。
「悪かったよ。あんなに危ないとは思わなくて……」
「あの類はどれも危ないんだ。だから一般人は関わらないほうがいい。怪異にも、僕にも。」
「そーいうこと言わないって約束したろ?俺は好きで三雲を巻き込んでるし、巻き込まれてんだから」
それに、と村瀬は続ける。
「なんだかんだで、三雲が助けてくれるからな。」
村瀬の笑顔は、眩しかった。
三雲はそっぽを向いて、村瀬にもわからないくらい小さく笑って呟いた。
「本当に、煩いやつだ」
読んでいただきありがとうございました!二人の物語はこれから少しずつ書いていきます。出会いの話などをとりあえずは考えていますので、どうか気に入っていただけたら次回も読んで欲しいです。