第二話 義和団の乱
それは明智のほんのいたずら心から始まった。
唯の小説を覗いてみたい、もっと言えば、軽くからかってやろうという、思いつきだった。
明智友哉に呼び出された、警視庁サイバー犯罪対策課の、元・刑事だった服部は、不祥事による退職後の現在、明智財閥の裏の仕事を担っていた。
ある少女のパソコンとスマホに不正アクセスして、情報を洗いざらい報告するよう言われ、顔色も変えずに請け負った。
特に少女の書いた小説について、詳しく知りたいという要望が付け加えられた。
服部は明智の目の前で、造作もなく唯のパソコンとスマホに不正アクセスし、瞬く間に情報を抜き取っていった。
そして唯が、pixivというサイトに、小説を投稿している事をつきとめ、明智に「どうぞ」と促す。
明智は唯の小説を読み始めた。
それは開国まもない日本が、極東の未開の小国と侮られ、見下されていた時代、日清戦争により弱体化した清国に、ある大事件が起こるところから始まった。
義和団の乱と呼ばれるそれは、「扶清滅洋」、清を助け西洋を滅ぼすと叫ぶ、宗教的秘密結社・義和拳教による排外主義の運動で、1900年に清国の西太后が、この叛乱を支持して、6月21日に欧米列国に宣戦布告したため国家間戦争となった。
発端は、1885年に遡る。
日清戦争に敗北して、清国が「眠れる獅子」ではなく「眠れる豚」であることを露呈すると、西欧列強は飢えたハイエナのようにその死肉に食らいついていった。
三国干渉により日本に遼東半島を返還させると、それをロシアがとりあげ、同時にドイツは膠州湾と青島をむしりとる。
フランスは広州湾を、英国は日本が日清戦争後にまだ保障占領していた威海衛を受け取り、さらにフランスとの均衡のためと主張して香港島対岸の九龍をとった。
こうした状況に民衆の不満は高まっていたのだ。
明智は毎日、ディプロマシー部で、西欧列強のえげつなさを、骨身に染みるほど疑似体験している。
唯の小説はまさにディプロマシーの世界観そのままなのだ。
弱者とみなされれば、容赦なく食い物にされる、残酷な神の支配する世界。
唯は何を思ってこれを書いたのだろう。
唯の目に俺は、西欧列強の様に映っているのだろうか。
明智は先を急ぐように読み進めた。