決着
すみません、投稿遅くなりました。
途中で切る部分が見つからなかったので、今までより文字数多めです。
サクヤ・フリージアという少女は天才であり、
それ故に孤独だった。
両親からは有り余るほどの情愛を受けたが、一つ上の兄にはその才を妬まれ、同年代の子らには一歩置かれる。
サクヤはその事を、幼いながらもそういうものなのだと理解していたし、それでも別に良いと思っていた。
……ある少年と出会うまでは。
「俺はソラ・エンドール。よろしく!」
その少年は無邪気に笑いながら、サクヤに手を差し出した。
サクヤもおずおずとその手を握る。
今思えば、家族以外の手を握ったのはそれが初めてだった。
それ以来、家族同士の付き合いもありその少年とよく遊ぶようになった。
遊び場所のほとんどがサクヤ家の庭だったが、いつだったか一度だけ、PMBを一緒に見に行った事がある。
それまであまりPMBに興味のなかったサクヤでさえ、思わず心を昂らせてしまうほど、熱狂的な場所だった。
「俺、将来これに出たい」
目の前で繰り広げられる闘いに、目が釘付けになっているソラは、そう独り言をこぼした。
多分、ソラはその時PMBに恋をしたのだろう。
サクヤにはすぐにそれが分かった。
何故ならサクヤも、その少年に対して同じ気持ちを抱いていたから。
それ以降、一緒に遊ぶときはよく魔法の練習をするようになった。
新しい魔法をサクヤがソラに見せると、ソラは悔しそうな顔をした後、最後はおめでとうと言って褒めてくれる。
サクヤはそれが嬉しく、どんどん新しい魔法を習得していった。
しかし、いつからかソラの表情に翳りが差すようになった。
サクヤがどうしたのかと聞いても、ソラははぐらかすだけだ。
そしてサクヤとソラが初めて会ってから1年が経った頃、ソラはサクヤの家に遊びに来なくなった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
──今思えば、私も酷い事をしていたものだわ。
サクヤは自嘲気味に笑う。
ソラが初級火魔法しか使えないのを知らなかったとはいえ、そんなソラにずっと新しい魔法を使えるようになったと自慢げに見せつけていたのだから。
きっとソラには辛い思いをさせていただろう。
……ソラが進もうとしているのは茨の道だ。
しかも、傷だらけになりながらその道を進んでもあるのは行き止まりだけ。
だからサクヤは、
──ソラの目を覚まさせないといけない。……たとえソラから嫌われたとしても。
そう覚悟を漲らせ、この闘いに臨んでいた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
サクヤがそんな想いを秘めている中、闘いは不思議な状況に陥っていた。
ソラが魔法を一切放たないのである。
しかし、諦めたかというとそれも違う。
サクヤから放たれる魔法はできるだけ回避し、当たるにしても致命傷は避ける。
それは紛れも無く交戦の意思表示だった。
「火球」
呟くようにソラは魔法を唱え、魔力を練り上げる。
すると、ソラの目の前にいつも通りの火球が出現した。
だが、ソラはまだ魔法を放たない。
さらにソラが魔力を込めると、煌々と火球の輝きが増していき……ボシュッと音を立てて消える。
──もっと、もっと。
先程からソラは、サクヤの猛攻に耐えながら何度もそれを繰り返していた。
「海龍がソラ選手を苛烈に攻め立てるッッ!!しかしソラ選手もギリギリのところでそれを凌いでいます!それにしても、ソラ選手は先程から魔法を一切打ちませんね?何かを狙っているのでしょうか、解説のラビリさん!?」
「さあ〜、どうでしょうね〜?」
──もっとだ。まだ……。
もはや解説、実況の声が聞こえない程に、ソラは極限の集中状態にあった。
今彼の眼に映るのは、サクヤからの攻撃と目の前で紅く燃ゆる火の球だけだ。
迫り来る海龍の突進を、ソラは空中でひらりと舞って躱す。
着地したソラの目の前には、通常よりも遥かに輝きの強い火球が浮かんでいた。
──……できた。
ソラはその輝きを見て……嗤う。
サクヤはその表情を見て、瞬時にある不安が頭をよぎった。
あの魔法は私の下まで届き得るのではないか、と。
しかし、サクヤは即座に頭を振りその不安を打ち消す。
──いや、そんなことはあり得ない。ソラが使えるのは初級火魔法だけ。私の魔法を打ち破れる筈がないわ。
心の中ではそう思うが、どうしても先程よぎった不安が頭から離れないサクヤは、海龍を自分の下まで呼び戻して防御を固める。
だが、ソラはその様子を見ても笑みを崩さない。
「火球ッッ!!!」
ソラはそう声を張り上げ、暫くぶりの火球をサクヤに向かって放った。
大気を焦がしながら、サクヤに火球が迫る。
「おおっと!?ここでソラ選手が久し振りに魔法を放ちました!しかし、火球ではサクヤ選手の防御を打ち破らない事は確認済みッ!この魔法には一体どんな狙いが──」
ガタンッ!!という音を立て、実況の声を遮るようにラビリは立ち上がった。
「ど、どうしたんですかラビリさん!?」
「……歪曲魔法」
「へ?」
サクヤは向かってくるそれを冷静に対処した。
「水の壁ッ!」
先ほどと同じように、火球の進路を塞ぐように魔法を展開する。
すると、火球はそのまま予想通りサクヤが張った水の壁に吸い込まれ、その壁をものともせず貫通した。
「なッ!!?」
その事実にサクヤは思わず驚きの声を上げる。
「な、な、なんということでしょう!!ソラ選手が放った火球が、サクヤ選手のウォーターウォールを貫きましたッ!!一体何がどうなっているのでしょうかラビリさん!?」
「……今ソラ選手が使ったのは、歪曲魔法と呼ばれるものですね〜」
実況が驚くのも無理はなかった。
初級魔法は中級魔法に勝てない。
これは魔法使いの中で常識であり、絶対なのだ。
しかし、目の前の光景はその常識を嘲笑うように焼き尽くす。
「ディ、歪曲魔法とは一体何なのでしょうか!?」
「えっとですね〜、魔法に理想の形があるっていう事は知ってますよね〜?」
「はい、それは当然知っています!」
全ての魔法は、形、大きさ、魔力量など様々な要素で構成されており、それぞれの魔法に理想の組み合わせが存在する。
例えばソラの使っている火球であれば、形は真球、大きさは直径30センチと、その魔法が最も安定する状態を魔法使いたちの間では理想の形と呼んでいる。
「そしてですね、歪曲魔法とは、その理想の形を無視する事です〜。今ソラ選手は、普段よりも遥かに多い魔力を注ぎ込んでファイアーボールを放ったんですよ〜」
「な、なるほど!!でも、魔法は理想の形から離れれば離れるほど制御が難しくなりますよね?」
「そうです〜。もし仮に理想よりも1割多く魔力を注ぎ込めば、その制御の難しさは数十倍にもなるでしょうね〜。そしてソラ選手の魔法には、サクヤ選手の魔法を打ち破るために普段の何十倍もの魔力を込められています〜。その制御が一体どれほど難しいのか、想像すらできません〜」
「な、なんと!?やられっぱなしかと思われていたソラ選手ですが、そこには獰猛な牙が隠されていたようですッ!」
ーー初級火魔法しか使えない俺にまだ出来る事。
成功率は全然低いが……唯一天才達に抗える力。
まだソラがエンドール家の人間であった時、近くでスルスルと成長という名の梯子を上っていく天才を見てソラは思った。
恐らくこのまま普通に魔法の鍛錬をしていても、一生追いつけないだろうと。
ならば、
普通ではない方法を取るしかないじゃないか。
「いっけええええッッ!!!」
「喰らい尽くしなさい!海龍ッ!」
天才と落ちこぼれ、2人の全力が中央でぶつかり合う。
ドゴォォッッ!!!と衝撃波が吹き荒れ、2人とも思わず顔を腕で覆った。
やがて衝撃波が収まり、腕を退けた2人が見たのは、
消えゆく火球と………同じようにただの水へと姿を変える海龍の姿だった。
そう、両者の魔法は相殺したのである。
それを見た2人の反応は対照的だった。
ーーうそ……。水の壁を破られて、しかも海龍と相殺……?そんなの……まるで超級ーー。
そこから先の思考は言葉にならなかった。
まさかの結果に思わず呆然としてしまったサクヤに、ソラから放たれた火球が直撃したからである。
重い衝撃に、サクヤは仰向けに倒れた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
魔法が相殺されたのを見た瞬間、ソラは地面を蹴っていた。
それと同時に、サクヤに向かって火球を放つ。
ソラには、海龍ごと打ち破る自信があったが結果は相殺。
しかし、自分が落ちこぼれだという事をソラはよく知っていた。
世界が自分の思い通りになんて決してならない事も。
ーー相殺なんて上出来過ぎる。
自身の魔法が命中し、仰向けに倒れたサクヤを確認したソラは動きを封じるため馬乗りになる。
そして、周囲にありったけの火球を展開した。
ーー……これは無理ね。
展開された数十にも及ぶ火球を眺めながら、サクヤはそう悟る。
いかにサクヤと言えど、これらの火球がこんな至近距離で放たれてから防御するのは不可能だった。
ふぅっと一つ息を吐き、フッと薄く笑ったサクヤは、
「降参」
と、よく響く綺麗な声音で宣言した。
すると、一瞬の静寂ののち、怒号のような大歓声が沸き起こる。
それを見て、そう言えばこんなに多くの人達の前で闘っていたんだなと、ソラはぼんやりそう思った。
「なんとなんとなんとッッ!!!勝ったのはソラ選手だぁぁぁ!!あのフリージア家の至宝、サクヤ・フリージアの魔法を正面からねじ伏せ、見事大逆転勝利ッッッ!!!とは言え、サクヤ選手も噂に違わぬ凄まじい実力でしたッッ!今一度、名勝負を繰り広げてくれたお二人に、盛大な拍手を送りましょう!!!」
ウオオオオオオオッッッッ!!!!
会場からは割れんばかりの拍手が2人に注がれる。
今更ながらサクヤに馬乗りになったままだった事に気付いたソラは、少しフラつきながら立ち上がった。
「……ソラ」
同じように立ち上がったサクヤが、ソラに声をかける。
しかしその後に言葉は続かなかった。
サクヤは迷っていたのだ。
PMBPを目指すソラを応援すべきか、それとも諦めるよう諭すべきか。
「サクヤ」
何かを言いあぐねているサクヤを見て、今度はソラから声をかける。
その顔には、まるで初めて会った時のような自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
「確かに俺はサクヤの言う通り初級火魔法しか使えない。だけど、」
サクヤがどんな葛藤を抱いているか、きっとソラは知らないだろう。
だけど、
「初級火魔法だけじゃ勝てないって誰が決めたんだ?」
それはサクヤが求めていた答えだった。
「今度闘う時は負けないわ」
今後もソラには色んな試練が降り注ぐだろう。
その時に隣に居られるように強くならないといけない。
サクヤはそう思った。
ソラはサクヤの言葉に一つ頷く。
そして、
ドサッという音を立てて気を失った。