サクヤの実力
「おおっと!?開幕早々お互いの魔法がぶつかり合い、両者の姿が霧に覆われてしまいましたッ!これでは互いに相手の位置を把握するのが困難です!それにしても、互いに多重魔法が使えるんですね!これは流石Sクラスと言ったところでしょうか!解説のラビリさん!」
「そうですね〜」
ほんわかした声でそう返したのは、この試合の解説として横に座っていたラビリだ。
──ん〜でも〜……。
元々細い目を、眼鏡の奥でさらに細めながらラビリは思考する。
──この状況は、
──少し不味いな。
ソラはそう心の中で弱音を吐く。
辺りが霧に覆われ、ろくに相手のことが見えないこの状況。
ソラの方にできることといえば、適当に火球を連発し、霧が晴れるのを待つことぐらいしかない。
それに比べて、サクヤは手札が多い。
この状況では恐らくあの魔法を使ってくるだろう。
ソラは、水を吸って重くなった服を煩わしく思いながらも神経を研ぎ澄ます。
「ぐぅッ!!?」
しかし突如飛来した何かが、ソラの肩を撃ち抜いた。
その衝撃に、ソラは思わず顔をしかめて仰け反る。
「ここでソラ選手にサクヤ選手の魔法が命中ッ!!今の魔法は恐らく中級水魔法でしょう!水球より格段に速いこの魔法を見てから避けるのはほぼ不可能です!……それにしても、なぜサクヤ選手はソラ選手の位置がわかったのでしょうか?」
「水の探索ですね〜」
ラビリが難しい顔をしながら呟く。
「水の探索とは一体どう言った魔法なんですか!?」
「水の探索は中級水魔法に属するものです〜。相手の居場所を探知する魔法ですね〜。条件は、自分の魔法で生み出した水を付着させる事です〜。この魔法は地味ですし、あんまり使いどころもないから習得してないって人も多いんですけど、サクヤ選手は流石と言ったところですね〜」
「なんと!?今ソラ選手の服は先ほどの水蒸気で湿ってしまっています!つまりサクヤ選手からはソラ選手が丸見えという事ですね!?」
「その通りです〜」
その魔法の存在も、サクヤがそれを習得している事もソラは知っていた。
何故なら、それは昔サクヤがソラにかくれんぼで勝つために習得した魔法だからだ。
ソラは、懐かしさを感じながらも改めて感じるその魔法の厄介さに歯噛みした。
見てから回避は不可能だと悟ったソラは、終始逃げ回ることに専念する。
恐らく霧が晴れるまで、十数秒ほどだっただろうがソラにはそれが数分にも感じられた。
やがて霧が晴れ、観客が目にしたのは息を切らして肩を抑えるソラと、汗ひとつかいていないサクヤの姿だった。
「ハァ……ハァ、火球ッ!」
ようやく相手を視認できたソラは、サクヤに向かって火球を放つ。
「水の壁!」
それに対してサクヤも魔法を発動する。
すると、サクヤの目の前に巨大な水壁が出現し、ソラのファイアーボールはボシュッという音を立てて飲み込まれた。
ーーくそ、やっぱりだめか。
ソラは心の中でそう吐き捨てた。
お返しとばかりにサクヤから水球が飛んできたので、ソラは横に逸れて避ける。
……初級魔法は中級魔法に勝てない。
これは常識中の常識であり、実際ソラは何度もファイアーボールを打ち込むが、一向にサクヤの魔法に打ち勝てる未来が見えなかった。
しかも、サクヤから放たれる魔法によってソラはダメージを負っていく。
こうなるとソラはジリ貧だ。
サクヤの守りを打ち破る手段がなければ、このままソラは負けてしまうだろう。
すると、突如サクヤが水壁を解いた。
「………本当に初級火魔法しか使えないのね。いいわ、もう終わりにしましょう」
ソラは無意識にゴクリと唾を飲みこむ。
サクヤを中心に渦巻く膨大な魔力をソラは感じたからだ。
「海龍召喚」
サクヤがそう唱えると空中に大量の水の粒が出現し、それらが集まって一つの形を象っていく。
そこに現れたのは、龍の姿をした海の悪魔。
爬虫類の様なその目は感情を伺わせず、本能的な恐怖を呼び起こす。
超級に最も近いと言われる上級水魔法。
サクヤの才は、既にその域にまで達していた。
「海龍の咆哮」
その呟きは淡々と、そして空間を抉り取るかのような魔力の鳴動を伴って呟かれる。
その祝詞を聞き届けた海龍は、天を仰ぐように長い首を反らした。
それはまるで何かの溜め動作のように。
呆然とその様子を見ていたソラだったが、過去最大級の悪寒が走り着地も考えず全力で横に飛ぶ。
刹那、大気が震えた。
海龍の顎から繰り出された水の激流が、恐るべき破壊力を提げて一直線にソラへと向かってくる。
ソラは横に飛んだおかげで直撃は避けられたが、完璧には避けきれず左腕が掠ってしまい、引っ張られるように数メートル吹き飛ばされた。
ソラは勢いのままゴロゴロと転がる。
慌てて立ち上がろうとして腕を地面につくと左腕に激痛が走った。
見ると、左腕が変な方向に曲がってしまっている。
どうやら先ほどの一撃で骨が折れてしまったらしい。
ソラは左腕をかばいながら、右腕で体を起こす。
また、左腕に限らずソラの身体はあちこち傷だらけだった。
それに対してサクヤは全くの無傷。
今の関係が両者の力量差を表しているようだった。
視線を前に戻せば、遥か高みから海龍がソラを睥睨している。
その無感情な目が、ソラにはどこか今まで家族から向けられてきた視線と重なって見えた。
ーー負けたくないなぁ。
ふと、ソラはそう思った。
人は弱った時に本音が出る。
つまり、この想いはソラの本音そのものなのだ。
自分の事ながら諦めが悪いと、こんな状況にも関わらずソラは下を向いて苦笑する。
そして再び顔をあげたソラの目は、未だ光を失っていなかった。