闘技場
エリクラル魔法学院には、MBをはじめとした魔法使い同士の戦闘、その他の実習を行うために敷地内にいくつもの闘技場が設けられている。
ソラとサクヤはそのうちの一つ、一年校舎から一番近い第2闘技場に足を運んでいた。
一歩中に足を踏み入れると、100メートル四方の戦闘エリアをぐるっと360度、観客席が囲っていた。
中心付近には向かい合うように二本の線が引かれており、MBを行う際にはここが開始線となる。
ソラは戦闘エリアの中央まで歩くと、なんとなく片方の開始線に立ち周囲を見渡す。
PMBでも広さは同じなので、今見ているこの景色をプロ達も見ているのだろう。
まあ彼らの場合、観客席には溢れんばかりの客がセットだろうが。
「ソラ」
そう呼ばれ、ソラがそちらを向くと、こちらをじっと見ているサクヤと目があった。
その両足は、ソラと同じく開始線に揃えられている。
「ソラも目指すんでしょ?五芒星祭」
「ああ、もちろんだ」
「そう言うと思った」
くすくすとサクヤは薄く笑った。
随分と綺麗になったサクヤだが、その笑い方は昔と重なる。
「もしソラと当たっても手加減しないわよ?」
「そんなのはこっちから願い下げだ。手加減されて勝ったところで何も嬉しくない」
聞いたところによると、2、3年は去年の成績があるため、高い順位からスタートするが、1年は漏れなく底辺からのスタートだ。
そのため、上位5名に入ろうと思ったら全戦全勝がほぼ必須条件らしい。
つまり本番で当たったなら、相手が誰であろうと勝たなければいけないのだ。
例えそれが、
サクヤ・フリージアという同年代最強格の天才であったとしても。
サクヤと当たるまでに勝負できるレベルにならなければいけない。
ソラは、そう思いながら拳を固く握った。
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闘技場を出たソラ達は、食堂などをはじめとした、学院生活で利用するであろう施設を見て回った。
流石に広大なだけあって、全て回った頃には空は赤色に染まっていた。
「今日はこのぐらいかしら。門限もあるからそろそろ寮に行かないと」
「……そうだな」
「今日は楽しかったわ。なんだかデートみたいで」
「で、デート!?」
思いがけない言葉を受けたソラは、思わずオウム返しをする。
それに対して、サクヤは一瞬キョトンっとした後、段々と自分の言葉を理解し始めたのか、みるみる顔が真っ赤になっていく。
それを見ているソラも同じような顔をしていた。
「いやッ、ち、違うのよ!?これはその、言葉の綾っていうか、2人で歩き回るのってなんだかデートっぽくていいなって思っただけでって、これ何の弁解にもなってないじゃない!ソラの馬鹿ッ!!」
「まさかの逆ギレ!?」
あわあわとテンパっているサクヤを見て、思わずソラはふふっと笑ってしまった。
サクヤは若干涙目で、ソラを睨む。
「ごめんごめん、なんだか昔を思い出してさ」
そうだ。
昔遊んでいた時も似たような事があった。
その時何でサクヤが慌てていて、ソラがなんて言ったのかは覚えていないけれど。
今目の前の光景が当時と重なって、ソラは思わず笑ってしまったのだ。
「……そういえばそんな事もあったわね」
どうやらサクヤも覚えていたようだ。
そんな記憶に残る出来事だったのだろうか。
まあ何はともあれ、過去を振り返った事でサクヤも落ち着いたらしい。
頬はまだ少し赤いが。
「そろそろ行くわ。また明日教室でね」
「ああ、また明日な」
そう言葉を交わし、サクヤは去って行った。
それを見届けてソラも寮に向かう。
一年校舎から寮までは徒歩3分程だ。
つまり、授業開始の3分前までに寮を出ればオッケーという事である。
ソラは時間に余裕を持つタイプなのであまり関係はないが、学生にとっては地味に有難い事だろう。
寮につき、中に入ると横合いから呼び止められた。
「おーい、そこの。名前は?」
見ると、長い黒髪は少しボサッとしており、目にはクマのあるメガネの女性が頬杖をついていた。
「ソラです」
「ソラ……ソラねー、あ、あったあった。ほれ」
女性は棚から取り出した鍵をソラに投げ渡す。
番号は201と書いてあった。
「階段は向かって右だ。部屋の中に制服やら必要なものは置いてある。サイズが小さかったり大きかったりしたら言ってくれ。んじゃ、良き学院生活を」
女性はそれだけ言葉を並べ立てると、突っ伏して寝てしまった。
余程眠かったのだろうか、すぐに気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。
もしかしたらソラが最後の生徒だったのかもしれない。
それなら申し訳ないことをした。
ソラは言われた通りに階段を上がり、自分に与えられた部屋に入る。
新しくはないが、ちゃんと掃除されているようで埃っぽさなどは感じない。
結構住み心地の良さそうな部屋だ。
机と椅子、ベッドに小さいが棚もある。
その机の上には折りたたまれた制服と、その上に封筒が置かれていた。
ソラははてなマークを浮かべながら、封筒を手に取る。
表には、「ランキング戦の対戦相手について」と書かれていた。
どうやらもう対戦相手が決定したようだ。
ちなみに、1年生の初戦の相手は、必ず同じ1年生となっている。
それは、MBに慣れていない初戦から上級生と当たるのは流石に酷だという学院側の配慮だ。
相手が上級生ではないと分かっているとはいえ、どんな相手なんだろうかと、ドキドキしながらソラは封を開けた。
「ランキング戦の初戦の相手が決定しましたので、ご連絡いたします──」
という冒頭から目を滑らせていく。
対戦相手の名は、太字で大きめに書かれてあったからすぐに分かった。
そして、その名前を理解するのと同時に、ソラの手から紙が滑り落ちる。
その紙には、太字でこう書いてあった。
「サクヤ・フリージア」
……決戦は3日後。