第9話 赤髪の悪魔少女ー3
ふと窓の外を見ると、すでに日は落ちかけていて、魔王城下に夜が訪れようとしていた。
夜になると森を歩くのは怖――危険だろうし、日が暮れる前に城に戻っておきたいなぁ。
今から出て日没までに間に合うだろうか。
「で、これからどうするの? 人間の街に行くつもり?」
自分の指先で髪を梳かしながら、少女は言った。
……出掛ける気マンマンだ。
しかし。
「その前に名前ですよ。やっぱりないと不便です」
「でもあの名前はダメよ」
「どうしてですか?」
「ダメなものはダメなの」
少女は頑なに拒んでいる。
それを無理に呼ぶわけにはいかな――というか、そもそも知らなかった。
「じゃあ、良かったらですけど、私が付けてもいいですか?」
「うーん。まぁ、まともな名前なら考えるわ」
あっさりと許しをもらった。悪魔って意外と名前にこだわらないのかな。
さあ、どんな名前がいいだろうか。悪魔だから威厳のある名前の方がいいのかもしれないけど、姿は可憐な少女なわけで……。
悪魔らしく荘厳な名を付けるなら、私の世界の悪魔の名前を使うと似合うかもしれない。
可愛い名前の方はフルーツから取るとしよう。
「ベルゼバブとアップルだと、どっちがいいですか?」
「どっちも嫌。特にアップルは、私が嫌いな奴と同じ名前だから」
「じゃあ、アモン、ベリアル、フラウロス……」
「全部却下」
「……えーと、あとは、ベルフェ……なんだったけ……」
思い出せない。たしか、ベルなんとか――
「それ、いいじゃない」
「え?」
……ベルフェ? ベルフェがいいの? まだ途中だったけど、気に入ってくれたならなによりだ。
「では、これからはベルフェさんとお呼びします」
「前よりずっといい名だわ。ガーノと違ってセンスあるじゃない」
と、満足げに笑う少女――ああ、いや、ベルフェ。
「あの、前はなんていう名前だったんですか?」
「それは口にしたくもないわ。秘密よ」
やっぱり、どうしても教えてくれないらしい
「さぁ、名前も決まったし、早速、人間の街に行きましょうか」
「その前に、一度お城に戻って魔王さんに報告しないと」
「そう。じゃあここで待ってるから、終わったらまた来て」
思っていた通り、ベルフェはお城に行きたがらない。
魔王さんと会わせるために、なんとかして連れて行かなければ。
……なんか、説得してばっかりだな、私。
「そんなこと言わずに、一緒に行きましょうよ」
「嫌よ」
「…………」
そう言ってそっぽを向くベルフェ。
一蹴されてしまった。
「行きましょうってば。魔王さんと仲直りするために結界も張ってなかったんでしょう? こっちから行ったっていいじゃないですか」
「……ホント、貫くわよアンタ」
ベルフェはジトリとこちらを睨みつけた。
が。
私の中では、怖いより可愛いが勝ってしまう。
「私が強引にベルフェさんを連れてきたってことにしましょうよ」
「それじゃあ、私がアンタに力負けしたみたいじゃないの」
気に入らないわ、と再び顔を逸らすベルフェ。
「あー……確かにそうですね……」
うーん、どうしよう。一か八かだが……これしかないか。
「魔王さんは、ベルフェさんに会いたいと言っていましたよ」
「……ガーノが?」
意外そうな表情で、少女はこちらへと振り向いた。忙しいな。
「はい。会って話をしたいと」
「私を連れ出すための嘘じゃなくて?」
「行って確かめればいいんです」
「…………」
少し、間が空いたあと――
「……ほらカゼコ、さっさと行くわよ」
ベルフェは勢いよくドアを開け、家の外へ出た。私も急いでその後を追う。
とりあえず、連れ出すことには成功したが……大丈夫かな。
まあ、今はとにかくベルフェを連れてお城に戻ることを最優先にしよう。
「ここの丘、登りは大変でしたけど、帰りは楽に下りれそうですね」
「何言ってんの。飛んでいけばいいじゃない」
「……へ?」
ベルフェの身体に――赤い雷のような魔力が走る。稲妻は少女の背中に渦巻き、美しい羽の形を形成した。
そして、ベルフェは私の手を掴み――
「1分で着くわ!」
そう言って、空高く舞い上がった。
キャラクタープロフィール、及び世界観の補完コーナー
ー9ー
【ベルフェ】
年齢 16歳(人間に換算すると1歳6か月……ではない)
身長 158cm
体重 45kg
特技 槍投げ 長風呂
種族 悪魔(第三種)
所属 第三種
魔力 赤い雷の魔力
カゼコの強い希望によって再び名前を持つことになった「赤髪の悪魔少女」改め「ベルフェ」
その琴線に触れたのは「ベル」の部分ではなく、「フェ」の部分である。もし、カゼコが先に「ポリフェノール」を候補に挙げていたら、ベルフェはそっちに食いついていた。
長い時を生きる悪魔の中では彼女は相当な若手。しかし、悪魔は幼体から成体になるまでの期間が異常に短く、寿命の大半を若い成体の姿で過ごし、その後緩やかに老いていく。そのため物心は当然ついており、肉体も既に成長を終えかけている。
……残念ながら、これ以上成長の見込みはない。どこがとは言わないが。
人間に換算すると精神、肉体共に18歳後半なのだが、生きている年数は16年なので、17歳のカゼコとは非常にややこしい関係性になる。