第8話 赤髪の悪魔少女-2
魔王さんが来たら尚更ダメって......説得の選択肢を一瞬で全て塞がれた気がする。
理由だ、まずは理由を聞こう。
「どうしてですか? ピオーネさんみたいに、人間が嫌いだからですか?」
「別に。アンタに会うまで人間を見たことも無かったし。ただ興味が無いだけ――あと」
なんか面倒くさそうだから、と付け足された。
嫌いなわけじゃ無くて興味がない。それなら、なんとかして突破口を見つければ......。
「あなたのこと、なんて呼べばいいですか?」
「ガーノから聞いたでしょ。名前は無いの」
「それは分かってます。だけど、なにか呼び名がないと不便で......」
「呼ばなくていいわよ。それより、他を当たってくれる? 邪魔はしないわ、協力もしないけど」
まずい、このままだと追い出される。
「あの! 好きなものはありますか?」
「……ハァ?」
怪訝な顔をする少女へ間髪入れずに畳みかける。
「好きな食べ物とか! 私、この世界の食べ物とか知らないんです。教えてくれませんか?」
「そんなの城の誰かに聞けばいいじゃない。さあ、帰って」
なにか、気を引く話題を――
「私、知り合いが魔王さんしかいないんですよ。そうだ、私の友人になってくれませんか?」
「……ゆ、友人?」
一瞬、少女の眼が輝いた。
……そうか、ずっとここにいるってことは話し相手もいないはずだ。これでいこう。
「はい、同年代の話し相手が欲しいんですよ!」
「なるほどね……こんな辺境で人間が一人ぼっちってのは可哀想だから、まぁ、考えてあげなくも……いや、やっぱりダメ」
「どうしてもですか?」
「ど、どうしてもよ」
心が揺らいでいるようなので、賭けではあるが、一旦、少し引いてみる。
「そうですか……残念です。仕方ありませんね、諦めます」
「な、なによ。そんな簡単に諦めるの?」
よし、乗ってきた。
「私だってあなたと友だちになりたいと思ってますけど、嫌がる人を無理には誘えませんよ」
「いや、別に、その、無理ってほどじゃないけど……」
――ここだ。今しかない。
「じゃあ――」
私は少女の手を握り、満を持して言う。
「――私の友だちになってください。ね?」
「…………ッ!」
私に目を合わせられた少女は、その赤髪に負けないくらいに赤面した。
……ここまで照れるか。でも確かに、他人と関わっていないんだったらないよなぁ、こんな経験。人からまっすぐに想いを伝えられることに耐性がなくても無理はない。
……まあ、私はいたって普通に、それなりに人と関わりながら17年間生きていたのに、そういう経験は訪れなかったんだけどね。……だからある意味、彼女が羨ましい。
――その悪魔の少女は、まるで告白を受けたみたいに顔を赤くしつつ、私から目を逸らすと、
「……まぁ、話し相手くらいにはなってあげても……いいわ」
そう言った。
……よかった。
少女の照れようにあてられて、こっちも、告白の返事を待っている気分だった。
「ありがとうございます! では、さっそくガールズトークといきましょう!」
とにかく一気にいこう。
この勢いのまま叩き込むしかない。
「一緒に人間の街に行きませんか? 私、観光に行ってみたいんですよ」
「いきなりなによ。私、ここ以外の場所には行ったことないわ」
「だから行くんですよ。たくさんの人に会って、いろんな話をするんです」
「それで私が心変わりするのを狙ってるわけ?」
少女は私の考えなど見透かしたように言う。
……嘘はつけないな。
「勿論、それもありますけど……今日、あなたに会って思ったのは――――」
「な、なによ……」
軽い沈黙の後、赤髪の少女の目を見つめて言った。
「あなたは私が想像していたよりずっと、普通の女の子でした。魔王さんから、長い間一人で生活していると聞いていたので、話の通じないような性格の悪魔なんだろうな、と思っていました。だけど……あんなことがあったとはいえ、初対面の私にお風呂を貸してくれたり――私の友だちにもなってくれました。はたから見ればそれは、至って普通の女の子ですよ」
まくしたてるような勢いの言葉に、彼女は驚いているような、戸惑っているような、複雑な表情だった。
「……だったらなんなの?」
「こんなとこに一人でいたらもったいないと言ってるんです。理由が必要なら、ここを出る口実は――私のボディーガードをやるためにしかたなく、これならどうですか?」
「アンタには【黒い霧の魔力】があるでしょ。余程の事がない限り、まず安全よ、護衛なんて必要ないわ」
「それが、この霧……私の意思では動かせないんです。さっきも下手したら死んでました」
「なにそれ、もったいないわね。譲って欲しいくらいだわ」
「自分の思うようには動かせないから、ボディーガードは必要なんです。しょうがなく、仕方なくでいいんです。図々しい人間に付き合ってやってる、でいいんですよ。それに――」
ずっと気になっていたこと。切り札になりえるかは分からないが、言ってみるしかない。
「ここの結界、魔王さんだけは通れるって言ってましたよね。だけど私も、何事も無くスルっと通れたんです。結界が全く抵抗しなかったというか。……だからここの結界には条件のようなものがあるんじゃないかと思って、たとえば、純度の高い【黒い霧の魔力】を持っている者しか通れない、みたいな」
「……それがなに?」
「つまり、何が言いたいのかというと……あなたは魔王さんが来るのを待っていたんじゃないですか? 喧嘩分かれして気まずかったけど、本当は仲直りしたくて――」
そこまで言ったところで、物凄い速度で口元を押えられた。
少女のこの焦りよう、やっぱり……。
「分かったわ。しょうがなくよ。あくまでしょうがなく、アンタの護衛をやってあげる。ただし今言ったことは誰にも話さないこと。いいわね?」
口を押えられているので、返事は頷くだけ。
それを確認して、少女は手を放してくれた。
「……言ったら本当に殺すわよ。さっきの槍、全力で投げればアンタの不完全な【黒い霧の魔力】ぐらい貫けるんだから」
「あの威力で本気じゃなかったんですか……あ、そうか。あの時はまだ、私を魔王さんだと思っていたから、本当に死んでしまわないように手加減をして投げ――」
「それ以上言うと投げるわよ……?」
「……ごめんなさい。口は堅い方ですから、誰にも言いません」
この場合、同性という表現が正しいのかは分からないけど、女の私ですら身悶えするくらい可愛いなぁ、この人。私が男だったら襲ってるぞ。
……まあ、返り討ちに遭うのが関の山では、あるのだろうが。
キャラクタプロフィール、及び世界観の補完コーナー
ー8ー
【お風呂】
赤髪の悪魔少女の家にある施設の一つ。浴室にシャワーは無いが、その代わりに森の木で制作された上質な浴槽が置かれている。
浴槽に張った水を魔力で加熱することによって沸かしており、それだけを聞くと底知れぬ未知を感じるのだが、悲しいことに、浴槽に水を張るためには、近くの川と家を何度も往復して汲んでくるしかないというローカルな一面もある。疲れたからお風呂に入りたいのに、入ろうとすると疲れる。
そんな背景を知った上だと、お風呂上がりの悪魔少女のテンションが高めなのも納得できるのではないだろうか。
元々は、ガーノが人間たちの文化を取り込もうと城に設置したものであり、それを気に入った少女が、家出の際に他の悪魔にお願い(命令)をし、丘の上に自宅ごと造らせた。
つまりこの物件に限っては、家にお風呂が付いているのではなく、お風呂に家が付いているようなものである。




