第7話 赤髪の悪魔少女-1
――何をやっているんだろう、私は。
衝撃の対面から15分くらいが経って――今現在、私は他人の家の湯船に浸かっていた。
分厚い木のバスタブにお湯を張った簡易的な物だ。
だけど蛇口が無いしシャワーも無い。一体どうやってお湯を張っているんだろうか。
「…………」
いや、今はそんな事よりも――
「これから一体どうすれば......」
あまりにも異常な出会い方で互いに動揺して動けず、なにか言わなければと思い、「お風呂貸してください」なんて言ってしまったわけだが。
少女は自分が出てきたドアを無言で指差し、お風呂はこっち、という事を示した。多分。
こうして止められずに入浴しているのだから、そういう意味だったはずだ。
あまり待たせてはいけないし、そろそろ上がらなくては……。
……いけないが。
「……いいお湯」
森の中を走って汗を搔いてしまったし、汚れを落とし切ってからじゃないと失礼にあたる。だからもう少しだけ浸かっておこう。
……口実とかではない。本当に。
湯加減が絶妙だから、いっそもう、ずっと入っていたいとか、決して思ってない。
* * *
最初に私が入ってきた、玄関のある部屋に戻ると、彼女は椅子に座っていた。当然ではあるがすでに服を着ていて、肩の辺りで切り揃えられた赤髪も乾いている。
少女の着ている服は、黒を基調とした、裾の長いワンピースのような物だった。可愛いな、どこで売ってるんだろう、あんなオシャレな服。
今は聞けないけど、いつか聞きたい。
「あの……お風呂、ありがとうございました……」
「……そこに座って」
丸いテーブルを挟んで反対側にある、もう一脚の椅子に座るよう、悪魔の少女は言った。
言われるままに腰を掛ける私。
この距離で正面から向かい合うと、少女の大きな瞳に目を奪われそうになる。
「ガーノ、そんな姿でなにしに来たの? 殺す前に、一応聞いておくわ」
「こ、殺す前……!?」
いきなり、なにやら物騒だ。それに、ガーノって――私の事を魔王だと思っているらしい。
「人違いです。私は魔王さんじゃありません。あの人に一人で行くように言われてやって来ました。カゼコと言います」
「そういう設定いいから。喋り方も戻して」
「あの、どうして私を魔王さんだと思うんですか?」
「まだ続けるの……白々しいわね。アンタしかあの結界を抜けられないって知ってるでしょ」
「あの結界は魔王さんしか抜けられない……? じゃあ、どうして私はここに?」
「だから……いえ、もういいわ。そこまでバカにするなら教えてあげようじゃない。死ぬかもしれないけどね。五年前とは出力が違うわよ?」
赤髪の少女は席を立つと、壁に立てかけられていた綺麗な装飾の施された槍を片手で掴み――構えた。
「キレイな黒髪じゃないの。だけど少し不揃いだから――私が切り揃えてあげる」
少女は槍を持ったまま振りかぶる。
え、まさか投げるつもり!? こんな室内で!? いや、室内じゃなくとも一大事なんだけど、まさかそんな――
「不器用だから首ごと切っちゃうかもしれないわ!! 地平殲槍!!」
大きな爆発のような音と光を伴って、槍は放たれた。
咄嗟に目を瞑り、両手を体の前で交差する。ただ、それで防げるようなものじゃなさそうであることは、分かりきっていた。
うん、今度こそ死ぬ。生物の死因は数あれど、まさか自分が槍に刺されて死ぬとは――思ってもみなかった。
「――ほら、やっぱりあんたじゃない。冷やかしにきたのなら、もう帰って」
呆れたように少女は言う。その声が聞こえたという事は、私はどうやらまだ生きているらしい。
目を開けると、投げられた槍は私を覆っている黒い霧に突き刺さっていた。
……今回ばかりは出なかったら死んでいた。
あ、そういうことか。黒い霧の魔力は魔王のものだと、ストロ君もそう言っていた。だからこの人は私を魔王だと思っている――と。
「あの、この魔力は、私が魔王さんから分けて貰ったものなんです」
「【黒い霧の魔力】を分けてもらった? だったら魔力が混ざり合って純度が落ちるはずよ。そうなったら私の槍で貫けないはずがないし、結界だって通れないわ」
「デラウェア……? 魔王さんが言うには、元々、私は魔力を持っていないらしいんですけど……」
「……なに? まさか本当にガーノじゃないの?」
「違います」
「じゃあ、魔力を持ってなくてその姿ってことは……あんた人間?」
よっぽどの衝撃だったのだろう、少女は目を見開いて驚いている。
「そうです。デラウェアっていうのは一体何なんですか?」
「ガーノの魔力のこと。アンタの出してる黒いのがそうよ」
「魔力に名前がついてるんですか?」
「魔力っていうのは基本的に無色透明なの。だけど純度の高い強力な魔力には、目視できるほどのハッキリとした色や、独特のエフェクトがかかるの」
そんなことより、と彼女はこちらに近づいてきた。
「どうして人間のアンタが【黒い霧の魔力】を与えられたのか。どうしてここに来たのか、話してもらうわ」
「あの、その前に……この槍を抜いてください」
「…………ああ、そうね。そうしましょうか」
自分の胸に槍が刺さりそうな状態で会話をするシュールな光景に、これ以上耐えられそうになかった。
* * *
「ふーん……大体分かったわ。城に人間なんて連れてこれないと思ってたけど、まさか他の世界から連れてくるなんて」
「それでですね、さっきも言ったように、私がここに来たのはあなたの説得のためなんです」
「そう言ったわね。でもそれって、ガーノ本人が訪ねて来るのが当たり前でしょ?」
「……私もそう思います」
うぅ、痛いところを突いてくる。
「ですけどそれは……ここに来る直前にピオーネさんという方が部屋に来たので、魔王さんは慌てて私だけを……」
「ああ、確かにピオーネは人間が城にいるのを絶対に許さないでしょうね。城内で見つかったら細切りにされるわよ、アンタ」
「…………」
怖っ……。一体どんな方なんだろう。
「えーと、それでですね、私だけ城の上部から落とされまして、一人でここに来た次第です」
「本当? よく生きてたわね」
「自分でもそう思います」
なんだか……会話が弾んでる気がする。魔王が来なくてもいけるんじゃないか?
「それで、その、単刀直入にお訊きしますが、人間との和解の件、協力していただけないでしょうか?」
「イヤよ」
「……やっぱり、魔王さんが来ないとだめですか?」
「ガーノが来ても駄目よ。私、あいつのこと嫌いだから。なお反対するわ」
「…………」
前言を撤回。前途は多難。
キャラクタプロフィール、及び世界観の補完コーナー
ー7ー
【地平殲槍】
赤髪の悪魔少女が愛用している武器。少女が11歳の時、とある事情により祖父から譲り受けた物。普段は自宅の壁に掛けて保管してある。その破壊力は凄まじく、渾身の力を込めて突けば山すら消し飛び、その矛先が向いた方向には地平線が出来上がるという逸話が残されているほど。
【地平殲槍】は二本あり、本来は双槍として使用する物だが、現在、片方が紛失している。そして、少女に槍術の心得はないため、戦闘スタイルはもっぱら投擲。ただ敵に向けて投げるのみである。
……いつか二本とも失くしてしまう日が、くるかもしれない。