第6話 No.2に会いに行こう-3
結界の張ってある広場からほんの数歩の場所に、黒い手のような霧に掴まれたストロ君がいた。
冒険を邪魔された少年はひどくご立腹のようで。自分を掴んでいる霧をバシバシ叩いている。
「放してよー!」
「落ち着いて、この辺は危ないから来ちゃダメって知ってるでしょ? さあ帰った、帰った」
「……お姉さん誰?」
「…………」
え、まさかもうバレた? 俯き気味に喋っているのに、声だけで――あ、いや、そうか、門番さんたちも言っていたけど、サニールージュさんとやらは、中々喋らない方なんだった。だから声を聞いてもピンとこないのか。
だったら話は早い。さも当然のように名乗ってしまえばいいのだ。
「私はサニールージュ。あなたの親御さんに頼まれて捜しにきたのよ」
「サニールージュ様の魔力はこういうのじゃないよ。もっと明るい色で、バチバチしてるんだ」
「……ん?」
明るい色でバチバチしてる? 魔力って全部、この黒い霧みたいなものじゃなくて、個人差があるってこと?
だとしたらまずい、話題を変えなくては。
「今回はおとなしく帰っても、あなたはまた来ちゃうかも知れないから……ここがどれだけ危ないか教えてお――」
「ねぇねぇ、この黒いのってお姉さんの魔力でしょ? これって魔王様のと同じだよ。どうして?」
「……とにかく見てて」
強引に会話を切り上げると、落ちていた手ごろな石を拾い、広場へと投げる。
おそらく、なにかしらが起きて拒まれるはずだ。それをこの子に見せれば――
バチッ!
森から広場への境界を越えた瞬間、雷のような音と共に石に閃光が走り、石はこちら側に弾かれた。辺りに石が焦げた匂いが広がる。
その光景を目にして、ストロ君は茫然としている。いや――私もだ。
はっきり言って予想以上だった。これ、生き物は死んじゃうのでは?
「あの、僕……帰ります」
今のですっかり意気消沈したようだ。……私も帰りたい。
「じゃあ、降ろすから」
ストロ君を掴んでいた霧を動かそうとすると、やっぱり消えてしまった。
今の状況に限って言えば、私が動かそうが、霧が勝手に消えようが、結果的には同じだった。
「帰り道、気を付けてね」
「うん。さよーなら」
すっかりおとなしくなったオークの少年は強く頷き、一目散に森へ消えていった。
「……さてと」
見送りを済ませ、広場へと振り返る。……ああ、今からここに入らなくてはいけないのか。しかし、いくらなんでも死にはしないだろう。そうじゃないと困る。困るというか死ぬ。
私はおそるおそる、ゆっくりと、結界へ手を伸ばす。
あぁ、もうすぐ石が弾かれた場所だ。
どこかに結界の穴場みたいな所がないだろうか。
バチッっとくるぞ、電気で言うと何ボルトくらいの衝撃が私に――――
「……あれっ?」
気が付くと、先ほど石が弾かれた地点よりも奥に、私の手はあった。
生物は弾かないのか? いや、それじゃ人払いにならない。
一歩踏み出して全身が結界の中に入ったが、やはりなんともない。
「考えても仕方ないか……とにかくよかった……」
あとは小高い丘を登るだけ。もうすぐ【第三種】のNo.2に会えるのだ。
* * *
「――到着っと」
あれ以降、二重、三重に結界が張られているわけでもなく、あっさりと家の前まで来ることが出来た。
レンガを丁寧に積んで造ってある。煙突もあるし、城下町に建っている木の小屋とは違ってそれなりに本格的な『家』だ。誰が建てたんだろう。やっぱり自分で?
この感じだとお風呂――いや、最悪お湯があればそれでいい。
今日はかなり運動した、汗を流したい。魔物たちにはお風呂に入るという文化は無さそうで、これからは水浴びかと思っていたが、ここならもしかすると……
「……そもそも、初対面の私を家に入れてくれるのかな。とにかく失礼の無いようにしないと」
コンコン、とドアを軽く鳴らす。
返事は無い。
入るか? 入ろう、入ってしまおう。ここまで来て帰れるわけがない。
ドアノブに手を掛けゆっくりと引く。
「こんにちはー……どなたかいらっしゃいますか……?」
どなたか、と言ってはみたが、この丘に住んでいるのは一人だけ。必然、この言葉に該当するのは彼女だけだ。
部屋の中は、丸いテーブルに椅子が2脚。使用感の無い暖炉に、ソファらしき物まである。
奥へと続くドアの向こうには、あと2、3部屋ありそうだ。
「出掛けてるのかな。おとなしくここで待つしか――」
ばたん、と、奥へ続くドアの向こうで、別のドアが閉まる音がした。
出掛けていたのではなく、彼女は別の部屋にいたらしい。足音が近づいてくる。
私がいることに気付いてはいるはずだ。絶対に失礼の無いようにしなくては。改めて気を引き締めておこう。
ドアが開いて、鼻歌交じりの少女が入ってきた――全裸で。
「…………っ!?」
バッチリ目が合ってしまった。彼女はとても驚いた表情をしている。私に気付いてはいなかったらしい。まあ、気付いていたら服を着て入ってくるはずだしね。
――いや、違う。
彼女の赤い髪はしっとりと濡れている。髪が濡れていて全裸という事は、お風呂があるってことだ。
――いや、違う。
……何を考えるのが正解なのか分からない。なんて言えばいいのかが分からない。
幼さを残した端正な顔立ちで、とても綺麗な身体をしている。胸の大きさは1から10でいうなら3くらいだ。ちなみに、この表記だと私は5.5というところ――これは絶対に違うな……うぅ、混乱してきた……。
誰もいない、誰も入ってこない家で過ごすなら、私もこれぐらい開放的になるかもしれない。
誰も入れないはずの家に他人がいた驚きなのか、裸を見られたショックなのか、はたまたそのどちらもなのか。彼女は茫然自失状態で、私も何を言えばいいのか分からずに固まっているだけ。
すでに失礼の臨界点を超えてしまっている。せめてこちらから何か言うべきだ。なにか、なにか絞り出せ――
「あの…………お風呂、貸してくれませんか?」
こんな時、なんと言えば正解なのかは分からないが、少なくとも、今のが間違いであることは、私にも分かった。
キャラクタプロフィール、及び世界観の補完コーナー
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【魔力】
人や魔物の体内に宿る、潜在的な力。人体にとっての背筋のようなもので、意図的に鍛えようとしなければ成長しない。魔力は魔法に転換して使用するのが理想的だが、魔法は扱いが極めて難しく、一つ会得するだけでも一苦労である。しかし【魔力噴出】によって体外へと放つだけでも、拡散した魔力が肉体に触れることによって、最低限、身体能力が向上するという効果を得られるため、この世界で武闘派として生きていくには、魔力の保持は必須といえる。