第25話 魔王の憂鬱ー1
ロウソクに灯った炎が静かに揺らめく玉座の間に――二つの影があった。
「では魔王様、城下の事に関する報告から始めさせていただきます」
「……ああ」
腰元まで伸びる、美しい、青い色の髪をした女性は、玉座に座る主に向かいそう告げる。
主はそれを静かに許した。
「進捗の程は僅かですが、城下は発展を続けています。配下たちも、城下のゴブリンやオークたちとのわだかまりが無くなってきたといえます。ただ、これ以上の発展は、今の状態ではやはり厳しいかと」
「そうか」
「新たな種の誘致、あるいは配下を他の魔王の支配下に送り、異なる文化や技術を取り入れるのが得策かと。適任の者がいないようであれば、私が向かっても構いませんが」
「いや、それでは城が回らん。候補は考えておく。次へいってくれ」
「はい。では、我々の領地内にある街の防衛のため、軍を率いてブルクへ向かったグレフ卿の報告へ移ります」
女性は青い髪を揺らし、軽く咳払いをして仕切りなおす。
「敵はやはり、我々が人に友好的であるということを信じていない、付近の別の街が派遣した軍のようです。ブルクで暮らす人間たちも敵兵に対し、誤解だと説いているようですが、例によって、魔術による洗脳だと思われているようで、取り合ってはもらえません」
「まったく、そんなに大勢の人間を洗脳できる魔術があれば、それを使って世界を平和にしたいくらいだというのに」
「……魔王様」
「冗談だ。続けてくれ」
「――はい。先ほどグレフ卿から受け取った連絡によれば、戦況は劣勢。敵、味方問わず、極力死者を出さないように戦っていたのではジリ貧だ、とのことです」
「……だろうな。グレフには、『毎回、毎回、無理な条件を提示して申し訳ない。あと一日だけ持たせろ。それでも敵が引かなければ街の防衛を最優先に』と伝えてくれ」
「分かりました。報告が終わり次第、伝えます」
「重要な報告は以上か?」
「いえ、もう一つだけ。サニールージュのことですが、王都から、早く彼女を謁見に寄越せと催促されています。王子が早くサニールージュに会いたがっている、とか」
「サニーか……やはりまだ意思は変わっていないんだな?」
主は、ため息交じりに訪ねる。
「はい、何度説得を試みても『行きたくない!』と」
「どうしたものか……」
「こればかりは彼女の気持ち次第ですから、粘り強く交渉するしか……」
「ああ、そうだな。私も後で部屋を訪ねるとしよう」
「サニーも喜びます。……本日の報告は以上です。何もなければ、これで」
「ああ、ご苦労だった。下がっていい」
「それでは失礼します」
「――ピオーネ」
主は、部屋を出ようとする彼女を呼び止めた。
「なんでしょう?」
「丘の家のことなんだが、気にかけておいてくれ。変わったことがあれば報告を頼む」
「それは……いえ、失礼しました。注視しておきます」
口に出かけた疑問を呑み込み、ピオーネはそう答える。
「呼び止めて悪かった。行ってくれ」
「失礼します」
ガチャン、と重い音を立ててドアが閉まり、部屋には魔王だけが残った。
右手を顎に当て、難しい顔をしている。
そして。
「影武者とか、だめだろうなぁ。バレたら国交断絶もあり得る。だけどサニーが行かないよりは、うーん……しかし……」
誰もいない部屋でそう呟いた。
その呟きは、揺らめく炎だけが知っている。




