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第2話 夢見る魔王じゃいられないー2

「ここだ、さぁ入ってくれ」


 私が目覚めた部屋を出てから、暗い廊下をしばらく歩き、ようやく大広間のような場所に出たと思ったら、今度はその空間の中心にそびえていた長い階段を上り、私がそろそろ魔王に「歩き疲れました」と申告しようと思っていた矢先、階段を上りきってすぐの所に構えていた、豪華な装飾が施してある扉の前で、魔王は足を止めた。

 移動の長さ、通路の作り、薄暗いのにどこか気品のある雰囲気からして、この建物が大きな城であることが、なんとなく分かった。そして、ここに来るまでに見たどの扉よりも存在感のある目の前の扉。それはこの先が、この城で一番重要な部屋であることを表している。


「失礼しまーす……」


 部屋の中は、入口から一直線にカーペットが敷かれており、その先の1段高く作られた場所に玉座があった。


「すまないな。こういう重大な話はここで行わなければならんのだ」


 魔王は申し訳なさそうに、玉座に腰を掛けながら言った。

 重要な事は玉座のある部屋で取り行う。それは理解できるが、だとすると、今から私はそんな大事なことを頼まれるのか……。


「さっきはあまりに砕けた言い方をしてしまったが、今度は大丈夫だ。貴様に頼みたいのは、人間との和解のために、魔物に人の心を説く、ということだ」


「……あの、私が暮らしていた世界には、魔物っていう生き物はいなかったんですけど」


「分かっている」


「だったら、どうして私にそんなことを? 私、そういうのは詳しくないですし、他に適任の人がいると思いますよ」


「他の【人】などいない。ここは魔族の住む城、人間はいないのだ。……ちゃんと説明せねばな」


 心なしか、魔王は声のトーンを落として話し始めた。


「この世界にも、もちろん人間はいる。しかしな、人と魔物は古くから敵対しており、決して相容れない関係なのだ。一部の魔族を除き、『魔物とは高い知能を持っていない獣のような存在』というのが人間の認識だ」


 だがそれは少しだけ違う、と魔王は言葉を続ける。


「魔物と獣は違う。獣よりも高いレベルのコミュニケーションをとることが可能で、より細かい意思の疎通が出来る。人間とも分かりあえるだけの知能がある。もっとも、今はそれを人間との争いのために活用しているわけだが」


「その一部の魔族っていうのは、魔王さんみたいな方のことですか? ……そもそも魔族ってなんですか?」


「ああ、魔族というのはな……」


 魔王のように、これだけ話せる人物がいるのに和解が成立しない。それが少し不思議だったから聞いてみたけど、言いにくいことなのだろうか、魔王はさらに声のトーンを落とした。


「簡単に言うと、ろくでなしだ」


 ろくでなし、帰ってきたのは意外な言葉だった。


「『魔族』とは、上質な魔力を有しており、極めて高い知能を持つ者。その多くが、昔から代々受け継がれてきた――いわゆる血統の力によるものだ。例外はいくつかいるが……想像してほしい。生まれた時から圧倒的な力を持っていて、全く努力する必要がない場合、生物はどうなるかを」


「あー……」


 なるほど、そういうことか。それは簡単に想像できる。


「まともな性格には育ちませんね」


「ああ、己の力に慢心する者。桁外れの叡智を抱えているせいで、誰にも相手が務まらないひねくれ者。目指す先がなく、ただひたすら時が過ぎるのを待つ者。そんな奴ばかりなのだ」


 しかし、そんな環境ならそういう(・・・・)風になるのは自然なことだ。むしろ、この人の方が『魔族』らしくない。


「魔王さんはどうして、人間と魔物を和解させようとするんですか? 私の乏しい想像力でも、長年争い続けている者同士を和解させるのは難しいことだと分かります」


「昔、人間に直接会ったことがある。もちろん姿は変えて、人間としてだが。その当時の我は、暇を持て余す魔族でな、人間の町を巡る旅をしていた。そこで多くの人に会い、たくさん会話をした。縄張り争いの殺し合いをするよりずっと楽しかった。魔物に対する考え方も拒絶の一辺倒ではなく、争うことなく共存できたら、と考える人間は大勢いたのだ」


 それでな、と魔王はさっきまでと打って変わって、嬉しそうに瞳を輝かせている。


「魔物も人間も、生きていくためには土地が必要だ。作物を育てる土地、町を造るための土地、森や牧場……とにかく、繁栄のためには多くの領地が必要だ。だから争う。しかし解決策はあるのだ。人間と魔物が協力すればより効率的な生活が可能になる。このことについて、私が旅をしていた時はよく人間たちと話し合ったものだ。その中でも特に、マイストという男が出した意見が面白くてな。どういうものかというと――」


「…………」


 楽しそうに喋っているうちに、いつのまにか魔王の一人称は『私』になっていた。……そういえば、死にかけている私に呼びかけていたあの時も、一人称が『私』だったような。もしかしてこっちが素なのか?


 だとしたら、恐ろしい見た目に冷たい声、堅苦しい話し方をするよりも、こっちの方が印象がいいに決まってる。


「――だから私は言ったのだ。『マイスト、そんなに頑丈な船があるとしたら、その素材で住居を造った方が早いだろう』とな。すると奴は――」


「あの、魔王さん」


「……すまない、話が逸れたな。さて、我はどこまで話したか……」


 魔王が話を戻そうとするのを遮って、私は言う。


「こっちが魔王さんの素なんじゃないですか? 『我は貴様に……』なんてそれらしい言葉使いをするのは、魔王としての威厳を保つためにやってることじゃ……?」


「……あ」


 片手で口を押え、やってしまった、という表情で固まる魔王。心なしか、顔色がさらに青ざめた気がする。


「……まぁ、そんなところだ。それより、本題である人間と魔物の和解の橋渡し役。その契約の話に入ろうと思うのだが」


「待ってください。その前に、こちらから一つ提案があります」


「……聞こう」


 先ほどのまでの威厳を取り返そうとしているのだろう。一段と低い声で許しをもらった。


「魔王さんは、これからは素の言葉遣いで周りと接するべきです」


「それは駄目だ。配下の信頼が揺らぎ、統率が乱れる」


「だったらせめて私と2人の時だけでも。ね? それから少しずつ周りに浸透させていきましょう。人間と魔族が共有する秘密なんて、素敵じゃないですか?」


「ぐっ……」 


 少しだけ隙が生じた魔王へさらに畳みかける。


「あと、私のことは名前で呼んでください。人は自分の名前に誇りを持っていますから」


 魔王は見るからに嫌そうな表情をしていたが、やがて観念したように口を開いた。


「……分かった。では、これからはフーコと呼べばいいのか?」


「あ、いえ、えーと……そうだ、カゼコと呼んでください」


「何故だ? 自己紹介の時にはフーコと名乗ったではないか」


「そうなんですけど……」


 私の名前はユミノフウコだ、戸籍にもそう登録されている。だけど私は……まあ、コンプレックスという程のものではないが、なんとなく自分の名前が苦手だ。小さい頃は良かったけど、年齢を重ね、大人に近づくにつれて、段々と違和感が出始めた。

 可愛すぎるのだ、フウコという名前は。だから、どうせ誰も知らない世界で生きていくのなら、私は――


「心機一転というか、なんというか。とにかく、こちらの世界ではカゼコとして生きていこうと思うんです」


「……人は自分の名前に誇りを持っているのではなかったのか」


「…………」


 見事なツッコミに返す言葉もない。


「これから私はカゼコとして生きていきますから、この世界で弓野風子を知っているのは魔王さんだけということになります。二人だけの秘密をつくりたかったんですよ」


「……そういうことにしておくか」


 照れ隠しなのか、魔王は咳払いをして仕切りなおした。


「ではカゼコ、いよいよ本題に入るぞ」


「はい、お願いします」


 部屋の空気が張り詰め、思わず姿勢を正す。

「【第三種】魔王、ガーノ・デラウェア。『人間と魔物の融和』を誓い、汝へ契約の枝を伸ばす者。汝、同じ志を持つ者ならば、この宿願を果たす為に我が枝へと手を伸ばせ」


 なにやら難しい言葉を並べると、玉座に座っていた魔王は立ち上がり、私に向けて手を差し出した。同意するならば手を取れ、ということか。


 ……私はただの人間で、特別な力があるわけでもない。魔王だって分かっているはずだ、普通の人間を1人仲介役にしたからといって、世界は変わらないということを。

 それでも魔王は信じている。争いが終わる日がやって来るのを。そのために最善を尽くし続けるのだろう。


 そして、なにより、魔王が私に手を差し出している。絶大な力で魔物を統べる王者が、なんの力も持たない私に向かってだ。

 力で強引に従わせることも出来るだろう。だけどそれじゃ駄目だということを、魔王は知っている。言葉で、心で、気持ちで通じ合おうとしているのだ。


 この契約を断ることは出来ない。いや、断る気が無くなった、の方が正しいかもしれない。

 魔王が呼んでくれなければ私は死んでいたわけだから、必然的に、この人は私の命の恩人だ。……人ではないけど。

 ――人は誰かに助けてもらった時、感謝をする。お礼の言葉を言ったり、品物をあげたりする。だから私も人間として、魔王に対してそうあるべきだ。命を救われたというのに、私はまだお礼を言っていない。


 上質なカーペットを踏みしめ、玉座へと向かう。ほんの5,6歩の距離を歩くだけなのに、なんだか緊張するな。

 私は、玉座の前に立つ魔王の手を握る。とても冷たい手をしていた。

 そんな魔王に、私は――――


「助けてくれてありがとう」


 契約への同意という意味も含めて、そう言った。


「……感謝する。【契約】は結ばれた。今から互いの魔力を同調させる。少し苦しいかもしれんが、すぐに終わる」


 瞬間、魔王の体から黒い霧のようなものが吹き出した。部屋中を覆ったソレはまとわりつくようにして、私の身体を覆う。内臓をゆっくりとかき回されているような感覚で、思うように息が出来ない。


「あの、魔王さん? 私、魔力とかないん……ですけど……」


「分かっている。今は我……いや、私の魔力がカゼコの体を巡っている」


「どうしてそんな事を……? ていうか、もう、意識が持ちそうに、ないです……」


「やはり魔力が無い状態からの同調は負担がかかりすぎるらしい。大丈夫だ、もう終わる」


 ……こんな凄まじいこと、やるならやると事前に言っておいてほしい。

 体感で1分。よく分からない儀式で大量の汗をかいて、魔王との契約は完了した。

キャラクタープロフィール、及び世界観の補完コーナー

ー2ー

【ガーノ・デラウェア】

年齢 270歳(人間に換算すると27歳程度)

身長 194cm

体重 99kg

特技 魔力による日用品作成 

種族 悪魔(第三種)

所属 第三種

魔力 黒い霧の魔力


悪徳商法さながらの情報後出しによりカゼコを別世界に呼び込んだ、平和主義な魔王。初めて彼と対面したカゼコが、一目見て「死神」だと推測する程度には、死神チックな姿をしている。

瀕死だったカゼコの命を救ったのは事実であり、最終的に、救命される決断をしたのはカゼコ本人だったとはいえ、彼女に対して罪悪感を感じずにはいられないとか。

ちなみに、彼が身に纏っている黒いローブは、自らの魔力で自作した物である。割と気に入っているらしい。


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