第17話 覚醒 黒い霧の魔力ー2
やはりここは、「あ、コイツは危ないな。狩るのはやめよう」と思わせるしかない。
そう思わせるのに最も手っ取り早く、かつ平和的なのが威嚇だ。威嚇行動を取ってみよう。
私は三本目の触手を高く掲げ、地面に強く打ち付けた。
ドン、と鈍い音がして、触手を叩き付けた箇所が僅かにヘコむ。
「……どう? こんなもので殴られたら一たまりもないと思うんだけど……」
「グルル……!」
「…………」
駄目らしい。グレシードの戦意は依然として失われていない。
うーん、一本じゃ怖くないか。よし、増やしてみよう。得体の知れない生物というのは、ある意味一番恐怖を感じるものだろう。
「とりあえず、出せるだけ……」
三本目までと同様、霧の触手を出現させるイメージする。すると、私の周りの黒い霧が寄り集まって――まずは一本追加。これで四本目。次は五本目を――
「……あれ?」
出ない。
五本目が出ない。他の触手は健在で、霧は私を中心に渦巻いている。つまり、【黒い霧の魔力】が消えたわけではないから、単に打ち止めってことか……?
困ったな。一本増えただけじゃ大して変わらないぞ。
「グウゥ……!!」
一度は警戒したものの、私を脅威ではないと判断したのか、グレシードたちは唸り声を上げながらこちらににじり寄って来た。
相手をするしかないか。怖いな……野良犬と喧嘩したって勝てる自信がないのに、オオカミじみた魔獣と戦うなんて。
「……というか、後ろが崖同然っていうのも、私が追い詰められている感をより演出してるよなぁ……」
間違いなく、グレシードが私を下だと判断した一因ではあるだろう。
さて、触手をランドとドノウ(とストロ君)に二本使っている以上、戦闘に使役できるのは二本だけだ。これだけで三匹を捌かなくてはならない。
……いや、待てよ。なにも触手だけで戦う必要はな――
「グガァ!!」
――余計な事を考えている余裕はなさそうだ。
「くっ!」
一気に距離を詰めてきたグレシードたちを拒もうと、触手を一本、薙ぎ払うように放つ。
三匹はそれを易々と飛び越えた――が、一瞬だけ空中に浮いた隙をついて、二本目の触手を素早く振る。それは二匹のグレシードの身体を捉え、弾き飛ばした。グレシードが跳躍したタイミングが同時ではなかったため、一匹は空中で身体を捻って回避した。そのまま見事に着地し、再びこちらに向かってくる。
――迎撃は間に合わない。ここは防御に専念する。
「ガアッ!」
グレシードは地面を踏み切ると、前足の鋭利な爪を私に向けて振り下ろした。
その爪が私を切り裂く寸前で、薙ぎ払いに使用した触手の根元を盾代わりにし、グレシードの攻撃をいなす――しかし、切りつけられた霧の触手は切断されてしまった。私の周囲の魔力との繋がりを失った触手は制御できなくなり、たちまち霧散した。
「……その爪、怖すぎるけど――むしろ助かった!」
一本消失したおかげで、新たな触手を造りだせる!
すぐさま生成した四本目の触手を振り抜き、目の前まで接近していたグレシードを吹き飛ばす。割と遠くに飛んでいったが、もちろん手加減はしている……しているつもりだ。
「まだ駄目か……」
――気を抜いていられる時間はない。先に弾いていた二匹のグレシードが、またしても私に向かってきた。
「……このっ!」
絶対に近寄らせないように、二本の触手で牽制を試みる。
……右、左、左、少し遅らせて右、今度は早めに左。
触手を振るう感覚をずらして、グレシードとの距離を取り続ける。
しかし……。
「もう! これじゃキリがない……!」
どうする。遠目に吹き飛ばしたグレシードも起き上がろうとしているし、三匹目が参加したらおそらく突破されてしまう。どうにかしないと――
「おい! 上はどうなってるんだ!? 大丈夫か!?」
――唐突に。
背後の穴の中からランドの声がした。
地の底まで落ちずに済んだはいいが、中々引き上げてもらえないうえに、魔獣の唸り声まで聞こえているので不安に思ったのだろう。安心させてあげるか。
「大丈夫です! 今のところは!」
「なんだよその不穏な言い方は! まるでいずれは大丈夫じゃなくなるみたいな言い方じゃねえか!」
「…………」
安心はさせてあげたいけど、嘘はつけないからね、しょうがない。
キャラクタープロフィール、及び世界観の補完コーナー
ー17ー
【大穴】
【第三種】の森の奥深くに空いている大きな穴。そして、二本目の【地平殲槍】が眠る場所。
この穴が空いた時、彼女は槍を探しに底を目指して降りたのだが、あまりにも深すぎてたどり着くことはできなかった。
穴の半径は22mで、深さは数千mに及ぶ。その危険性により無断で立ち寄ることは禁止されており、ここに用がある魔物もいないため、手つかずのまま放置されている。
以前に一度、三日三晩の間大雨が降り続いた際には、穴が水で満たされプールのような状態になった。
その時だけは、ひっそりとここを訪れた悪魔少女もいたとか――いないとか。




