第16話 覚醒 黒い霧の魔力ー1
「――見えてきました! あの、木や草が突然生えなくなっている一帯――あそこが大穴です!」
と、私は30mほど先の開けた空間を指さす。地面がポッカリと消失しているため、草木は息吹いていない。
「……なるほどな」
ランドはもう一度後方を確認し、グレシードとの距離を確かめた。このまま速度を落とさなければ、多少の余裕はある。
「よし、あそこまでならなんとか持ちそうだな。ドノウ、お前は大丈夫か?」
「うん……問題ないよ!」
相当息を切らしているものの、ドノウは気丈に返事をする。
そんなドノウを気遣って、ランドは無駄に会話を重ねることはなく、「そうか」とだけ返した。
所々、低い位置に生えている木の枝に身体をぶつけないように――地表に露出した根に足が引っかからないように。
二人は走って、駆けて、ダッシュして――私たちはなんとか、そこへたどり着いた。
穴はとても深く――昏い。
ベルフェと空中から見た時とは違い、近くで見るとより大きく感じる。直径30m
はあるぞ。そんな大きさの穴の底が見えないって……怖いどころの話じゃない。
「ここか……さあ、それじゃあ本当に飛ぶぞ!」
言って、ランドが大穴の淵に足を踏み出した。
「待ってください! 私を降ろしてからです!」
「ああ!? お前だけここに残るつもりか!?」
「そりゃそうですよ! 私まで飛んでどうするんですか! 私が地面に立ってないと助けられないでしょ!」
「お前な! 自分が失敗した時のリスクが――」
「ねえ、ランド! 早く飛ばないと魔獣がすぐそこまで来てるんだけど!?」
こちらに猛然と走ってくるグレシードと、目の前に広がる深い穴を交互に見ながら、ドノウが叫ぶ。
ドノウの言う通り、もう時間が無い。
「さあ、お二人とも、一思いに飛んでください!」
「クソッ……分かったよ!」
私を降ろし、穴のギリギリの位置に立つランド。そして、その横にドノウも立つ。
「…………」
……二人は今、とてつもない恐怖を感じているのだろう。だが、それを押し殺して、私を信じて、彼らはそこに立ってくれている。絶対に助け――
「おい」
不意にこちらを振り返って、ランドは言った。
「……どうしました? 早くしないとグレシードが……」
「分かってる、一瞬で済む話だ。俺たちが飛んだあと……もし、もしもだぞ。お前が中途半端にしか魔力を扱えなかった場合、自分、オークのガキ、ドノウ、そして俺の順に優先して助けろ。いいな?」
「いや、僕よりもランドを頼む!」
「はあ!? 何言ってんだお前!」
「……フフ」
――そのやり取りに思わず笑ってしまう。
この人たちはホントにもう、まったく、良い人たちだな。
ガラの悪い筋肉野郎と臆病な相方だと思っていたら、ガラの良い筋肉野郎と、局所的に勇敢さを発揮する相方だった。
「……お二人とも、まさか、自分が一番大事なんですか?」
だからつい、そんな冗談も言いたくなる。
「そんなわけねぇだろ! 解釈が逆だ! 逆!」
「そうだよ!」
と、ランドとドノウから予想通りの答えが返ってきたところで、
「ええ、分かっていますとも。絶対に助けますよ――いつでもどうぞ」
そう、私は言う。
そして。
「――いくぞ、ドノウ!」
ランドの掛け声と同時に、二人は大地を蹴り――穴へと飛び込んだ。
……さあ、いくぞ。
霧が勝手に出てこないなら――自力で出すしかない。
本来、それが当然であり、当たり前なのだろう。
そんな当たり前のことのために、三人の命が懸かっている。失敗は許されない。
「……フゥ」
息を吐いて、全身の力を抜く。
身体中の神経を意識して、内から外へ魔力を排出するイメージで――
「【黒い霧に魔力】!!」
――その瞬間。
ブワッ――っと。
私の足元から霧が渦巻いた。
イメージしろ。想像しろ。物を掴む手を造り出せ。指は五本。爪は危ないから生えてなくていい。腕は二人に届くまで随時延長しろ。そして、本数は二本。
私は――落ちていく二人へ向けて手をかざす。
「……いけ!」
私の周りに滞留していた黒い霧の一部は、先が五又に別れた触手のようなものを形どって、ドノウとランドに向かっていく。
魔王が出していたものとは随分みてくれが違うが、今はそんなことを言っている場合じゃない。出ただけで御の字だ。
霧の触手は勢いよく伸び、落下していた二人を掴ん……もとい、絡めとった。よし、このまま引き上げ――
「――ガウッ!」
グレシードの鳴き声と共に、地面を蹴りつけて飛び跳ねた音が聞こえた。当然振り返る。振り返ろうとする。
しかし、おそらく、振り返ってからでは間に合わない。
既にグレシードは真後ろにいる。私に狙いを定めて飛びかかってきている。こうして考えている一瞬すら――
「――くっ、もう一本!」
咄嗟に呼び出した三本目の触手を、自分の身体に巻き付ける。
これでなんとか……。
「グガアッ!」
ずぶり、という音を立てて、グレシードの牙は霧の触手に突き刺さった。
「あ、危なかった……振り払わないと……」
巻き付けていた三本目の触手をほどき、ムチの要領で軽くしならせると、噛みついていたグレシードは口を開けて飛び退いた。そんな先頭のグレシードの様子を見て、他の二頭はその場に踏みとどまる。
「…………」
……距離を詰めては来ないが、立ち去る気配も無い。どうやら戦う気らしい。
力に酔いしれ、驕り高ぶるのはいけないことだ。おまけにその力も借り物だしね。しかし、【黒い霧の魔力】が発動できている限り負けはないだろうと思ってしまうのは、慢心ではなく事実なのでセーフであってほしい。
本当に戦う気なのか……まだ力の加減ができるかどうか分からないぞ。無駄に傷つけたくはないのに。
……だが、グレシードたちの心境はよく理解できる。
「必死に走って逃げ回って、挙句の果てには底の見えない穴に飛び込んででも距離を取ろうとするような奴らから、尻尾を巻いて逃げ出す獣なんていないよね……」




