第13話 逃げるが勝ち-1
まずい、まずい、まずい事になった。ベルフェさんにも何か考えがあってのことだろうが、だとしても飛び去るのは駄目だろう。私の足元には気絶したストロ君もいるっていうのに……私たちだけでグレシードとやらに対処できるのだろうか。
ベルフェがいなくなったことにより、グレシードたちは今にも飛びかかってきそうだった。彼女が戻ってこないかを確かめているのだとしたら、私たちの猶予は、もう幾ばくも無い。
とにかく、こちらの戦力を手早く把握しよう。
「あの、お二方は、この魔獣たちに勝てそうですか?」
「無理だ。俺は素手だし、ドノウは腰を抜かして使い物にならねぇ」
と、ランドは簡潔に答える。
「じゃあ、ベルフェさんにやられた時に手放した大剣があれば勝てますか?」
「無理だ」
「魔王の城の近くまで来るってことは、ランドさんたちは腕の経つ戦士なんじゃ?」
「違う。元々、俺たちは素材採集をメインに活動してる冒険者だ。戦闘なんて柄じゃねぇ」
「そんな……さっきまではやたらと好戦的だったじゃないですか! その体格は見掛けだけなんですか!」
「そうだよ!」
「……うわ、開き直った」
「うるせぇ! そっちはどうなんだ!? 魔族なんだからお前がどうにかしてみせろ!」
「だから! 私は魔族じゃないし、そういう武闘派なことはできませんってば――」
「ひいっ!」
ドノウが悲鳴をあげるのと同時に、三匹のグレシードは一斉に、私、ランド、ドノウに向かって飛びかかってきた。
咄嗟に防御体勢を取る――が、やはり、私に飛びかかって来たグレシードは霧の壁に阻まれた。ドノウはゴロゴロと地面を転がり、なんとか魔獣の牙から逃れる。そして、ランドは自らに向かって来たグレシードの鼻を殴りつけ迎撃した。
「ランドさん、戦えるじゃないですか!」
「今のはマグレだ! あまり効いてるようにも見えねぇ!」
「お二人とも、私の周りに集まってください! ベルフェさんが戻ってくるまではここで安全に――」
唐突に。
バシュッ――と。
私の前方に壁を形成していた黒い霧が――晴れた。
「なっ……!」
どうして――なんて思う暇はなかった。
必然的に、間を隔てる物がなくなったグレシードが、鋭い爪を私に振るう。
――避けなくては。
私は素早く身体を捻り、グレシードの爪を躱す。
……それが理想ではあったが、そううまくはいかなかった。
獲物を全力で狩ろうとしている獣に、戦闘経験のない私がついていけるはずがなかった。
「痛っ……!」
右腕に激痛が走り、引き裂かれた部分のローブの生地が宙を舞う。
霧ごと裂かれたわけではない……霧が出なかった。
私は、予想外の痛みに動揺してバランスを崩し、地面に倒れ込む。
「…………!?」
倒れた、転んだ。そんなはずはない。まただ、また霧が出なかった。本来なら霧が出て私を支えてくれるはずなのに、どうして急に……。
「――オラァ!」
地面に伏した私にトドメを刺そうとしていたグレシードを、ランドは体当たりで突き飛ばした。
ランドの予想外の反撃が警戒心を与えたのか、再び、三匹のグラシードは私たちから一定の距離を開け、取り囲む。
「おい、お前の近くにいれば安全なんだな? おいドノウ、固まるぞ。もう少しこっちに来い」
「……あ、ああ」
ドノウはヨロヨロと、中腰で私たちの所まで進んできた。
……ダメだ、ここにいては。
「……逃げてください」
「ああ? お前今、私の傍にいれば安全だって言っただろ?」
「言いました……そのはずでした。でも、今はそうじゃないみたいで……」
出血で、制服の傷口付近が赤く滲む。それに目聡く気づいたのか、ドノウは私の右腕に目を向け、言った。
「な、なあランド。その子の腕……」
ドノウの震える声を聞き取り、ランドも同じように、私の腕を見る。
「……お前、怪我してんじゃねぇか」
「大した怪我じゃありません。それより……早くここから逃げてください。かなり距離はありますけど、城までたどり着けば、話の分かる魔王さんがいるので……助かると思います」
「逃げてくださいって、お前は?」
「……腕が痛くて走れません」
「それを大した怪我っていうんだよ……」
「多分、私の人生で二番目に大きな怪我です。仮に腕が無事でも、あんなオオカミみたいな獣から逃げ切る健脚は持ち合わせていません。……ああ、でも、ストロ君は連れていってあげてください……お願いします」
ただそれだけを、私はランドに懇願する。
この子がこんな目に遭う必要は、絶対にないのだから。
「……ああ、分かったよ」
ランドは辺りを見回して、ジリジリと距離を詰めてくるグレシードを牽制しつつ、ストロ君を左の脇腹に抱える。
「……よかった。誘拐しようとしてたくらいだから、正直、連れていってくれないんじゃないかと……思ってました」
「俺もそこまでは腐ってねぇよ。悪人面ってのも考え物だな。……とにかく、城まで逃げ切ればいいんだな? おいドノウ、俺が一匹蹴散らすから、そこから一気に走るぞ」
「わ、分かった……でも、その子は……?」
「大丈夫ですドノウさん、私のことでしたら、グレシードの方に放り投げてオトリにでもしてください。たった数秒でしょうけど、逃げる時間は稼げます」
「そんな……」
「もしかしたら、なんとかなるかもしれません。まあ、今のところ、なんとかなりそうな雰囲気はありませんけど」
我ながら言ってて虚しいが、現状ではそれくらいしか役に立ちそうもない。
情けないな……本当に。魔王さんからこんな力を預かっておきながら、無下にするなんて。
「……駄目だ、そんなの」
「ドノウさん……?」
ドノウは何かを決意したような、鋭い眼差しを光らせると、背筋を伸ばし立ちあがった。
「ランド、オークの子供くらいなら、僕でも担げる」
それを聞くと、ランドは鼻で笑った。
「フン。ガキといってもオークだ。結構重いぞ? 抱えたまま森の中を走れんのか?」
「走るさ」
「そうかよ、じゃあ任せる。お前が言い出さなきゃ俺がどっちも担当しようと思ってたが、これで少しは楽になるな」
……なんだ、何のことを言っている? こうしている間にも、グレシードはどんどん距離を縮めてきているというのに。このままだと全滅してしまう。
「あの、お二人とも、早く逃げないと……」
「ああ、そうだな。逃げるとするか」
そう言って、ランドはドノウへと、ストロ君を引き渡して――
「――きゃあ!?」
ランドは私を抱きかかえ、進行方向にいたグレシードに体重の乗った蹴りを放つ。それは避けられはしたものの、グレシードが一匹飛び退いたことで、城への道が切り開かれた。
「さあ――走るぞ!」
キャラクタープロフィール、及び世界観の補完コーナー
ー13ー
【グレシード】
年齢(寿命) 15~20年
身長(全長) 1m50cm~2m
体重(平均) 170kg
特技(特徴) 優れた聴覚
種族 グレシード
所属(縄張り)第三種
魔力 -
20頭から30頭での群体を形成し生活をしている魔獣の一種。本来は【シード】という名前なのだが、生息範囲が広く、地域によって身体の特徴が異なるため、場所によって呼び名は様々。第三種の領地を主な縄張りにしている耳の長いシードは【グレシード】と呼ばれている。
その耳の良さを存分に使って捕らえた獲物は、仲間の元に持ち帰って分け合うという、人情溢れる下町気質な魔獣。
そしてなにより、生後間もないシードの赤ちゃんは――ただただ可愛い。




