第11話 帰路では大体ロクでもない事が起きる-2
「――降りるわよ」
「速いです! 怖いです! ちょっ……ぶつかりますって!」
私が人影を見た辺りまで戻ってくると、ベルフェは高度を一気に下げ、とてつもない勢いで地面に着地した。
もはや墜落と言った方がしっくりくる。
どこかしらの骨が折れるのを覚悟していたが、例によって黒い霧が私を覆い、衝撃を緩和してくれていた。
「ほら。カゼコ、見てみなさい」
浮遊感でフラフラしつつも、私はなんとか立ちあがり、ベルフェがアゴで示した先を見る。
――すると。
「……な、なんだお前ら!?」
――人が、立っていた。
大柄な男と、身長の高い細身の男。大柄な方はコワモテのスキンヘッドで、背中に大剣を背負っていた、その体格に見合った低い声で、こちらに喋りかけてきている。もう一人は頭の回りそうな鋭い目つきをしていたが、今はその目を見開いて唖然としているだけだった。
そして、なにより。
唖然としている方の男は、肩にオークの子供を背負っていた。
見覚えのある背格好。この世界において、私の数少ない知り合いの一人。
「……ストロ君」
迷子の子供を家に送り届けてくれているようには、見えない。
「……あなたたち、ここで何をしてるんですか? その子、気を失っているみたいですけど……」
「ああ? ギルドに連れて帰るに決まってるだろ」
大柄な男は、当然のように言う。
「つ、連れて帰るって……その子の家は、ギルドっていう場所じゃありませんよ」
「知ってるよ」
「……誘拐です、それって」
「誘拐だぁ? 討伐、もしくは捕獲と言ってほしいな」
「…………」
……なんてことだろう。この世界の人間は、言葉を話せて意思の疎通が出来る生き物を、同等の存在だと見なしていないのか。
討伐や捕獲だなんて、そんな、まるでモンスターみたいな扱い……。
魔物と怪物が、イコールで繋がっていいはずがないのに。
「……なあランド、ど、どどどどうするつもりだ? まずいぞ、見られた……」
そこで初めて、細身の男は口を開いた。ひどく慌てた様子で大柄な男に問いかける。
そんな細身の男とは対照的に、ランドと呼ばれた大男は落ち着き払っていた。
「問題ねえよ、ドノウ。ここは魔王の城からかなり離れてる。つまりこいつらは見回りを任されてるだけの下っ端だ。他の奴らを呼ばれる前に打ちのめして連れていく。ギルドからの報酬も上乗せされる、初仕事にしちゃ上出来だ!」
大男は言い終わるやいなや背中の大剣を引き抜き、私に向かって切りかかってきた。
「――っ!」
私の身体から黒い霧が噴出し、重々しい大剣を受け止める。
「ちょっ……ちょっと待ってください! 話し合いをしましょう!」
「お前と話すことなんてねぇよ!」
「ありますって!」
……ひとまず、この世界で初めて人間に出会えたのはめでたいことだが、その記念すべき最初の会話がよりにもよって、マトモに成立しなかったという事実は、ここにいる者以外は知ってはならないことだ。
「――おら、もう一撃だ!」
再び振り下ろされた大剣を、霧はたやすく受け止めた。大剣は少しづつ、ズブズブと霧に沈み込んでいく。
ベルフェの槍よりもかなり手前で止まるということは、威力はそうでもないらしい。いや、直接当たったら当然死ぬんだろうけど。
……まあ、ベルフェの槍が規格外なんだろう、多分。
ともかく、自分の意思で霧を操れない以上、このまま続けていてもどうしようもない。
「あの! ベルフェさんも黙ってないで、何か口添えしていただけないでしょうか!?」
「口添ねぇ……はぁ、これだから外に出るのはイヤ」
露骨に、ベルフェは不機嫌さを隠さない顔になった。
「もう分かったでしょ? 人間と魔物は相容れないのよ。私はこの辺りの事しか知らないけど、人間の街が近い場所では日々、人が魔物を退治しているの。安全のため、とかのたまってね。魔物にだって生活ってものがあるのに、人間はその辺りを理解してないわ。まあ、だからといって魔物の肩を持つわけじゃないわよ。……血気盛んな馬鹿が多いのは事実だから。結局、お互い自分たちのことだけで手一杯というか、どっちもどっちなんでしょうけどね」
ただ、今回は魔物側を贔屓させてもらうわ――とベルフェは面倒くさそうに、言う。
「これでも一応、私だって【第三種】の魔族なんだから、同族が危険に晒されていて、その場に関わってしまった以上、魔族の体裁ってものがあるの。ここは【第三種】の領地で、あいつらは部外者。つまり、私は――」
「ゴチャゴチャとうるせえな!」
大男は黒霧から大剣を強引に抜き、標的をベルフェへと変えた。
「まずはお前から叩きのめしてや――」
「――うるさいのはアンタでしょ」
「ぐおっ!」
ベルフェが大剣を振り払うように腕をしならせると、大男は吹き飛び、ゴロゴロと地面に転がった。
「ラ、ランド!」
倒れ込んだ大男の元へ、細身の男は慌てて駆け寄る。
「いい? カゼコ。私はね、あのオークの子供を助けるために、こいつらを殺さなくてはならないの」
言って、ベルフェは一歩踏み出し、大男へと近づく。
「……駄目です、そんなの」
「どうして? ガーノの主義に反するから? アンタがあいつのために働く義理なんてないのよ。命を救われたからといって従うなんて、まるで隷属じゃない。こんな事するより、街で人間たちと暮らした方がよっぽど幸せだと思うけど? なんなら、ガーノに黙って連れて行ってあげてもいいわ」
「……助けられた事に恩は感じています。でも、それが理由で、魔王さんの誘いを断らなかった、なんてことは絶対にありません」
私はあくまで、ガーノ・デラウェアという個人の思想に協力しているだけだ。
「人に手をかけるのは、魔王さんの主義だけではなく私の主義にも反します。人も魔物も殺しません、絶対に」
「……ふうん」
ベルフェは曖昧な相槌を打つと、近くの樹にもたれかかった。
「私はここで見てるから、好きにしたら?」
「ベルフェさん……!」
「だけど無駄だと思うわよ。アンタがいくら友好的な考え方を持っていても、向こうはそんなつもり、毛頭ないんだから」
……それに、アンタが【黒い霧の魔力】を制御できないんじゃ、説得どころか、人から信用を得ることもままならないわよ、きっと。――と、ベルフェは意味深に嘆いた。
キャラクタープロフィール、及び世界観の補完コーナー
ー11ー
【ランドの大剣】
ランドが護身用に所持している非常に安価な大剣。街で武具を取り扱っている店に行けば簡単に手に入る。
値段の割に頑丈で、そうそう刃こぼれしないので薪割りにも使えたりするのだが、逆にいえば語ることはそれくらいしかない。




