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第1話 夢見る魔王じゃいられない-1

三階建ての家って、一度は住んでみたいですよね。

どうぞよろしくお願いします。

 このまま死ぬかもしれない、私が人生でそう思ったのは2回だけ。

 一度目は小学生の頃、家族でプールに出掛けた時だった。はしゃいでいた私は、準備運動を適当に終わらせプールに飛び込んだが、そこは小学生の足がつく深さではなく、そのまま溺れかけた。

 それに気付いた監視員の人がすぐに助けてくれたおかげで、私は今日まで生きてこれたわけだが、当時、子供だった私は、「泳げないから溺れたんじゃない。準備運動をしていればちゃんと泳げたの」なんていうよく分からない言い訳をしたことを覚えている。



 ……そして2度目は今、「プールで溺れて死にかけた」という、私、弓野風子の人生において最大級と言ってもいい事件を、余裕で更新する出来事に直面している。

 今朝は寝坊して遅刻しそうだったので、朝食をとる時間を削減し、その分の時間は髪を整えることに充てた。そして、急いで制服に着替え、部屋から飛び出て階段を下りようとしたところ――


 落ちた。

 

 階段から転げ落ちた。


 それはもう、ゴロゴロと。


 どうやら頭を打ったらしく、視界がぼんやりとしていて、体も動かない。いや、動かそうとしていないのかもしれない。それともどこか折れて――いや、だったら痛みがあるはずだ。ああ、いや、それも違うかもしれない。既に痛みを感じないほど弱っているのか、私は――

 ……ダメだ。思考が安定しない。頭が回らない。小学生の頃の出来事とはいえ、死にかけている、という今の状況と深く関連しているシーンを思い出すのは、走馬燈に分類されるだろうか?


 ……また余計な事を考えていた。しかし、考えている間は意識があるわけで、それは私がまだ生きているという事だ。

 だけど、まるで自分のものじゃないかのように身体の自由が利かず、底の見えない不安が心に重くのしかかるこの感覚は、身に覚えがある―― 


 ――このまま死ぬかもしれない。


 とにかく意識を保ち続けるしかないだろう。なにか考えて、考え続けて。家族の誰かが私を見つけて救急車呼ぶまで……あ、そういえば、今日は私が最後だったな。どうりで誰も来ないはずだ。普通、家族が階段から落ちたら気付くもんね。


 となると自力で呼ぶしかないのか。到着するまで意識を保てる自身がないな。呼んだとしても、救急車が来るまで……車が来るまで……。

 ……ふふ「くるまがくるまで」か。最期に考えていた事がギャグっていうのは嫌だな……いや、べつに……もう、いいか――


『手を伸ばせ!』


 もう何も見えない中、ただぼんやりとした声だけが聞こえる。一体、誰が私に話しかけているんだろう。聞いた事のない声。少なくとも家族のものではないな。

 声を掛けてくれるのはありがたいけど、もはや「身体が動かせない」と言うことも出来ない。心の声を聞かれでもしていない限り、届かないよなぁ……。


『届いているぞ! 早く手を!』


 ……まさか、聞こえているんですか?


『ああ! 聞こえている!』


 ……どなたですか?


『説明している時間はない! いいか、単刀直入に訊くぞ――命が惜しいか?』


 当たり前です。十年以上も昇降してきた自宅の階段から落ちて死ぬのは嫌に決まってます!


『だったら取引をしよう。お前の命を救う対価として、私の頼みを聞いてくれないだろうか』


 ……え。


『どうした?』


 それ、怪し過ぎません?


『そうは言っても、一から説明している時間はないのだ。話を聞くだけ聞いて、嫌だったら断ってくれてもいい』


 その優しさ、なおさら怪しいじゃないですか。私を仮面ライダーにでもするつもりなんじゃ?


『……そんなつもりは毛頭ない』


 でも、命を救うことに対する頼みって、それこそ、あの時死んでいた方がマシだった――とか思うほどキツイ事をお願いされたりしそうで怖いんですよ。


『……よく喋るな。さっきまでくだらないダジャレを辞世の句にしようとしていたくせに』


 聞いてたんですか!? 盗み聞きですよ、それって!


『そうかもしれん。さあ、お喋りは終わりだ。もう本当に時間が無いぞ――どうする?』


 ぐっ……うやむやにしようとしていますね。もういいです、分かりました。一瞬だけ待ってください。


 ――と、私は頭に考えを巡らせる。

 それが、どこの誰なのかも分からなければ、何を頼まれるのかも分からない。ただ、純然たる事実として、私がこの人の誘いを断れば、私の人生はそこで終わる。


 だから、その問いかけに向け、私は心の中で唱えた。


 ……助けてください。死ぬのは嫌です。


『――分かった』


 ありがとうございます。私、改造手術を受ける覚悟もありますし、精一杯怪人と戦いますから。


『だから! 仮面ライダーになってくれとは頼まんわ! ほら! さっさと手を伸ばせ!』


 何ですかその言い方! というか、身体はもう動かないんですって!


『だったら気持ちでいい! 何かに掴まろうとする強い気持ちを持て! ああ、言っておくが、こちらに来たらもう、元の世界には帰れんからな!』


 ちょっと! そんな大事なことをなんで今言うんですか!? 


『事前に言ったら来たがらないだろうが!』


 当たり前でしょ! これ、完全に詐欺の手口ですよ!


『文句があるならこっちに来てから言え!』


 ええ! 言ってやりますとも! 行って言ってやりますよ!


 ……我ながらややこしい言い回しをしたと思う。動機は不純極まりないが、俄然、生き残るモチベーションが湧いてきた。

 何も見えない世界で、何かを探る。掴まれるものが、引っかかるものがどこかにあると信じて。



 そして、何かを掴んだ。――そんな気がした。



   * * *



……瞼越しに感じる光に、体が反応して目を開けた。


「おぉ、目を覚ましたか」


「…………え」


 意識が戻り、目を覚ました私に声を掛けてくれたのは、家族でも医者でもなく、そもそも人間ですらなかった。

 顔面蒼白という言葉がぴったりの顔色で、額から角が2本生えている。医者の着ている白衣とは真逆の真っ黒なローブに身を包み、その雰囲気はまるで死神や悪魔のようだった。


「……死神の方ですか? なんというか、ギリギリ耐えた感じの流れだったんで、私、てっきり生きてるものだと……」


「我は死神ではない。そして、貴様は死んでいない」



 ……間違いない。この人は確かに、私に語り掛けてきた声の主だ。だけど喋り方が少し変わっているような……。

 それに、私の目の前にいるこの人は、『死神』という単語で表すのが一番しっくりくる姿をしている。死神じゃないなら悪魔ってところか。周りの雰囲気からしたら、それも納得できる。

 明かりが少なく、辺りがあまり見えないが、どうやら広間のような場所に寝かされていたようだ。しかし、どうして私が目を覚ますのを待っていたのか分からない。


「もしかして、亡者の意識がある状態で魂を喰らうのが習わしとか?」


「……何を言っているかよく分からん。まず互いに自己紹介をして、そのあとに我の話を聞いてくれるだろうか」


 ……今のは悪魔に呆れられたのか? 恐怖を煽る見た目とは裏腹に、冷静な態度で接してくるぞ、この悪魔。


「我はガーノ。ガーノ・デラウェアだ。この世界で【第三種】の魔王をやっている」


「……弓野風子。17歳、高校生やってます……というか、やってました」


 あまりにも現実離れした自己紹介をされたショックで、私が口に出せたのはそれだけだった。


「初めに、貴様がここに来た経緯を話そうと思うのだが。それでいいか?」


 喋ると声が裏返ってしまいそうだったので、黙って首を縦に振った。それを確認して魔王は話し始めた。


「すでに察しているだろうが、ここは貴様が生きていた世界ではない。貴様はあちらの世界で事故に遭い、死にかけていた。……少し理解が難しい話になるが、生物は生きている間、自らが生まれた世界と強く結ばれており、その存在は決して揺るがない。つまり、別の世界へ移動することなど不可能なのだ。しかし、生物の生命が尽きる際、結ばれていた繋がりは緩み、世界から存在が消えるまでの僅かな時間、その生物は一つの世界に固定されていない不安定な状態になる。そうなっていた貴様を我が呼んだのだ。もっとも、本人が拒めばそれまでだが、貴様は呼びかけに答えた」


 以上だ、と魔王は一息つきながら言った。詳しく話してくれたんだろうけど、何が何やらまるで分からない。死にかけてた私をこの世界に呼んで何の意味があるのか。

階段から落下した際に強くぶつけたはずの頭もなんともない。治療してくれたのかな、だとしたら当然、なにか見返りを求めるはずだし……。


「やっぱり魂というのは、健康な身体に宿るものが美味なんですか?」


「……あぁ、頭を強く打っていたからな。仕方ないか」


「仕方ないってなにがですか? バカにしてませんか?」


「いや、まさか。いいか、疑問は飛躍した答えにせず、ちゃんと質問にしてくれ」


「…………」


 冷静に諭されてしまった。最初に聞くのは、「どうして私を呼んだのか」これしかない。ダイサンシュの魔王という言葉もよく分からないけど、まずはこっちからだ。


「私をこの世界に呼んだ理由を聞かせてください」


「貴様に頼みたいこと……いや、貴様にしか頼めないことがあったからだ」


「頼みたいこと?」


「ああ。魔族の統治による人間との融和、世界に対する罪の清算。蔓延する心なき魔物を束ね、上慢なる魔族に人の精神のあり方を説く。それが――」


「ストップ! ストップ! 何言ってるか分かりません。もっと簡単な言葉でお願いします」


 話しの途中で思わず遮ってしまったが、最後まで聞いた後に、また最初からお願いします、というよりはマシだろう。


「これはなんと言えばいいのか……統率、指揮、主導……いや、そうだな、これならいいか」


 魔王はしばらく考え込んでいたが、私に伝わる簡潔な言葉を思いついたのだろう。青白い顔をあげ、私の目を見て言った。


「魔物たちのママをやってほしいのだ」


「……ママ?」


 階段から落ちて死にかけて、全く別の世界で目覚めて、死神のような生物から聞きなれない難解な言葉をたくさん聞いた。そんな多くの非日常に溢れていたこの日、一番驚いたのは「魔物たちのママをやってほしい」そう言われた、今、この瞬間だ。間違いなく。


「ごめんなさい。せっかく簡単に伝えようとしてくれたのに、逆に分かりません」


「……確かに今のは言葉足らずだったな。詳しく説明するとしよう。だがその前に……」


 場所を変える、そう言うと魔王は立ち上がり、ついてくるようにと手招きをした。


キャラクタープロフィール、及び世界観の補完コーナー

ー1ー

【弓野風子】

年齢 17歳

身長 162cm

体重 40kg代後半

特技 弓道(高校生時代は弓道部だった)

種族 人間

所属 ー

魔力 -



6歳の時から暮らしている自宅の階段で足を滑らせてしまった、バニラアイスをこよなく愛する少女。魔王に連れてこられた別世界の知識は持ち合わせていないが、根がしっかりとした常識人であるため致命的なやらかしをすることは少なく、周囲の人物の個性に圧倒され後手のツッコミに回ることが多い。

もう二度とアイスクリームが食べられないのではないかと、密かに危惧している。

はたして、少女がバニラアイスに再会する日は訪れるのだろうか。

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